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2012

レイライン・死と再生

世界の死と再生、性をつなぐ生き物?―『蛇』 吉野 裕子

4061593781蛇 日本の蛇信仰(講談社学術文庫)
吉野 裕子
講談社 1999-05-10

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 古代の信仰のかたちを残している奈良の三輪山の神は山そのものであり、蛇でもある。大神(おおみわ)神社には蛇の好きな卵やお酒がいまでも供えられている。

 古代には根強い蛇信仰があったらしいのだが、後世になると嫌悪されたり忌避されたりして表面からは隠されたり象徴でおきかえられたりしたが、その古いかたちを解明してゆくのが本書である。キリスト教でも蛇はアダムとイブに知恵の樹のりんごをそそのかしていたね。

 正月にそなえられる鏡餅も蛇がとぐろを巻いたすがただといわれる。みかんは光り輝く蛇の目を象徴するという。わたしは山のすがたと日が昇るさまに重ねあわされると思っていたのだが、たしかに蛇のとぐろを巻いた姿にも共通する。山と蛇はとぐろを巻いたすがたでおなじものなのだろうか。

 蛇の古語は「カカ」であるから、「鏡」もそのカカからきた「カガメ(蛇の目)」ではないかという。男女がいりみだれて乱交したといわれる「歌垣(カガイ)」も蛇の生態をまねたものではないかという。むかしは母のことを「カカさま」とよんでいたのだから、蛇そのものであり、日本人は「蛇種族」としての子孫や神話をもっていたのかもしれないな。彦、姫は「日子」、「日女」といった「太陽の子」であるという太陽信仰の強い日本であるが、「蛇種族」としての日本人もあったのかしれない。

 しめ縄も蛇の交尾をかたどるすがたをあらわしているのではないかという。蛇の信仰が隠されるばあいは三角紋やひし形紋が使われたという。ビロウ(蒲葵)という植物も祭りや聖なるものには欠かせない植物であったのだが、それも蛇の象徴だという。

 なんでもかんでも蛇にあてはめる解明にも思えなくもないが、蛇がなぜそんなに信仰されたかというと、

「蛇の脱皮ほど彼らに脅威の念を与えたものはなく、自らの殻から出てはこもり、こもっては出て生命の更新をはかるその脱皮の作用を通して、古代日本人は宇宙万象の生命の輪廻転生の実相を把握したのではなかろうか」



 蛇は男根の象徴でもある。生命が死に絶え、ふたたびよみがえり、繁栄するのは冬と春にまいとしくりかえされ、その再生を生み出すのは性、セックスである。蛇は性の象徴でもあり、脱皮や冬眠により死と再生を象徴する古代世界観の要・根本になっていたのかもしれない。蛇はこの古代の死と再生の世界観に合致する生き物であったのである。

 太陽も毎日西の空に沈み、東の空にのぼる。そして秋から冬にかけて日の力は弱まり、地上の生き物も死に絶える。春には日の力は強まってゆき、穀物の実りをもたらし、地上に生き物を満たす。太陽も死と再生を毎日、毎年くりかえし、世界の終わりと再生をあらわす。その再生をつなぐものは生物の交尾や性交であり、また神の性交であり、その神と生命のあいだをつなぐ生き物として蛇が崇められたのだろうか。

 死と再生の世界観は蛇だけが担っていたのではなくて、太陽であったり、神であったり、さまざまなものが渾然一体となって担っていた。蛇だけがそれを一身に背負っていたわけではない。三輪山の神が山であり、蛇でもあるように、太陽もふくまれていたのかもしれない。蛇は死と再生をになうひとつのあらわれ・相であったというほうがふさわしいのだろう。

 神武天皇の妃は、妃の母が「くそまれるとき」、三輪大明神が丹塗矢となってホトをついたために生まれた神と人間の合いの子であるという。「くそまれる」ときである。ひどい話になっているのだが、蛇信仰や性の豊穣意識が古代から変わってきていたのだろう。性が豊穣を担うものから、禁欲や道徳のものとなっていったとき、蛇の信仰も地下にもぐったり、忌まわしきものとして象徴に隠されていったのだろう。

 ところで吉野裕子は英語教師をいったんやめて、『扇』という古代信仰の源をさぐる一連の研究を発表しはじめたのは53歳になっていたという晩学の在野研究者であった。遅咲きの人にはたのもしい存在でしょうね。


蛇: 不死と再生の民俗龍と蛇 権威の象徴と豊かな水の神 (アジアをゆく)現代民話考 9 木霊・蛇・木の精霊・戦争と木蛇儀礼 (岩波文庫)蛇と十字架蛇女の伝説―「白蛇伝」を追って東へ西へ (平凡社新書)竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰 (講談社学術文庫)陰陽五行と日本の民俗日本古代呪術 (古代文化叢書)

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Comment

>正月にそなえられる鏡餅も蛇がとぐろを巻いたすがただといわれる。みかんは光り輝く蛇の目を象徴するという。わたしは山のすがたと日が昇るさまに重ねあわされると思っていたのだが

「山のすがたと日が昇るさまに重ねあわされる」という見方で間違ってないと思います。
他にも「ピラミッドと万物を見通す目」という意匠にも重ね合わせることが出来る気がするし。

鏡開きでそれらを「食べる」のが面白い文化だなと思います。
崇拝していた対象を食べて(餌食にして)パワーをいただこうとしたのではなかろうか、と思ってます。
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