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11 13
2011

社会批評

地動説は科学の勝利というより商業権力の拡大であり、性道徳の転換だった

 先ほどのツイートをまとめました。

 地動説の勝利は科学の勝利と思われているが、正確には農漁業の権力にたいする商業層の権力拡大だったのだろう。そのパラダイムの転換には性道徳の転換もついてまわった。なぜか。

 トフラーのいう第二の波(工業社会の革命)が第一の波(農業革命)と拮抗したとき、なにがおこったのか。科学的宇宙観はなにゆえに必要とされ、そのパラダイムはほかの現象とどうつながっていったのか。性道徳までの変動の連鎖を考えてみた。




縄文時代は太陽や季節、大地の繁栄が神々の性交によって生まれると考えられていた時代だと思われる。稲作が入ってきた弥生時代もひきつがれたのだろう。奈良時代には山や海の向こうに太陽が入る神の国があるという天動説が信じられていた。問題はいつ地動説が日本に転換をもたらしたのか。

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▲エジプトのヌート神。朝、太陽を子宮から生み出し、夜、口からのみこむ。星も夜生み出され、朝のみこむ。

大地の繁栄や新しい年の太陽が神々の性交によって生まれると考えるコスモロジーはなにゆえに物理的宇宙観に変わったのか。農業の権力と商業の権力が拮抗し、入れ替わるときに機械論的宇宙観、地動説はひとつのメルクマールとして必要とされたのか。科学の進歩という神話ではなく、商工業の権力だ。

天動説は神々を信仰する権力層の基盤となるものだから、この信仰をくつがえすことは旧来の権力層の基盤もくつがえすことになる。商工業の権力は旧来の権力層のよって立つカーペットをひっぺがえすために地動説を必要としたのだ。

農漁業は季節や生命の繁栄に生活の存続をたくすから、その繁栄をもたらす方法と保険がほしい。天文学を知り、神々を創出させた権力層はそのために求められたのだろう。商工業ではそれは必要なくなるから地動説で旧権力のカーペットをひきはがしたが、国家は旧来の権力層の支持も手放さなかった。

こんにちでも天動説や性交宇宙観によってたつ神社や寺が町なかに共存しているのはどうしてなんだろう。機械論的宇宙観と性交生命宇宙観が共存しているふしぎ。季節のメルクマールや祭りにときたま性交宇宙観は顔をのぞかせる。大地と季節のめぐみに恩恵をうける環境条件は工業社会になっても変わらない

天動説は性交によって太陽や大地の繁栄が生まれる世界観とセット。だから性的放縦はめぐみの豊穣のためにおおいに励まれるものだった。性交がさかんなことは豊穣を約束した。商工業社会では禁欲と貞操が性道徳のスタンダードとなった。性交は財政に管理・統制されるものになった。地動説は禁欲なのだ。

近代の性観念というのは経済や財政に管理されるために必要となった経済学なのだろう。対して前近代の性道徳は繁栄や豊穣を意味する願いや祈りのようなものだった。前近代の日本が夜這いや性的放縦がさかんだったのはなにも淫乱や古い道徳をもっていたわけではなく、基礎となる世界観が違ったから。

人びとは神話や神秘を失ってますます経済学な人間になっていったのである。経済合理性は経済だけで生きる人間をつくりだしたのだろう。経済だけに生きる人間は生産マシーンのようにますます機械のようになる。


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