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10 13
2012

書評 心理学

たしいて感銘はない―『中年クライシス』 河合 隼雄

4022641134中年クライシス (朝日文芸文庫)
河合 隼雄
朝日新聞社 1996-06

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 40代になったころ、少々中年の危機というものを経験した。社会に出て二十年もたったのになにもなしとげていないという感慨だ。人生をふたまわりもすごしたのになにも得ていない。数字のうえの節目にしかすぎないのだけど、年月の重みを感じた。

 いまはすっかりあのころの気もちは忘れてしまったのだが、失業やリーマン・ショックの経済危機とか重なってけっこう追いつめられた気持ちになった。42歳くらいは厄年なんだが、なるほどこの年くらいには転回を経験するのかもしれないなと思ったけど、数え年がよくわからないまま過ぎた。

 『中年クライシス』はそのころ読みたいと思っていた本だが、読む機会にめぐまれた。読後感は残念ながらほとんど感銘を与えられなかった。ただ子どもの話には強い河合隼雄が大人の小説を読んでみましたという感じに終わっているだけ。

 ここで読まれている小説は、夏目漱石『門』、山田太一『異人たちとの夏』、大江健三郎『人生の親戚』、安部公房『砂の女』、谷崎潤一郎『蘆刈』、志賀直哉『転生』、夏目漱石『道草』などである。

 小説をちょくせつに読むより、批評文を読むほうがわたしには価値があるように思ってしまう。なにをいっているのか、なにをいいたいかをちょくせつ語ってくれたほうが、解釈がわかってムダがないと思う。

 どうもこれらの小説は中年の危機をメインテーマにしているような作品には思わなかった。だから中年の危機というものだけを期待すれば、肩すかしである。

 小説としては中年になった主人公が故郷に帰ってきてむかしの思い出を回想するというかたちが、わたしの中年の感慨にはフィットする作品かな。シュトルムの『みずうみ』とかゴールズワージーの『林檎の樹』が近いのかな。

 社会的地位にかかる「わたし」を知ることではなくて、魂のありかたを知ることが中年の大事な仕事だと河合はいっている。

「「年収」を大きな支えにしている人は、他の非常に多くの人々と同じ人生を歩んでいるわけで、特に「私」というものの独自性を示すことにはならないのではなかろうか。それに対して、ある場所である時に、自分のみが「ウン、これが私だ」と感じたことは、他との比較を超え、一般的尺度に還元しがたいものとしての独自性をもつと言える。…中年から老年にかけての課題のひとつとして、そのような「私」の発見ということがあげられるだろう」



 中年の危機にはつぎのような本も読みました。人生の空虚感にたいする慰め・考え方が必要なのかな。

『やっと中年になったから、』 足立 則夫
『大人の心に効く童話セラピー』 アラン・B・チネン


こころの処方箋 (新潮文庫) 働きざかりの心理学 (新潮文庫) 大人の友情 (朝日文庫 か 23-8) 「老いる」とはどういうことか (講談社プラスアルファ文庫) 生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)
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