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11 06
2011

自分で稼ぐ方法

好きなことをして稼げるか

 好きなことで仕事につけている人はどのくらいいるのだろう。たいがいの人は好きでもなんでもない仕事やおもしろくない仕事、さらには嫌いな仕事でも生活のため我慢していまの仕事をつづけているのではないだろうか。

 そもそも仕事を選ぶ基準に好きか嫌いかで選べている人なんてあまりいないのではないか。好きで選べるなんて発想自体をもたないで仕事を選択した人も多いのではないか。好きか嫌いかの基準で仕事を選べるなんて思ってもみない。世間体がいいからだとか、大企業で安定しているから、人気企業だった、という理由で選ぶ人が多いのではないか。

 学校の勉強も好きなことをさせるよりか、苦手なこと、不得意なことを我慢して覚えることに重点がおかれる。好きなことを伸ばすより、いやなこと、我慢すること、嫌いことを克服することが勉強だと思われているし、その教育観はそのまま勤労観にもつながり、我慢の我慢のうえに成功は築かれると思われている。仕事は我慢や忍耐の連続だととらえられている。

 でも人の才能というのは好きなことを伸ばした上に築かれるものではないのか。不得意なもの、苦手なものを克服しても常人ていどのものしかなしとげられない。好きなことならどんどんのめりこむし、創造や発想のアイデアもどんどんわいてくるものではないか。産業のかたちが工業から知識創造産業に変わってゆくにしたがって、好きなことをお金に変えるスキルを見つけたものが豊かになってゆく時代に変わってゆくのではないだろうか。ドラッカーも強みを活かせとよくいっていた。

 本田健の『大好きなことをしてお金持ちになる』という本を読んでいると、そういう新旧の教育観、勤労観の衝突を感じる。旧世代の人は好きなことで稼げるなんてとんでもない、仕事は我慢に我慢を重ねて勤勉に働くものだ、けしからんと思うだろうし、クリエイティブとかアーティストの仕事についている人は好きなことでないといいものをつくれないよなと思うことだろう。

 創造とか発想の時代には我慢や忍耐のうえに人を感動させるものとか喜ばせるものをつくることはできない。好きでやることが重要な時代になっていると思うのだが、工業時代の教育法や勤労観も根強く残っている。工業時代の教育観・勤労観で育てられた子どもがクリエイティブ時代を乗り切るには苦労が多くなることだろう。

4894518031大好きなことをしてお金持ちになる(あなたの才能をお金に変える6つのステップ) (Forest 2545 Shinsyo)
本田健
フォレスト出版 2009-11-27

by G-Tools


 日本のサラリーマンが幸せそうに見えないわけは好きなことをして生きられない、仕事は我慢や忍耐のうえに成功があるのだと思いこまされているからかもしれない。いやなことはやらない、好きなことだけして暮らす、それでお金を儲ける方法を見つけられるとした不幸な毎日から脱出できることだろう。生活や家庭のために我慢やいやなことを忍耐する人が多いから、日本人は不幸なのである。

 そういった人生観に深く侵されていれば、本田健のこの本はじつにウソっぽい、信じられない本に思えることだろう。好きなことをやっておれば仕事はクビだ、生活は破綻だ、終わりだと思ってしまうことだろう。もちろん好きなことをやっていてもお金を儲ける方法とクロスしなければ、生活は破綻するわけだが。

 本田健のこの本では好きなことで稼げるようになる方法を順々に説いてゆくわけだが、サラリーマンとして生きることはほぼ眼中から離れていて、自営業とか経営者、ビジネスオーナー、投資家になることが規定内になっているから、なんとなく欧米の発想を感じてすこし身近に感じられないこともある。著者も子どものときから税理士の父から商店街でどの店がいちばん儲かっているかとクイズを出されて、お金の仕組みやなりたちを特訓されている育ちが違う人だ。まあ、だからこのような好きなことをしなさいという本を書けるわけだが。それがクリエイターから書かれたのではなく、経営コンサルタント方面から書かれたのがこの本の特異なところだ。

 好きなことをやっていると、「1 エネルギッシュになれる 2 才能が発揮される 3 楽しく、幸せになれる 4 人が集まってくる 5 お金が集まってくる」。だから成功するのだという。もっともなことだと思う。嫌いな仕事をいやいややっていると逆に結果になるのはよういに察しがつくだろう。ただ好きなことをやっていても趣味レベルにとどまり、キャッシュに結びつかない人もおおぜいいるのはたしかだろうが。それをお金がやり取りされる理由を捉えることでお金に結び付けようとするのが本書だ。

「自分の特性に合うことを行えば、才能は自然に発揮され、楽しみながら取り組むことができます。そういった時には、自分が努力しているとか、がんばらなくては! とは感じないものです。しかし自分の特性と違うことを行えば、努力や忍耐が必要になります。自分の特性に合ったことをやっていると、才能が自然にあふれ出し、楽しみながらいつのまにか成功してしまうのです」

 好きなことをするといえば自分ですることしか思いつかないが、周辺にもほかの活動方法もある。好きな仕事をするのはもちろんだが、書く、人に話す、グッズにする、売る、広める、教える、組み合わせる、プロデュースする、する人にサービスを提供する、などの方法も紹介されている。

「あなたの人生は、あなたが決めていいのです。どう生きるかを誰かに許可を求めるなんてナンセンスなことだ」

「成功した状態とは、自分と周りのことを深く愛し、満ち足りた状態なのです」

「「あなたが成功できた要因は何だったと思いますか?」。その多くが「リスクを冒すことだ」という答えでした。「若いうちに、老後の楽しみに思い出せるような大失敗をたくさんしたほうがいい」

 本田健はこの本を出して「大好きなことが見つかりません」というメールをたくさんもらったそうだ。自分の好きなことすら見つからない人生を送ってきた人がおおぜいいるのだ。仕事や社会は我慢や修養の道場だ、好きなことなど論外だという人生観や社会観で人生を送ってきた人がいかに多いか思い知らされる。こんなところにこの日本の不幸の片鱗が垣間見えるというものだ。


▼好きを仕事にする本は何冊か出ているようですね。
それでも仕事は「好き!」で選べ (Nanaブックス)就職しない生き方 ネットで「好き」を仕事にする10人の方法「好き」を仕事にする自分ブランドのつくりかた―準備から立ち上げ、軌道にのせるまでの「クリエイターの教科書」好きなことを仕事にして成功する方法 夢を実現させるためのセルフマネージメント術

「大好き」を仕事にして月収100万円!自分の「好き」を仕事にしよう! ハッピー★女子ワーク図鑑ワクワクする仕事をしていれば、自然とお金はやってくる (VOICE新書 (001))ずっとやりたかったことを、やりなさい。


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お金さえ払えば、企業や業者が何でもやってくれる昨今、自ら考え、知恵を絞る必要もなくなってきた。世間に蔓延る、敢えて自分がやらなくても放っておけば誰かがやってくれるであろう他力本願姿勢。これが、野心を持ってリスクを取らない若者が増殖された根本理由である。本来人間が行ってきたことを機械や道具がやってくれる。幼稚園や学校内の遊具にしても、柔らかく角の丸いものばかり、転んでも怪我のしない人工芝やマット・・・こんな甘ったれた環境で育った子供たちが一たび、危険だらけの社会に放り出されたらどうなるだろう。ぶつかっても転んでも何も怪我しないなら、人間が持ち合わせている防衛本能も危機回避能力も退化するんは明白である。転んでも手が前にでずに地面に直接顔面を打ちつけ能に障害を受け、致命傷になる子がかなりいるらしいではないか。小さな籠のなかだけ安全にしたところで、そこから外に出れば余計に大きな被害を受けることになる。かすり傷程度で済むものでなぜ命を落とさなければならないのか。目に見える目先小手先の安全という利を手に入れた結果、とてつもなく大きなものを失う羽目になってどうする。これでは本末転倒ではないのか。名目上は子供のためと言いつつ、実際はクレームを回避するための大人の都合ではないのか。危険・厄介なものから逃れるのではなく、逸早く慣れさせることこそが大事ではないのか。

兎にも角にも、与えすぎである。手取り足取り懇切丁寧に教えすぎである。分かりやすく何もかもが甘やかしすぎなのだ。物やサービス、説明、安全・・・全てが溢れ返って過多状態である。こんな便利で居心地の良いぬるま湯な環境で育った人間がどうなるかなんて考えなくとも想像がつく。自ら何も考えない、事を起さない、危険を冒さない、無難な道しか歩まない、外に出ないい・・・。成熟社会になれば、インフラ、法規etc.
あらゆることが細分化・厳密化・洗練化されてしまう。それは仕方のないことだが、それが当たり前だと思ってはいけない。水道・ガス・電気・・・滞りなく、電車・・・当たり前のように時間通りに到着する。そんな日本社会を当たり前だと思ったら大間違いである。世界からすれば、日本が異様である。生まれた時からそんな超高品質、超便利・・・それが基準となる子供たちは誰も敢えて海外へ出なくなるだろう。いや、出れなくなるだろう。まさに、日本総ヒキコモリ状態である。人が外国に出なくなること=国力低下必至。なのである。楽を幸せだと勘違いしている。居心地が良いだとか落ち着くだとか、安心だとか・・・そんな状態に身を置くことが何を意味するのかというと、「停滞・停止」である。不自由・不便だからこそ人は自ら考え、発しようとするのである。現状に満足する人間からは何も生まれない。

昔の職人は、下の者に何も教えなかった。それを現代の効率主義人間たちは理不尽だの不条理だのと馬鹿にして、
表面的な部分しか見ることできない。何十何百年とそんな風習が受け継がれたからにはちゃんと理由があるのだとなぜ気づかないのか。
まず第一に、生半可な気持ちで入門してきた人間を序盤でふるいにかけて落とす役目。今のように、こちらから懇切丁寧に教えた挙句、
辞められては元も子もないわけである。その無駄な労力を防ぐことができたのだ。そして、1年2年と痺れを切らさずに残った人間には、
出し惜しみをしながら教えるのではなく、技術を盗ませるようにチラ見せするのだ。ここで重要なことは簡単に見せないということ。
決して教えてはならないのだ。これこそが、極意なのだ。ようするに、教えてもらいたい、なんとしても吸収してやるという意識を呼
び起こさせることが肝なのだ。喉をカラッカラにさせることによって、乾いたスポンジ状態を作る。受身ではなく超能動的学びを生み
出すのである。ボトボトに濡れたボロ雑巾では何も吸収しないのである。だから、優れた指導者や教育者ほど、何も教えないのである。
ただ与えられたものをこなしたところで何も成長はないのである。自ら考えなければ意味はない。愚かな師匠ほど、懇切丁寧に教えて
しまうのである。

日本のおもてなしサービスが世界に絶賛されてるけど、あんなのただ客に媚売ってる甘やかしなんだよ。
世界では、客と売主は対等なんだよ。日本流が持て囃されて世界に広まったら、高品質、高待遇が当たり前になって、
どんどん客がわがままになって、クレーマー化していくだけ。それと同じで、教育も過保護、過干渉すぎ。
授業をモニターやら映像で、朗読する時もわざわざ読み上げてる部分の色変えたり、横線誘導したり、親切にもほどがある。
そんなことしてりゃ、集中力が養われなくなるだろよ。ぼ~っと聞いてるだけで、どこやってるか簡単に分かるから集中しなくなる。
ちゃんと聞いてないと分からなくなるくらいでいいんだっつ~の。テレビ番組のテロップと一緒だよ。分かり易いがために、
適当に見るようになる。日本は兎に角、なんでもかんでも過剰に与え甘やかしすぎなんだよ。
こっちから求めなくても周りがやってくれるから、学び方も受身になる。受身だから何も吸収しない。
具体的な映像やアニメで表現してしまうと、それぞれが頭の中で想像する必要がなくなる。
だから昨今、想像力のない人間が急激に増えてきている。

なぜこんなにも、打たれ弱い人間が増えたのか。いちいち些細なことを大袈裟に感じ、精神を病んでしまう人間の急増。
明らかに、日本人はおかしくなっている。兎に角、悩む人間が増えた。
悩むということは生活に余裕があるということである。モノに溢れ、それに反比例して心が貧しくなったからこそ、
鬱になり自ら命を絶ったりするのである。発展途上国のような、毎日生きるのに必死で過酷な環境ほど人ほど自殺など愚かな選択はしないのだ。
言うなれば、自殺はれっきとした殺人であり、幸せ病である。自分のものなのだから、好きにすればいいじゃないか。
とんだ大間違いだ。死んだ人間は何も感じない。自殺して死ぬのは残された周りの人間なのだ。
生まれた時から、何不自由なく、満足な生活を送っているからこそ、それ以上を望まなくなる。
夢も希望も持たなくなる。自立しなくなる。死んだ魚の目のようになる。出るの一丁前な文句だけ。
生まれながらに、贅沢な高級品に親しめば、それが基準となり、それ以下のモノに不平不満をぶつけるようになる。
いい餌で育った猫は、貧しくなったからといって、粗悪な餌にしたところで食べないのと同じである。
幼少期はできるだけ粗末なもの、粗悪なもの、不自由な環境で育てるべきなのだ。根も葉もないものに、
贅沢を味あわせること愚かなことはない。贅沢をしたければ、自立して自分の力で掴み取ることを教えなければならない。
今の日本は、子供をペット化し、甘やかす。その結果、子供は親の面倒をみなくなる。
自業自得である。子供を甘やかすのは人間だけだ。子に媚を売って、仲の良い家族を気取ったとしても、
その後まっているのは残酷な終焉である。親の役目とは、いくら嫌われようとも、
いかに子供を自立させるかである。

昨今、あらゆる分野のレベルが上がり洗練されてきた。ところがである。個性が全くなく、
同じような似たようなフパフォーマンスが溢れ返っている。昔の人は全体の層は薄かったのだが、
実に個性的で人の心を振幅させる何かを持っていた。現代の人たちは、技術は素晴らしいものを
持っているが、心が全く打たれないのだ。偏に、感動しないのは、予想が立つ、想像できる、
ありふれているからだ。人は想定できない、意表をつかれた・・・イレギュラーなものに感動す
るのである。規則的なものに何の魅力もないのだ。昔は前例がなかった。だから自分で考えるし
かなかった。歴史が積み重なることによって前例ができあがり、それを参考にマネる人間が増え
るのは当たり前のことである。何かを養成する学校や塾、機関も巷に溢れ、お金を払ってまで学
ぶ人間の需要も増える。それだけ同じ人間に同じモノを学ぶ人間が増えれば、過去に存在した同
じことをする二番煎じ人間も巷に溢れかえるということになる。結局、人の心を動かすことがで
きるのは、何もないところに誰もがみたこともない発想や思考を生み出すことができた人間だけ
なのだ。それができる人間がどんどん減ってきた。アイドルやミュージシャンになりたいからと、
それ系の専門学校に通う。クリエイトして尚且つ生き残れる人間が一握りという世界で、誰かに
教えてもらおうという他力本願受身の姿勢、そういったその他大勢凡人の意識を持った人間が
大成できるわけがないのである。

そもそも、そこで教えている人間もその業界で成功できなかったからこそそんなことろで講師を
しているわけである。その業界でトップになる人間を教えれる人間が存在するというのか。
イチローにコーチできる人間が今現在この世に存在するというのか。ようするに世界のトップ
レベルに到達する人間というのは、ほとんどが独学だとうことである。その域に到達することが
できた人間でしか分からない微妙な感覚を誰が教えれるのか。結局は、社会に出れば、1人という
ことだ。全て自ら考え行動を起さなければならないのだ。塾にいっている間だけ成果を出せたと
ころで何も意味がない。技術を学んだところで、人になれば自己で管理する能力がなければ成果
は何も生まれないのだ。学校や塾や機関の人から与えられることだけを何も考えずにこなしてき
ただけの人間はその柵を一たび出た瞬間、怖気ずくだけなのだ。自立するすべを何も教えられて
いないのだから・・・。

お金さえ払えば、企業や事業者が何でもやってくれる。面倒なことは全て機械がやってくれる。
そんな便利な世の中がどんどん加速してしまえば、本来人間が行ってきたことや考えてきたこと・・・
が奪われることになる。すれば、どんどんこれだけ大きく発達した脳も使われなくなる部分が余ることになる。
なれば、能機能が減退し、認知症も増加することだろう。どんどん、昔の人類ができていたことが
できなくなる。昔の人間に劣る。悔しくないのか。目先の利益や効率を追求するあまり、
人類規模の大きな損失を被ることになる。これだけ進化の速度が速まれば、人類の絶望が早まるということになぜ気づかない。
人は、手前で気づかないのである。行き着くところまで到達し、手遅れになるまで気づかない。
モノに溢れ、甘やかしの過剰サービスに溢れた社会、自ら考え、自ら起し発し、自ら想像することを必要としない世の中、
何もかも誰かがやってくれるだろうていで他力本願気質の若者たちを大量増殖させてしまった我らがニッポン工場。
警笛を鳴らしておこうではないか。

盛者必衰・・・繁栄成熟したものは必ず衰退する。会社を創業者し発展させた一代目、生まれながらに
贅沢な暮らしで甘やかされた二代目によって没落の構図。何事も洗練されてくると、細分化精密化されてくる。
例えば、規則法規、安全、インフラの到着時刻・・何もかもが細かくなる。その結果、遊び心が失われ、
何においてもキッチリのカッチカチでないと気が済まないカタブツ融通利かない人間が増殖されるようになる。
些細なことで、イライラしてストレスを感じる人間の大量造成。昔ならなんでもなかったことが、ストレスに
感じるストレス耐性脆弱人間の急増。最近なら、幼稚園の幼児の声が気になってしょうがないってやつね。
アホかと言いたい。子供の声がない静かな幼稚園の方が恐ろしくて余計気になるっての。なんで子供の声が
ストレスになるのか。子供は騒ぐのが仕事だろうが。静かな子供なんて健全じゃねーわ。そんな社会衰退の一途だわ。
くだらん

社会福祉が悪い、経済の先行きが厳しい・・・から結婚しない子供を作らない若者が増えた?
はぁ~~~~~~~~~~~~?

戦争直後はどんだけ厳しい環境だったんだよww 糞貧しい、今よりも遥かに厳しい先の見えない境遇で、
それでも子供バンバン作ってたんだよ。 今の世界を見てもどんだけ恵まれてんだよ日本なんて。
糞みたいな言い訳ばっかしやがってからに。
根本はそんなとこにはねーんだよハゲw

それだけ生まれた時から何不自由ない生活やってきて、娯楽や楽しいことが増えすぎたことによって、
1回こっきりの自分の人生を自分のためだけに楽しもうという利己主義人間が増えたということだ。
もっとも生物として大切な子孫を残すという本能を失った不健全な人間が核家族化、
少兄弟化によって増殖されたということだ。そもそも、想像力の低下によって将来の展望が見渡せなり、
己の目の前の快楽のためだけに生きる人間バッカw 子孫なんてどうだっていいわけ。
余裕がないから作れないんじゃなくて、自分の遊びができなくなるから・で・あ・る。
余裕なんて昔の方がなかったんだからなぁ
何のために生きるのか?
種を保存するためである。人間の脳は早く進化しすぎた。あらゆる雑念に苛まれ本能を見失ってしまった。
自分が死んだ後の世界なんてどうでもよくなってしまった。結婚=幸せ。ではなくなってしまった。前例者の情報が巷に溢れ帰り、自ら痛い目にあって成長するというプロセスを踏む必要がなくなってしまった。誰かの失敗談を聞いて判断するようになった。結婚しても何もいいことはない。コンビにやスーパーに行けば女房顔負けのお惣菜がズラリんこなんだも~ん♪ ねっ♪

人生とは何ぞや

人生とは、苦を敢えて歩むことである。

すなわち、結婚とは、いばらを乗り越えること

であ~る。

それこそが、人の道ではないのか

実際に具体的な稼ぎ方を知っている人間なら、稼ぐ類の本をわざわざ書く必要はないわけである。相場で稼ぐ方法を知ってて実際に相場だけで稼いでいる人間がわざわざネットで己を宣伝する必要はないわけである。稼げてないからこそ、稼いでますよアピールをして、書籍やらセミナーやらでカモを集めて稼いでいる。というわけ。
本業で稼げてないから、テレビやら雑誌やらで豪邸を見せびらかして、セレブを気取って釣上げてるわけ。
庶民自ら養分になって手助けしてるってなんで気づかないんだろね。具体的な方法を全く書かずにぼんやりとしたことしか教えない。結局のところ、自ら考えるしかないていに誘導されて、無理やりなっとくさせられて、事実上騙されたことになってるにもかかわらず、騙されたと思わない。本を読んだ人間、大金を払ってセミナーに参加した人間みんなが億万長者になれるわけねーでしょーに。同じこと習ってる人間がみ~んな同じことやって儲かるわけねーでしょーよ。考えなくても分かることっしょ。誰も思いもしない発想もしない眼中にもないことを自ら起すからこそ億万に到達するんでしょーよ。前例のある教えられたことやってなれるかっつーの。そもそも、そんな方法があったら、その他大勢に教えるかっての。大損だろそんなの。1人占しないでどーすんだっつの~。金の本しか書かない作家って、よくもまぁ小説家なのれるな。恥ずかしくないのかね。お金にコンプレックスありますって言ってるようなもんだな。みすぼらしいちゃありゃしね~ぃ。そこらに転がってるの拾ってきて書いてあるだけ。ほんと糞だわ。そしてその本を買う奴もカ~モ。セミナー類に行くやつもカ~モ。
稼ぐやつがそんなとこに行くかっつ~の~
目~覚ましなはれ~
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世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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