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03 08
2012

レイライン・死と再生

なぜ異界に再生があるのか―『異界を旅する能』 安田 登

448042833X異界を旅する能 ワキという存在 (ちくま文庫)
安田 登
筑摩書房 2011-06-10

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 前半はその謎解きとわかりやすさから名著の期待が高まったのだが、後半はぐだぐだ、整理されない昇華されない気持ちが残った。

 わたしは能は古語がわからないからまったくわからないし、見たこともない。でもこの本は能の意味をひじょうにわかりやすく解説してくれる。

 能はシテという主役とワキという脇役がいて、ワキが旅の途中にふと出会う人のむかし話を聞いているうちに、その人が生き霊としてむかしの怨念や残恨を語って舞い、思いを昇華させて消えてゆくという基本構造があるようだ。これは「夢幻能」とよばれる。

 これは異界に出会う話である。

 異界に出会う話というのは多くの物語の基本構造としてあって、物語読解としても重要な構造であり、また異界に出会い、再生するという物語は古今東西の神話の重要な構成要素であり、神社や毎年の循環にも用いられる世界の基本構造としてくみこまれているものである。この意味を解くことはひじょうに大事なことだと思う。

 重要な問いとしては、なぜ異界に出会うことによって生き直せるのか、ということになるだろう。多くの物語・神話にくみこまれているこのテーマはなぜ人々は追い求めるのか。

 能で出会う異界は時空の歪みによってもたらされる。「いま」と「むかし」が出会い、「死者の時」と「人の時」が融合する。「ときのない世界」が現出する。

「私たちを苦しめる、多くの感情は相対的時間が生み出したものだ。相対的時間がなければ、私たちを苦しめる後悔もなければ不安もない。…裸一貫、生まれたばかりの私たちの中に流れる時間は、「悲しみ」なんて感情を作り出したりしない」

「後悔も悲しみも相対的時間が作る感情だ。言語を獲得するまでのヘレン・ケラーに、相対的時間はなかったのではないだろうか」

 まるでクリシュナムルティの言葉である。

 異界に出会うことによって、ときのない「神話的時間」を体感し、それによって人生をもう一度リセットできると思わせるのではないか。

 ときのない時間というのは共同体の時間であり、神の世界ではないだろうか。自己を離れて世界と一体化する悟りの世界ではないのか。その世界に出会うことによって人は個体としての自己を生き直すのである。

 能という芸能に神と出会うといった宗教要素が出てくるとは思わなかったけど、能や芸能はもちろん起源は神事だったのであり、神との邂逅があってもおかしくないだろう。むしろわれわれの娯楽としての芸能観こそが特殊なのである。

 また過去の生き霊が残恨を語って成仏してゆくというのはまことに精神分析的・ユング的である。抑圧された無意識を表面に浮かび上がらせることによって昇華するという構造と同じである。能の観客もおなじように生き霊の無念を晴らすことによって、みずからの無念も昇華させているのではないだろうか。

 この本がとちゅうから残念になってゆくのは旅に重要な答えをもとめたからではないかと思う。この死の時間に出会って生き直すというテーマはいまの日本社会にとっても必要なテーマだと思うのだが、旅の方向に問いを求めた時点で、死の世界に出会うという目的は逸れざるを得なかったのではないかと思う。ここはひとつ禅やニューエイジでもそちらの方向に解を求めるべきではなかったのか。

 旅で人はなぜ異界や生き霊のような世界に出会うのか。旅は欠落をもたらすからだという。不足や欠落によって、どんどん旅人は「無」「無力」に近づいてゆく。仏教の修行の「おのれを空しくして」と同じである。「乞う」「恋う」旅をすることによって、つねに欠落にさらされる。その欠如によって「非日常」や「異界」に出会うのである。

 能の本を読んだと思ったら、意外に禅や宗教、神の世界の話がこんなに出てくるとは思わなかった。まさに「悟り論」である。

 異界というのは死の世界であり、それは神の世界である。ときのない共同体や、世界との一体感の世界である。死の世界に入ることによって、いちど死ぬことによって、人は生き直す。そこはときのない神の世界である。

 物語の基本構造としてある異界への侵入譚は神の世界、ときのない世界に出会うことであったのである。それはまさしく宗教や悟りへの道である。つながったと思うのである。


▼異界、神話的時間、宗教
4098200767飛鳥とペルシア―死と再生の構図にみる (小学館創造選書 (76))
井本 英一
小学館 1984-06

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4409590081千の顔をもつ英雄〈上〉
ジョゼフ キャンベル Joseph Campbell
人文書院 2004-03

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4047101990物語論で読む村上春樹と宮崎駿 ――構造しかない日本 (角川oneテーマ21)
大塚 英志
角川書店(角川グループパブリッシング) 2009-07-10

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4199060030人生が楽になる 超シンプルなさとり方 (5次元文庫)
エックハルト・トール 飯田 史彦
徳間書店 2007-11-09

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4434153951時間の終焉―J.クリシュナムルティ&デヴィッド・ボーム対話集
J. クリシュナムルティ J. Krishnamurti
コスモスライブラリー 2011-02

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4892031143無境界―自己成長のセラピー論
吉福 伸逸 ケン・ウィルバー
平河出版社 1986-06

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