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09 27
2012

書評 マンガ論、サブカル論

ざっと概括史のようなものですね―『ふしぎなふしぎな子どもの物語』 ひこ・田中

4334036384ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか? (光文社新書)
ひこ・田中
光文社 2011-08-17

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 ネットのほかの書評にもいわれているとおり、サブタイトルの「なぜ成長を描かなくなったのか」という問いはほとんど問われない。テレビヒーローやアニメ、マンガの概括史のようなもので、分析や解釈だけを読みたい向きにはちょっといらない部分が多い。

 けっきょくなにをいいたかったのかとなるけど、子どもの物語を当時をふりかえりながら概括してみましたというたぐいの本なのだろう。解釈は宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』みたいに鋭くないし。

 さいごのほうになぜ近代は大人にならなければならないのかという問いを放棄してきたといっている。成長を描かなくなった物語があらわれてきたということだが、物語は多種多様なのでそれを全般的な趨勢として認められるのかは少々疑問だが。

 まあ、ざっと拾い読み。

 ウルトラマンのテーマは「近代的自我の確立」と「他者との相剋」だと著者はいう。なぜ怪獣と闘わなければならないかはアイデンティティの問題、ウルトラマンであることの秘密は自分の存在の危機。まあ、むづかしくいえば、そうなのだろう。

 仮面ライダーの『剣(ブレイド)』(2004年)では、かつて英雄行為であったことを「仕事」に還元し、闘う相手と戦わない結末をむかえて、仮面ライダーやテレビヒーローの全否定をおこなったそうだ。ほんと姿かたちが違うだけで怪獣たちはどうして殺されなければならなかったのでしょうね。

 ガンダムというのは臨時艦長のブライトすら19歳という子ども集団であったというのは驚きですね。アムロは15歳。

 著者は『北の国から』に出てくる女性たちはすべて性的存在としかあらわれてこないと断じている。男の自己実現の道具だけだと。こういう目線には気づかなかったな。

 「女の子モノ=恋愛モノ」という定式は、女は性愛だけを考えていればいい、いてほしいという男の欲望の上になりたっていたという。それをどう回避するか、恋愛は人生の一部分にしかすぎないという物語が女の子の物語にもあらわれてきているようですね。

 「世界名作劇場」は孤児、もしくは孤児的な子どもを主人公にした作品が24作中、14作品もあったようですね。名作劇場の原作を年代別にならべると19世紀半ばから20世紀はじめの半世紀に集中している。19世紀半ばはまだ子どもが労働するのはあたりまえの時代であった。

 近代はアイデンティティの問題を物語りに多く描いた。職人の中から、個性的な作品をものにする人間を芸術家と崇めるようになった時代。わたしの違いを見せ、わたしがだれなのかを示さなければ認められない。

 ウルトラマンや仮面ライダーはいまもつくられているが、これまで悪と戦うことがあたりまえだった前提やストーリーが全否定されるという物語がつくられるようになったそうですね。そこに大人の終焉、大人に無条件に成長することが必要なのかという疑問がはさまれているということである。

 わたしは成長するとか大人になるとかの葛藤や疑問にあまり悩むことがなかったようなので、このテーマに深く感応することがないのかもしれない。


大人のための児童文学講座 子どもに本を買ってあげる前に読む本―現代子どもの本事情 いまファンタジーにできること 映画は父を殺すためにある: 通過儀礼という見方 (ちくま文庫) 〈少女マンガ〉ワンダーランド
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