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03 04
2012

映画評

「人がだれも信じられなくなった」時代のバトル・ゲーム的物語群について

 『LIAR GAME』(2010)とか『インシテミル』(2010)のようなゲーム的な映画が多くなったと思わないだろうか。

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 『LIAR GAME』では巨額の報酬をめぐっての疑心暗鬼にかかるゲームの中で、だれを信じられるかといったゲームがずっとくりひろげられる。『インシテミル』もだれを信じていいかわからない中で殺し合いがひっそりとおこなわれてゆく物語である。いずれも頭脳戦・心理戦といったものが特徴である。

 どうしてこういうゲーム的な物語がつくられるのだろうか。

 『DEATH NOTE』(2006)も殺人をめぐる頭脳戦・心理戦である。宇野常寛はこれらの想像力を「バトル・ロワイアル型」や「サヴァイヴ系」と命名している。こういった物語群を一群のまとまりとしてみたら、そういう物語群がたくさんつくられていることがわかる。

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 映画『バトル・ロワイアル』は2000年に映画でつくられた。とうじは少年の凶悪事件が世情をさわがせていたことがあって、その流れから生み出されたと思われる。だけど、だれも信じられない中で殺し合いのゲームがおこなわれてゆくモチーフは先の物語群にうけつがれてゆく。

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「信認」といったものがこれらの物語の中核のテーマを担っているようだ。

 映画『あずみ』(2003)も仲間同士で殺し合って生き残ることが物語として埋め込まれている。殺し合って、勝ち抜いてゆくことがこれらの物語にじつに多い。

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 こういうバトル・ゲーム的な物語といえば、『カイジ』(2009)だろう。借金を背負ったことにより命の保証もないギャンブルをくりひろげてゆく。下流や非正規に落ちた心情の一発逆転物語のように思える。

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 これらの物語群を時代に即して考えてみると、もう社会のだれも信じられなくなった、頭脳や心理戦で闘って生き抜いてゆくといった信条が浮かび上がる。

 世の中の状況をながめてみると若者は社会に出ると非正規や長時間労働で搾取か酷使されるかの選択しかないし、社会から拒まれてニートやひきこもりになってこじらせるとさらに生きにくい。

 大人や高齢世代の下敷きや人柱のように搾取されている気分になるだろうし、年金ももらえる額が払った額が少なくなると計算されているし、破綻してしまうかもしれない。

 よい子として勉強していい大学に入れば、生涯安泰といった夢や計画を裏切られたかっこうになっている。「だれも信じられない、裏切られた」という気分でいっぱいなのだろう。

 物語のゲームでだまされ、だれを信じていいかわからないといった思いは若者の心象風景そのものだろうし、殺されるかもしれない、殺し合いだという物語は若者のそこまで追いつめられた心象風景が垣間見えるようだ。

 「もうだれも信じられない」、「やられる前にやりかえせ」といった心のうめき声が物語にわきあがっているかのようだ。物語は時代の絶望を写しとっている。

 これは若者の気分だけの問題ではなくて、恩恵をうけれなかった人たち、こぼれてしまった人たちは中高世代にもとうぜんたくさんいる。「裏切られた、だれも信じられない」といった絶望は、若者だけのものではない。

 内戦状態といわれるみずから命を絶ってしまうたくさんの人たちのなかにも「人を信じられない」「裏切られた」といった気持ちでこの世を去ってゆく人もたくさんいるのだろう。「やられるか、やるか」の殺し合いの物語はなにも虚構だけの話ではないのだろう。

 「バトル・ゲーム」「サヴァイヴ系」の物語にはそこまでの人々の絶望が刻印されていると考えるべきだろう。

 この「人が信じられない」といった絶望は社会にどのような亀裂を生んでゆくのだろうか。

 仕事につければ社会保障はしっかりと与えられる社会であったが、職からこぼれると金や地域の縁からも切られた「無縁社会」「人情砂漠」の地域社会がひろがっており、非正規になれば企業や国家から保障されていた社会保障からも縁を切られる。

 職が見つからないと企業からも国家からも見捨てられ、人のつながりや金の縁も切り捨てられる。「だれも信じられない」「「裏切られた」といった世界はこのような隙間にひろがっているのではないだろうか。

 もう「やられる前にやってしまえ」と物語では殺人がおこなわれるレベルにメンタル象徴的な世界につきすすんでいるのではないだろうか。それが逆向きに向かえば自死にいたるのではないのか。

 身ぐるみはがされるような強欲な金融の世界を描いた物語も増えていた。『ナニワ金融道』(テレビドラマ1996)や『ミナミの帝王』(1992)といった物語はえげつない金融の世界をえがいて、人々にだまされないための人の疑い方や非信認のありかたを教えた。「もうだれも信じられない」。

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『クロサギ』(2006)といった物語や、『銭ゲバ』(2009)といった物語もドラマ化されている。もう「だましたれや」や「追い込んでやる」といった世界なのである。「オレオレ詐欺」というのは人を信じられなくなった、裏切られたという思いの噴出ではないのか。

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 人が信じられなくなったという心情のあとに生まれてくる社会のありようとはどのようなものだろうか。私たちは企業や国家を信じていた、信じられていた時代の臨終に向かいつつあるのではないか。それが外の人に向かっても、内の自分に向かってもたいそう悲惨な結果が待っていることだろう。

 社会の紐帯をむすんでいた信頼という絆がほどけてゆこうとしているこの社会はどこに向かってしまうのか危機感を強くしたほうがいいのだろう。バトル・ゲーム的な想像力の連鎖創出はそういう危機を抱かせるのである。

 「もう、だれも信じられない世の中」。

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誰も信じられない世の中は人格障害者が作る

私のブログからの抜粋です。なぜこんな世の中なのかと言う事を書いています。これを読んでみて下さい。

”怒り”は”暴力”ではない。怒りと憎しみを一緒にしてはいけない。

陰陽と儒教ー(大国主)

君子に’逆らうものは

上からの目線でものを言うな とか 何様だと思っているのか と圧力がかかる。

おそらくそう言う言葉や抑圧などで口を塞がれてきた歴史の中で

正しい怒りを持つ事も言う事も力で押さえられ

ついにそれを考える事も出来ないようにされてきた。

そこで生じたのは恨み、憎しみ、暴力である。

コントロールするか、コントロールされるかだけの世界で

精神は荒んで力関係だけが育ち

いじめられたものは自分より力の低い方へとコントロールを向けていく。

さらにその力関係は家庭の中にも及び子供の虐待という様相を表す。

虐待された子供達は恨み、憎しみの矛先を他人に向ける。

そんな社会ではカルト宗教しか育たない。というより大国主=カルト宗教なのである。

そんなものを日本、世界に有名人、芸能人、書籍等の通信網を使い

蔓延らせている、蝕まれている今の日本の世の中。

日本人も韓国人も皆それに気づいて早く治療してほしい。

大国主=人格異常者
など封印して葬り去らねばならない存在なのだ。
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