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06 16
2012

書評 心理学

自然信仰として読み解きたくなった―『昔話と日本人の心』 河合 隼雄

4006000715昔話と日本人の心 (岩波現代文庫―学術)
河合 隼雄
岩波書店 2002-01-16

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 日本の昔話ってなにをいっていたのだろう。いぜんにこの本を読んだのだが、もう一度解釈をあたためたいと読み返したのだが、この本は明確な解釈をあたえてくれる本ではなくて、たくさんの類話を収集してくるようなまだたたき台のような本であることを忘れていた。不明なことが解消できる本ではなかった。

 河合隼雄はユング派の精神科医だから昔話によく出てくる「異界」や「他界」に出会う話を深層意識にもぐる話だと解釈する。わたしもこの心理学的解釈を期待したのだが、これは自然の富や豊穣との関係で読み込むほうが妥当なのではないかと思えてきた。

 浦島太郎の竜宮城などは「他界」の豊穣をもたらすものである。これは神があの世や異界からやってきて、人間界に富や豊穣をもたらし、秋や冬にあの世や山に帰ってゆく神の神話と構造とおなじである。つまりこのような昔話は自然との関係、神のありよう・関係を語った神話がベースになっているのではないのか。自然との関係を語った原始信仰・自然宗教的な世界観なのである。

 他界=自然=神を語った物語が日本の昔話といえるのではないか。

 鶴の恩返しなどは助けてもらった鶴が男の女房となる話だが、みずからの羽で織物をつむぐことを見てしまう秘密の禁を破ったことから妻は消えていってしまう。これはこんにち的には女性の本性を見るなという訓話に解釈されるのだろうが、みずからの身体を犠牲にして富や食料をもたらす存在は世界じゅうにある大地母神の原型である。

 大地母神はみずから殺されることによって富や豊穣がもたらされる。これはキリストの復活譚にも合流していて、殺すことが再生や豊穣をもたらすという話は自然との世界観の原型となっている。季節や新年度は死ぬことによって再生するという物語がベースとなっている。

 鶴の恩返しにはみずからの身体を犠牲にするというエピソードは、大地母神の身体の犠牲による富の獲得という神話と共通のものである。昔話というのはこういう自然との関係、神との関係が語られている・原型になっているのではないかと思う。

 原始信仰・自然宗教が原型となっているのが日本の昔話といえないだろうか。自然との関係=神が語られた神話なのである。

 この『昔話と日本人の心』ではとりわけ女性や結婚にまつわる昔話がおおくとりあげられている。日本の意識にとって女性や結婚はどう考えられてきたのかといったことが主題ともいえるかもしれない。

 女性の正体を見破られて去ってゆく昔話がじつに多い。女性の自然の本性や自我の確立などの意味に読み込まれているのだが、自然神話の解釈で読むとどうなるのだろうか。自然はみずからを犠牲にしているすがたを見られてしまったら関係は終わってしまうというのだろうか。わたしたちは自然の犠牲というあり方を見てはいけないのか。かわいがっていたウシやブタが食べれなくなるということなのか。

 わたしは昔話を心理学的に解釈するより、自然信仰の原型のかたちだと読み込む解釈に傾きそうだな。


昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社プラスアルファ文庫) 無意識の構造 (中公新書 (481)) おはなしの知恵 (朝日文庫) 明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫) 神話と日本人の心
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