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10 21
2012

歴史・地理

村にすぐれた書き手がいれば―『わが住む村』 山川 菊栄

4003316223わが住む村 (岩波文庫 青 162-2)
山川 菊栄
岩波書店 1983-06-16

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 神奈川県藤沢市村岡村の江戸から昭和にかけての生活史をしるした書物で、自分が見知った土地であるともっと愛着がわいた書物になっただろう。ある土地にこのようなすぐれた書き手がいれば、歴史や暮らしがいきいきと書き残された幸運をうらやましく思う。

 藤沢市は鎌倉や茅ヶ崎にはさまれた町で、東海道も走っており、運助とよばれる荷物担ぎがたくさんいて百姓も食えずに小遣い稼ぎをした。お金が稼げれば、賭場だ、焼酎だでどこでも寝てしまうか、喧嘩だ。人が死んでもどこでもかまわず埋める。どうして死んだ、だれが死んだなんて調べない。街道筋は野垂れ死に死体が埋まっている。

 明治19年には東海道線の汽車がのびてくるのだが、地元の人は大反対。宿場町にもってこられてはたいへんだと、停車場は家一軒ない桃畑のまんなかにもっていかれた。でも駅は新開地として発達し、宿場は繁栄からおいておかれた。地方でも駅は町から離れた遠い野原にぽつんとおかれることも多かった。

 黒船がきたときは、百姓町人は弁当もちで、山にのぼり、浜に出て見物した。村ではどんな騒ぎがおころろうとこれまでの毎日がなにひとつ変わらずつづいているだけだった。

 東京では明治32年に裸やはだしが違警罪として罰されることになった。山川菊栄もはだしで水を打っていたりしたが、警官を見かけるとあわてて家に駆け込んだりしたそうだ。村岡でははだしを見かけることが多くなって、なつかしい思いをしたそうだ。

 村にはいろいろな「お日待ち」がった。農事を休んで一所にお祝いする日で、その日を心待ちにする意味で名づけられた。白い米のご飯が食べられるし、仕事を休んで遊んでいい日はウソのようだった。

 炎天の田草とりは焦げつくような真夏の太陽が背中を焼き、熱くわいた田の水は足をゆでて全身を蒸して、上と下から熱のはさみうちに合うような苦しいものだった。

 明治の東京にはまだガスや水道、電灯もなく、電車もバスもなかった時代があり、夜は真っ暗で、夏はふくろう、秋は虫の声、星や月の光がさえていたころがあったそうだ。山川はこの村岡にきて、そのような自然にあふれた景色に出会い、なつかしく思ったそうだ。

 女性はなにひとつ自分でつくりださず、男の稼いだ金を使うだけが仕事になってしまったと山川はいっている。日露戦争のころから綿畑がすがたを消し、紡績業が発達して安く手に入るようになったので、女が糸をつむいで着物をつくることが割に合わなくなってしまった。

 明治22,3年ころまでには東京でも法政大学近くの土手には狐が見かけられたそうだ。帝大の赤門でもいたそうだ。日露戦争の前くらいには東京からひっこんだということだ。村岡でも大正の初めころまではいたそうだ。

 大正の中ごろまで、女児は子守に使うか、子守奉公に出すかして、学校にやらぬ家はそうとうあった。お針がひと通りできて、奉公をすませたことが嫁入りの資格になっており、女学校卒業の代わりの嫁入りの資格になっていた。村のお婆さんで字は読めないけど、言葉使いのきれいな、物腰の上品な人がいるのは奉公のたまものだという。

 いまは上流は金遣いが荒く、奥様お嬢様はいい着物をきて遊び歩くばかりだから、奉公に出せばろくなことはないと年寄りはいう。明治の生き方が滅んで、お金や消費をみせびらかす変化が襲い、女性の上品さは失われていったのである。

 人間のかたちをなさない間はまだ人間でないと考えて、胎児を大事にすることは、江戸時代にはなかった。

 江戸時代、小作人は口をへらすのが目的で、子どもは七、八歳ころから女の子は子守に、男の子は丁稚に出された。村を出たきり、音信普通になるのがふつうで、故郷に錦を飾ったという話は聞かなかった。幕府はたびたび人身売買の禁令や年季を十年に限る法令をを出したが、なんの効用もなく、奉公人とは奴隷に近いものがあった。

 むかしの人の暮らしや生き方がいきいきとよみがえってくる書物で、自分の育った町や見知った町のことであったら、もっと魅力的な記録になっていたことだろう。ゆかりのある町にそういう書き手が暮らしていてほしかったとくやしく思うのである。


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