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05 27
2012

書評 社会学

知識社会と経済人類学―『幻想としての経済』 栗本 慎一郎

51YQwZl1o6L__SL500_AA300_.jpg幻想としての経済 (角川文庫 (5672))
栗本 慎一郎
角川書店 1984-05

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 知識社会や評価経済とよばれる社会は、貨幣や物質を回した経済社会とまったく異なる社会になるのだろうか。資本主義社会以外の可能性をさぐった学問には経済人類学があり、80年に出版され角川文庫に再録されたこの本を読み返してみた。

 栗本慎一郎はこのころニューアカ・ブームにのって、テレビのクイズ番組にベレー帽で登場したり、選挙に出馬したりしていたのだが、いまはその声や姿をまったく見なくなった。本も同一人物かと疑うほどひっそりとした感じで出版されている。

 経済人類学は西洋の資本主義がほかの社会にくらべて特異な形態であるというカール・ポランニーの説や、生産や労働は破壊(ポトラッチ)の快楽のためにおこなわれるという転倒した説をとなえたジョルジュ・バタイユの説が合流してできあがった学問である。おもに未開社会の貨幣を媒介としない交換の形態に範をとるというスタイルをとっている。

 おそらく物質を中心とした貨幣経済のオルタナティブはないのかと未開社会にさぐられた学問だと思うし、貨幣で物質を回すしか分配の方法はないのかと考えられた学問であると思う。そこから知識社会の可能性としてこの知識は役に立つのではないかと考えられもする。

 現代の人間は物質の消費や補完だけが経済の目的だと思い込んでいるわけだが、この活動の真の目的は過剰な富の蓄積を破壊する快楽のためのそれまでの禁止なのであるといった。人間の目的は生産や物質の充実ではない、それを破壊する快楽までの禁止なのであると。

 生産や労働が目的ではない、破壊の快楽を強めるために禁止としてのそれがあると認識の根本的変換を迫った。あまりにも生産・経済中心の発想が時代をおおっていたから、目を醒ます必要があったのだろう。

 栗本慎一郎は経済は交換からはじまったのではなくて、一方的贈与からはじまったという。贈与をすると社会的地位の安定が図られたり、身分が保証される。富を破壊すること(ポトラッチ)によって相手を圧倒させる。富は捕虜や奴隷もふくまれてその殺戮もおこなわれた。その後の返礼として交換がおこったとされる。

 近代は未開社会で十分に足りていた富の過剰を極限までにつくりだし、多大な生産活動にあてる。もはや生存のためではなく、なにか別個な要因を考えるべきだ。それは富の破壊の快楽のためであり、生産はそれまでの禁止として快楽の放出を増大させるのだ。

 貨幣のエロティシズムがさぐられた章では貨幣の起源や貨幣にもちいられた子安貝などが性器をかたどったものではないかという。性器や富はケガレを祓うものとしての効力をもつ。人から贈与をうけるとケガレた状態になる。これを祓い清めることが支払いの起源であり、貨幣の幣は神社の祓い清める紙の御幣とおなじ語をもちいる。

 ここで死と再生のタームが出てくるのだが、性器というのは死を再生させる、あたらしく世界を誕生させる力をもつものである。貨幣は性器によって死と再生をあらたにおこなう契機をあたえるものなのだろうか。

 季節であれ、王であれ、衰えれば死んだり殺されたりして、あたらしい再生がおこなわれなければならない。再生がおこなわれるのは性交渉によってであり、生命のみではなくこの世界、季節の循環もおこなわれると考えたのが古代であった。貨幣に性器の象徴がかたどられているとするのなら、その小さな再生・祓いがおこなわれていることになるだろう。

 経済人類学というのは経済がわれわれが考えているような経済の常識、物質や富の生産のためにおこなわれているのではなく、破壊や消費のためであるということを思い起こさせようとした学問なのだろう。目的や方向性があまりにもまちがっているということである。

 その原初・起源を見なければわれわれはあまりにも方向性や未来を誤ってしまうということなのだろう。われわれはなんのために経済や生産をしゃかりきに増進しているのか。じつは破壊するほどの富があることの地位の安定をめざしているのではないのか。社会の軌道修正をもとめているのだろう。

 交換は経済的機能を追求した社会的行為ではなくて、ソーシャルなコミュニケーションなのではないか、経済人類学はそう問う。知識社会のありかたはそういう根本の軌道を確認した上で築かれる必要があるのではないか。だから経済人類学をもう一度ひもといてみる必要があるのではないかということだ。

 なんだかわたしの頭の中はもやもやしていて、経済の起源と知識社会のすがたが直線で結びつかないのだけど。。


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