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07 05
2012

書評 哲学・現代思想

レヴィ=ストロースの方法論をさかのぼると―『はじめての構造主義』 橋爪 大三郎

はじめての構造主義 (講談社現代新書)
講談社 (2014-02-21)
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 構造主義にはフーコー、アルチュセール、バルト、ラカンといった人たちがいるのだが、この本はそれらの人を紹介したというより、レヴィ=ストロースの「構造主義」という方法論はどのようなものかをひたすら説明した本である。だれかカタログ的に魅力的な思想を語った人はいないかと探る本ではない。

 構造主義に属する人たちは1900年代から20年代に生まれている。レヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』を発表して構造主義が流行り出したのは1955年であり、フーコーも60-70年代に主著を発表している。もうだいぶ前の思想潮流なのだが、日本では現代思想として通用するし、しっかりかみくだかれたかは、はなはだ頼りない。

 わたしはレヴィ=ストロースの本は一冊も読んでない。みすず書房とか高いし、未開民族のことをそこまで興味をもてなかった。人文学の知が西洋文明の優越感や正当化にどのように貢献してきたかという問題意識でそのジャンルを漁ったことはあるが、レヴィ=ストロースはその網にはかかってこなかった。

 フーコーは何冊か読んだり、アルチュセール、バルトの本は一冊くらい読んだ。ラカンは難解という評判からか手を出せなかった。もうポスト構造主義の時代になっており、ドゥルーズやデリダの時代になり、いまは新しい思想潮流はどうなっているのだろう。日本では「ニューアカデミズム」という名前で80年代に流行ったそうである。

 この本ではレヴィ=ストロースの構造主義とよばれるものはどのような方法を使っており、その方法はどんな思想家のどんな考え方が適用されているのか説明されている。構造主義はその方法論、思想の流れを知れば、わかるということである。

 ソシュールにさかのぼって、ヤコブソンの方法が紹介される。親族の基本構造に言語学の考え方が応用されたのである。遠近法や現代数学なんか出てきて、数学が苦手なわたしはかなりの頭のアクロバット状態になる。そういう思想的な潮流から流れてきた方法論が構造主義の基礎をなしているということである。

「われわれはつい、言語と無関係に、世界ははじめから個々の事物に(言語の指示対象)に区分されているもの、と思いがちだ。ところが、そんなことはないので、言語が異なれば、世界の区切り方も当然異なるのだ。

ある言葉が指すものは、世界のなかにある実物ではない。その言語が世界から勝手に切り取ったものである。また、言葉がなにを指すかも、社会的・文化的に決まっているだけである」



 ソシュールの言語学は言葉の恣意性や関係性を暴いて、今日の思想界に多大な影響をのこしたのだが、まあ「さいしょに言葉ありき」の世界観をつきつけたわけだ。母語が違えば世界が異なる。人間は言葉の世界を世界と思っているのではないか。

 ヤコブソンの音韻論やモースの贈与論を通って、未開民族のありようにたどりつく。

「”価値あるものだから交換される”のではない。その反対に”交換されるから価値がある”のである。

社会(人びとのつながり)とは要するに、交換することなのであって、誰もかれもが交換に巻きこまれていく。交換されるものに、「価値」がそなわっているとしか見えなくなる。こうしたことが、社会的事実(個々人の意思を離れ、社会全体で成立してしまう事柄)として生じていることを、指摘したのだ」



 結婚とは女性の交換であるということを、言語学の発見によって導かれる。人間のありかたとは言葉によって規定・決定されているのではないか。「社会関係とは言語なのである」といいそうだ。

 構造主義は真理を制度だと考える。人間が勝手にこしらえたものを真理とよぶ制度のなかにわれわれは生きている。この構造主義のメッセージはずいぶんインパクトがあるもので、わたしはこの主張をしっかりと理解するために「共同幻想論」というジャンルの本をたくさん読まなければならなかった。

 構造主義は「主体」という言葉がキーワードになるようだが、構造主義は「主体を超えた無意識的・集合的な現象が重要だ」という考えが根本にあるようである。人間を主体的に考えているようでは人間のことなど理解できない、と構造主義は考えるようである。

 この構造主義の考え方が出てきた思想的背景を数学や遠近法に求める説明がこの本の後半をなしていて、これは数学を苦手とするわたしの頭にはかなりキツイ部分である。その果てに真理は制度といったことや主体の疑問などが導かれるわけだが、結論はこういうことだ。

「オーストラリアの原住民の結婚のルールは、抽象代数学の、群れの構造とまったく同じものなのだ!

先端的な現代数学の成果とみえたものが、なんのことはない、「未開」と見下していた人びとの思考に、先回りされていたのだ」



 レヴィ=ストロースは西洋進歩史観にくさびを打ちこんだと受容されたようだ。もう帝国主義や植民地支配、西欧中心主義、理性万能主義の終わりにヨーロッパの人たちが気づきだしたころ、レヴィ=ストロースはその思いをしっかりとかたちにしたのである。ほかの構造主義の思想家たちも西欧中心主義の批判や懐疑を深く抱えもっているといえるのだろう。

 こういう解説書にあらわれる構造主義と、本人たちの書いた書物にあたるとそういう主張に出会わないことが多い。その語られる内容にどっぷりつかっていて、包括的な視野での批判というものが見えにくい。いや~、解説書にはっきりとうたわれていたことが読み込めないなあ、ということによくぶち当たる。

 またぎゃくに、原著のほうがわかりやすいばあいもあるのだが、その本には解説的見地を読み込めないこともよくある。まあ、解説書というのは原著の印象と異なるものである。興味をもたれたら、本人たちの書を読もう。


親族の基本構造構造人類学野生の思考悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)生のものと火を通したもの (神話論理 1)

ソシュール一般言語学講義―コンスタンタンのノート監獄の誕生―監視と処罰再生産について 上 イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置 (平凡社ライブラリー)エクリチュールの零(ゼロ)度 (ちくま学芸文庫)エクリ 1

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