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12 10
2011

TV評

『江の謎 姫たちの戦国物語』 武山 憲明

4821153602江の謎 姫たちの戦国物語 (ぶんか社文庫)
武山 憲明
ぶんか社 2010-11

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 大河ドラマの関連本は慣例のようになっているのかたくさん出ている。大河ドラマに感化されてこういう本を読むのは踊らされているようでいやなのだが、やっぱりドラマと史実の違いを知りたくなるのも仕方がないというものだ。

 大河ドラマの関連本によって人はなにを知りたいと思うのか。ドラマの脚色ではなく、じっさいの史実の人物像ということになるだろうか。でも残念なことにドラマになると俳優のイメージでどうしても史実の人物を見てしまうから、史実の人物はイメージやつくられたものなしに想像することはかなりむづかしくなっているといわざるをえないが。

 評価の悪かった『江』はわたしのつぎの二つの興味から見ていた。戦国の勝者と繁殖の勝利者ははたして同じなのかという社会生物学的な興味と、権力が空白になったとき次の権力者はどのように認められ、認定されるのかという権力移譲の問題からだった。

 社会生物学は文化や制度などすべての人間行動を繁殖という結果論から読み解く学問。戦国時代の繁殖の勝利者や系図はまえから知りたいと思っていた。『江』は戦国の姫たちを主役にすえたことからそのヒントが得られると思ったのだ。権力移譲についてはどう権力は認定されるのかというダイナニズムがドラマの進行から垣間見れて興味深かった。フランス・ド・ヴァールの『チンパンジーの政治学』にボス争いをくりひろげる権力奪還の物語が描かれているが、人間でも権力が認定されるのは数々の問題をひきおこすのだ。織田、豊臣、徳川とひきつがれた権力抗争はまさしくボス奪還の権力構造の物語である。

 このドラマは姉妹が敵味方に引き裂かれて殺しあう悲劇を平和へのメッセージとして最大の山場に描きたかった物語だと思うが、じつは権力の空白をどう埋めるか、権力者はどう認定されれば政局が安定するのかという問題も主役にならざるをえなかったと思う。戦国時代はその権力の空白によって戦乱の世になったのだから、平静な世を保つためには突出した権力者とその認定が必要なだったわけだ。平和のメッセージは突出した権力の創出と認定の過程論でもあったのだ。幕府の権力を握るのはだれがいちばんふさわしいのかという問いを投げかけた戦国三代の物語でもあった。

 それにしても時代なのかこのドラマの三姉妹は秀吉にたいして気丈にふるまい、いいたい放題の強い女性たちが描かれているが、女性がコマのように政略結婚に使われていた時代にほんとうにありえたことなのだろうかと思ったが。江にしても秀吉にづけづけとものをいう女性像が描かれていたが、父母亡きあと秀吉に庇護されている立場でそんなことをいえたのだろうか。江は秀吉によって政略結婚のコマとして使われているし、茶も秀吉の側室になっている。いいなりのなすがままの女性であることが戦国女性の真のすがたではなかったのか。

 さてこの本のことだが、さしたる感慨はない。どうしてもドラマの印象が残っているので、史実の人物像を強くすることができない。ドラマの印象をかき消して、より史実の人物像に近づける強い印象を残してくれる本であったらよかったのにと思う。

 この本で強く印象に残ったのは秀吉の権力の継承をめぐるすさまじいほどの残虐さだ。淀に秀吉の子が生れたとき、日本の多くの者はこの出来事は笑うことだとし、関白の実子だと信じるものはいなかったとルイス・フロイスも書いている。表門にそれを揶揄された落書きが書かれ、門番17人を処刑。容疑者をかくまった町人63人が磔。ほかに50人の町人が処刑されている。

 おいの秀次もいいがかりをつけて切腹、妻妾、子女39人を処刑。信長の三男・信孝を死に追いやり、次男・信雄を追放。信長の嫡孫・秀信をかつぎあげて天下人になった。自分の権力を継承するため、突出した権力の保持をほこるためには自分のおいすら殺さなければならなかったわけだ。権力が認定されるとはまわりに権力や継承がすこしでもにおわせるものがあってはならないのである。権力の認定とはそこまで危ういものだったのだ。

 秀吉の母・北政所は家康を「天下の器」と認め、豊臣家は徳川家の一大名でいいと割り切っていたという。豊臣政権は秀吉の一代限りと思っていたそうだ。だが、淀は人質として江戸に下ることもしなかったし、秀頼が大阪城を出て移封していれば豊臣家は存続していたかもしれない。権力をゆずることを潔しとせず、ほかの強い権力があれば権力の継承を正当化されない時代においては滅亡を強いられるしかなったのである。権力の移譲・継承とはいかにデリケートで、むずかしい問題か。

 織田、豊臣、徳川の天下が決まりかけていたころ、身内の権力継承の問題がいちばん危険な領域に入っていったのである。『江』はそのような天下の創造期に身内で血で血を洗うような抗争劇をへなければならない時代をとりあげて、権力の認定がいかにむづかしい問題かということにもスポットを当てることになった。『チンパンジーの政治学』では権力抗争に明け暮れた三頭のうち、一度はボスの座を奪還したNO.2とNO.3のサルはいずれも死んでいる。高い権力の座は平和をもたらすものであるかもしれないが、身内や近いものの血で染まっているのである。


▼文中の関連本
社会生物学の勝利―批判者たちはどこで誤ったかチンパンジーの政治学―猿の権力と性完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫)

▼『江』関連本
江の生涯―徳川将軍家御台所の役割 (中公新書)戦国三姉妹  茶々・初・江の数奇な生涯 (角川選書)お江 戦国の姫から徳川の妻へ徳川秀忠とお江 (学研M文庫)徳川秀忠と妻お江―江戸三百年の礎を築いた夫婦の物語 (PHP文庫)

お江と徳川秀忠101の謎 (PHP文庫)もっと知りたい! お江と戦国の女たち (PHP文庫)浅井三姉妹の真実 (新人物往来社文庫)「江」  角川SSC新書  浅井三姉妹と三人の天下人 (角川SSC新書)お江 数奇な運命をたどった戦国の姫 (学研M文庫)

お江 (静山社文庫)お江と戦国武将の妻たち (角川ソフィア文庫)徳川幕府の礎を築いた夫婦 お江と秀忠

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間寛平を秀吉に

 近年、大河ドラマは史実を無視した構成、エピソードが益々多くなってきているという。「江」も例外ではなかった。うえしん氏のおっしゃる通り、実際には天下の秀吉に三姉妹が意見したりすることはありえなかったであろう。信長は強烈な個性を持っていたが、秀吉もまた実に興味深い人物であった。
 秀吉は、百姓から天下人になったとよくいわれるが、生まれこそ百姓であったものの、どちらかというと商人のような機転と気質を持っていた。これもまた他の戦国大名と違った点で、家康はといえば旧タイプだったと思う。
 力で迫る旧タイプの武力に対し、秀吉のそれは、調略、兵糧攻め、城の水攻めなど、血を流さない頭脳線、歩兵よりも工兵を使った新しく合理的な戦だった。
 そんな秀吉も権力をにぎるとその防衛には苦労したようで、氏の言うように残虐な血の粛清を何度も行っている。司馬遼太郎の「新太閤記」は秀吉が天下人になるところで物語を終えるが、司馬氏も残虐になっていく秀吉を描きたくなかったのかもしれない。
 信長のはまり役は結構いたと思うが、秀吉はどうであろうか、私は間寛平がぴったりと思うのだが。

そして、その秀吉が「アメマー」や、「血ぃ吸うたろかぁ」と言い 中国大返しでは、馬に乗らずにマラソンするんですね(笑)
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