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03 06
2012

書評 心理学

終わってしまった問題だけど―『心理学化する社会』 斎藤 環

4309409423心理学化する社会 (河出文庫)
斎藤 環
河出書房新社 2009-01-26

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 この問題はもう終わってしまった観がある。90年代にあれほど世間を騒がせた少年の凶悪事件はいまではすっかり退潮してしまって、もはや顧みられこともない。

 問うとしたら、あのころはどうしてあんなに心理主義化したのだろうということだろう。

 わたし宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』を読んでサブカルの通史を通してもう一度確認したくなったから、この本を手にとった。何度も古本で見かける本だったが、終わった話として手がのびなかったのだ。

 心理学化を批判した本はそうないからこの本は価値ある本だろうし、心理学化の様相を多くカバーした本である。ハリウッドもトラウマなしでは映画をつくれなかったほどだったとは、日本の動向ばかり気にしていたわたしには気づいていなかった。

 でもまあ、迷宮みたいな議論がおおく、切っ先も鋭くはない。そりゃあ、斎藤環は精神医学から訣別したわけではないからね。

 どちらかというと現象や過程の分析がおおくて、どうしておこったのかという原因論・要因論は印象がうすい。

 大きな物語が終わってしまって、人を動かす要因が金や女では力不足で、トラウマが人を動かす要因としてもてはやされるようになったのではないか、といわれているが。

 あのころはなぜか「異常人格」がやたらともてはやされた。マスコミが扇情的な商品を未来や戦争にもとめられなくなって、心の深層に見つけたかのようだ。やはりそれは大きな物語が終わったことと関係があるのだろうか。心の深層というバケモノをマスコミが開発したのである。

 2000年代にはこの問題は終わった。代わって中東問題が前景に出てきて、人々はそちらにとりこになった。若者の非正規化や貧困化が問題になり、秋葉原殺傷事件のときはもはや心理的問題より雇用問題としてとりあげられた。世界株式危機がおこり、ヨーロッパの金融危機がずっとくすぶりつづけ、アラブの春がおこった。心理学化はもはや問題とされない。

 心理学が流行る時期というのは外側の大きな問題がなくなって虚脱した時期に、心の内面がバケモノとして浮上するのが大まかなストーリとして描けるのではないか。外側に問題がなくなって空虚になったとき、心のバケモノのストーリーは忍び寄るのではないか。だれだったか、人生に退屈したから神経症にかかるのだといっていたし。

 心理主義というのはなにかの問題を個人の心に帰着してしまう学問であると思う。経済や社会に問題が求められなくて、個人化・心理化に内閉してしまう問題を強くはらんでしまうと思う。

 わたしは心理学だけに問題を帰してしまう傾向には強く反対したい。心理学だけに問題や原因を帰さずに、もっと経済や社会関係に目を向けるべきだと思っている。



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心理学バンザイ

> わたしは心理学だけに問題を帰してしまう傾向には強く反対したい。心理学だけに問題や原因を帰さずに、もっと経済や社会関係に目を向けるべきだと思っている。

賛成です。
先日アフリカのアルジェリアという国を訪れ現地の方と過ごしました。日本のように物があふれていなく、生活も効率的でない国でしたが、精神的に病んでいる人は少なく感じました。精神的に悩むくらい日本は豊かだという人もいます。

うえしんさんの言うように、経済や社会は世の中を考える上で大事なことと思います。

経済学や社会学からのカウンター

他の部分は大した分析なんですが、この本が指摘した共同体が崩壊する過程だけは、詳しくないのでちょっと残念ですね。と、いっても精神科医なのだから膨大なデータと格闘する社会学並みの検証を求めても仕方ないけど・・・・・きっと暇もないしね。

さて、歴史人口学者のエマニュエル・トッドは「デモクラシー以後」で共同体が壊れていった過程を、学歴が社会を分断して個人化した結果、政府の力が衰えているからだということを指摘してます。

それは、高等教育を受けられる者が限られていた時代は、それ以外の人と交流しないと生きていくことは、
不可能だったので、自分が恵まれていることを、
否応なく知り、エリートは義務を果たしていました。
日本で言うと戦前卒業まででしょうね。

しかし、大量の高等教育を受けた者が増えてくると、その者達だけで生きていけるようになるので、弱者との交流の機会を持てません。そうして自分が恵まれていたことを知らず、弱者は努力しないから貧困だと思ってしまいます。逆に高等教育を受けた者は努力だけで通ったと思ってしまってます。(派遣村で有名な湯浅誠さんも、かつてはそう考えていたと笑いながら話してました)

その結果、本来社会設計をするはずの高等教育を受けた者が自己実現に走ってしまい、ますます共同体は崩壊して、個人の責任にする新自由主義になったのだと言います。(米の共同体が破壊されていく過程は「孤独なボウリング」に書かれてます。)http://book.asahi.com/zeronen/TKY201006020369.html

特に核家族が多い地域(米英仏)は、個人主義がイデオロギーにも強く影響するので、個人化を抵抗なく受け入れてしまい、早く壊れていくのです。
一方、直系家族(日独韓)や外婚制共同体家族(露中)が前者よりも比較的多い地域は、血縁も社会の結び付きも上記よりかは強く、あらゆるものを市場で取引する新自由主義には抵抗しています。何のことはない、日本は発展どころか、衰退の問題すらも米国の後追いだったのです。

皮肉なもんですね。追い付き追い越せを合言葉に働いてきたのに、その結果を余り考えてなかったのですから。
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