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12 16
2012

レイライン・死と再生

文学にあらわれた遊女像の変遷―『遊女の文化史』 佐伯 順子

4121008537遊女の文化史―ハレの女たち (中公新書)
佐伯 順子
中央公論社 1987-10

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 佐伯順子のこの本はどんなテーマの下で書かれたのだろう。哀れに思われる遊女やおとしめられてきた性の復権か。この本では「文学にあらわれた遊女像の変遷」がイシュタルから、和泉式部、小野小町、永井荷風や吉行淳之介までたどられている。

 わたしが知りたいことはこの本の追究するテーマと違った。わたしは性と神のつながりを知りたかったので、遊女像の変遷でも性の復権でもない。性はなぜ神に捧げられるものだったのかという資料的なことを知りたかった。

 古代の人は人間の旺盛な性行為に自然界の活性や豊穣を重ねて願ったし、不特定多数との性行為は、人によりしろう神々との性歓待によって、太陽と自然界の再生と復活を「創造」することであった。

 だから古代の売春や乱交は神々との交接による世界の「再創造」なのであり、そのような行為は聖なるもの・神事であったのである。神や豊穣を失った性観念は、禁欲や純潔の思想に傾き、古来の神聖で聖なるものとしての性という立場を零落させていった。

 この再生と豊穣の観念を知らないことには、性が聖なるもの、高貴なものとして考えられていた古代や古来の観念を理解することはできないだろう。

 わたしたちは神と創造をおこなう性という面をすっかり忘れて、快楽と人間の生殖の性しか見なくなったために古代の性観念を理解できなくなっているのである。

 この本では神に属する聖なる遊女としての歴史から、現代にいたるまでのさげずまれ、憐れみに思われる遊女像の変遷をおもに古典文学にたどった本なのであるが、古代の性観念を理解しないことには遊女が聖職であったことも理解しにくいだろう。

 一般には遊女や遊郭に憧憬やロマンティシズムを感じる一派がありそうである。わたしにはそのような憧憬をいだく気持ちがいまいちわからないのだけど、それは性の自由や解放をもたらすからだろうか。一夫一婦制の箱庭のような閉じ込められた世界からの解放が垣間見えるからだろうか。

 佐伯順子のこの本は、「精神と肉体」という序列観をテーマにした本だと思っていたのだけど、違ったね。精神が高貴なもので、肉体は劣るものという二元論はわたしにはまやかしに思える。これの部分的否定というテーマもいぜん追究したいと思っていたのであるが。

 わたしは神と交接することにより世界の再生や創造がおこなわれ、豊穣がもたらされるという信念・世界観がどのようなものだったのか、もっと資料的なものに当りたいのかもしれない。


中世の非人と遊女 (講談社学術文庫)日本売春史―遊行女婦からソープランドまで (新潮選書)「愛」と「性」の文化史 (角川選書)吉原と島原 (講談社学術文庫)遊女の社会史

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