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05 08
2012

書評 歴史

事実か、虚構か/ 『その日ぐらし―江戸っ子人生のすすめ』 高橋 克彦  杉浦 日向子

1-13458-c200.jpgその日ぐらし―江戸っ子人生のすすめ (PHP文庫)
高橋 克彦 杉浦 日向子
PHP研究所 1994-04

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 げんざい、「再読強化月間」に入っております。いちばんの理由は金欠ゆえだが、むかし読んだ本はあまりにもすっかり忘れていることが多くて、気になる本はもう一度頭に叩き込む必要を感じるからでもある。

 この本は91年に出版された本で、もういまから二十年も前の本だ。

 江戸のその日ぐらしの気楽さが喧伝された本で、おおいに自由に焦がれた本だが、そんなうまい話ばっかりだったのかといまはかなり警戒的になっている。

 この本が出た時代はバブルの盛りで、豊かになってアメリカから「エコノミック・アニマル」と批判されたこともあって、もっと気楽に自由に生きてもいいのではないかと気運がもりあがり、自由な生き方としてフリーターが注目されていたころだ。そのあと、格差社会や非正規の悲惨さが喧伝されるような世になって、自由や気楽さでその日ぐらしが見れないようになった。

 この本で江戸っ子の実働労働は四時間くらいで、朝十時ごろ、おかみさんに「おひつがカラッポだよ」と尻をひっぱかたかれて稼ぎに出て、午後二時には帰ってきてしまうということが紹介されている。「宵越しの銭はもたねえ」だ。

 月に七日働けば家族四人くらいはなんとかなったといわれている。ただ商人は盆暮れ以外は毎日働いていたが。

 江戸の男の八割は生涯独身だったとか。武士や裕福な町人が妾を何人も囲って、下々まで女性がいきわたらない。だから女性はめぐまれていたといえるし、洗濯や掃除はほかの人に請け負ってもらえばいいし、おかずも売りにきた。

 武士は週休五日。朝は早いが、午後二時には帰る。

 江戸時代は飢饉がしょっちゅうおこったように思われているが、五十年か六十年に一度くらいしかおこっていない。歴史はエポック・メーキングなことだけ残るから農民の暮らしがとても苦しかったと思われることになるが、それは特殊な出来事の寄せ集めだからである。

 また明治政府は革命国家であるから、前権力や前社会を悪くいわなければこんにちの権力の正統性を主張できない。きのうより今日が、今日よりも明日のほうがいい生活をしているという進歩史観も、江戸時代を暗いものにしているのだろう。

 江戸人は人生は楽しむためにあるといった人生を生きていた。イタリア人みたいなノリ。庶民の性もとても解放されていて、ほとんど腹がすいたからメシを食うレベルのもの。武士だけが厳しい儒教に縛られていた。

 この本は怨念のように暗くイメージされる江戸を救うために軽くて明るい江戸時代だけをひきだしてきた本だと思われるので、その一面性がちょっと信憑性を失わせるのだが。

 ほんとうのところはどうだったのかと、石川英輔の『大江戸生活事情』という本も参考になった。性の奔放さはもちろん赤松啓介の『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』がぶったまげるほど参考になる。江戸の実像というのはネガ・ポジ、どちらのほうがより実情に近かったのだろうか。

4062634317大江戸生活事情 (講談社文庫)
石川 英輔
講談社 1997-01-13

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4480088644夜這いの民俗学・夜這いの性愛論
赤松 啓介
筑摩書房 2004-06-10

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 江戸の絵師たちの儲け方がこれからの「評価経済社会」とよばれる時代に参考になるのではないかと思った。北斎は金を出してくれる人がいれば自由に絵を描ける。歌麿は大出版社に丸抱えされる少女漫画家のようなもの。広重はだれにも世話にならず自分の好きな絵を描く。読者と直接つながっていた。

 稿料で食えない絵師たちは「席画会」という催しをおこなっていた。ファンの集いであり、与えられたテーマで絵を描き、檀那衆に買い上げてもらっていた。イベントで生活を支えていたわけだ。北斎はキャラクター商品といえる「北斎グッズ」の販売にも熱心だった。まるで情報がフリーになる時代の稼ぎ方だ。

 江戸っ子というのはほんとうに「宵越しの銭はもたねえ」とタンカを切れるほどその日ぐらしの気楽な生き方をしていたのだろうか。この本はその江戸っ子の気楽で自由なところばかりすくっていて、そんな人生ほんとうに可能だったのかと疑ってしまう。

 しかしわれわれは物質と勤勉の価値観でしか生活を捉えられないようになっているだけであって、もしこの拘束や束縛を解いたら、その日ぐらしの江戸っ子のような人生はすぐそこに可能なのかもしれない。わたしたちはカネとモノがなければ生きてゆけないと思っているが、この鎖はあんがいかんたんにほどけるのかもしれない。

 モノにたくさん囲まれた生活があたりまえだとか、しあわせと思う価値観や常識がなくなれば、あっさりと江戸っ子のように気楽で自由な生活がひろがっているのかもしれない。そうしないと生きていけないと思う常識こそが「見えない鎖」の正体なのかもしれない。

 物質が豊かな時代は勤勉と労働に多くの時間を奪われて、人生は楽しむためにあるといった生き方をとても送ることはできないのである。これでしあわせなんだろうか。

 といっても自由と気楽さにふみはずせば、物質とカネの価値観でヒサンだーとかカワイソーだという非難も終わることはない世の中なのである。


うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」 (ちくま文庫) お江戸風流さんぽ道 (小学館文庫) 江戸へようこそ (ちくま文庫) 江戸アルキ帖 (新潮文庫) 杉浦日向子の江戸塾 (PHP文庫)
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