HOME   >>  書評 性・恋愛・結婚  >>  三十代・独身女の尽きせぬ将来への不安
11 05
2011

書評 性・恋愛・結婚

三十代・独身女の尽きせぬ将来への不安

 女性の未婚率は25歳から29歳で59.9%となっている。30歳~34歳でも33.3%となっている。50歳の未婚率は9.8%だ。80年代ころからどんどんうなぎのぼりで、二十代後半でも6割の女性が未婚になっているのは驚きだ。結婚しない、できない時代になっている。(図録▽未婚率の推移)

 男性では25歳から29歳で71.1%、30歳~34歳でも46.5%。50歳で19.4%。男は二十代でほぼ結婚せず、三十代で半分くらい結婚する。五十代でも結婚しない人が二割いて、もはや結婚しない男性もふつう。

 どうして晩婚・非婚化がこんなに進んだと思うかというと、やはり男性の収入の減少と不安定化が根本にあるだろう。男の収入に頼る結婚観がここにきて破綻をみせている。恋愛結婚観もぎゃくに恋愛の理想化と強迫となり、多くの人を遠のかせてしまった原因だろう。背景には都市化と効率化のひとりで暮らせるビジネス・マシーン国家の完成があると思う。

 解決は恋愛結婚観の終焉と破綻をアナウンスすることだろう。恋愛のはてに結婚すること、男の稼ぎに養われる結婚観を終わりにさせないとこの晩婚化は終わることはないのだろう。結婚はふたり分の収入をシェアして持ち寄って家庭をささえるものという常識が必要になるのだろう。いがいに恋愛観・結婚観というのは神話や信仰に近いもので、てこでも動かないものかもしれない。自然で、つくられたものではないという意識が強いからだろう。時代や経済の要請によってつくられたものが恋愛観・結婚観というものなんですけどね。

 こういう時代のエポックにぽっかりと落とされ、ただばくぜんと三十代の晩婚の日常をおくる女性の毎日や心情をつづったマンガが益田ミリの『結婚しなくていいですか』だ。

4344415248結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日 (幻冬舎文庫)
益田 ミリ
幻冬舎 2010-08-05

by G-Tools


 四十まぎわになるさわ子と三十代なかばのすーちゃんの独身女性が主人公の日常の何げない日々をひたすらつづったマンガだ。なんの解決もポジティブな決定もない。ただ日常にうかんだ思いや日常の日々が描かれているだけである。そこが脱力系、気が抜ける益田ミリのマンガの魅力であり、とりえである。ただ「聞いて聞いて、こんなことがあった」「わかる~」という共感だけをねらったマンガで、そこにほっこりとした安心と落ち着きがあるだけである。

 益田ミリは1969年生れのアラフォーで、おそらくは等身大の気もちなんだろう。ところで益田ミリは脱力系のほっとするマンガを描くのだが、当人もそんな脱力系の顔と雰囲気をもっているのか顔写真をみてみたいと思うのだが、ネットにもてんであげられていない。

 老後はどうなるのだろうとさわ子もすーちゃんも考えては悩み、どうしようかと思うが解決も思い浮かばず、ただ毎日をすごすだけ。むかしは家族に養ってもらう、農業の手伝いをするといった生き方があったのだろうが、いまは独身でたよる家族や子どもをあてにできなかったり、年金の将来も不安だし、仕事も年をとっても働けるわけではなし、不安がつのる一方である。貧乏な時代はその日を生きるのが精いっぱいで、将来の不安なんて贅沢だったのかもしれない。いっそ将来の不安などそのときに味わえばいいと切ってしまったほうがいいのだろうか。

 女性の生き方というのはファッション雑誌などのメディアが主導してきた。独身女性が増えてきたのはキャリア志向の賜物のような見え方もするが、どちらかというと結婚したいけど相手がいないという消極的な理由が実情に近いかもしれない。

 松原淳子『クロワッサン症候群』や谷村志穂の『結婚しないかもしれない症候群』がバブルころにベストセラーになった。2004年には酒井順子の『負け犬の遠吠え』がベストセラーになった。女性は生き方をメディアと歩調を合わせる、あるいは生き方の選択がメディアで主題になりやすいのだろう。(二つの「症候群」――「クロワッサン」と「結婚しないかもしれない」 / 『負け犬が書かれた理由』)

クロワッサン症候群その後結婚しないかもしれない症候群 (角川文庫)負け犬の遠吠え (講談社文庫)バブル女は「死ねばいい」 婚活、アラフォー(笑) (光文社新書)


 バブルころの女性の生き方は理想やカッコよさに煽られていた。恥ずかしくなるような高級化やコピーが踊っていて、若い女性はファッション的なワンランク上の生き方をめざしていた。『バブル女は「死ねばいい」』という新書が書かれるくらいだ。益田ミリはバブル時代を知っている世代でちょうど就職氷河期のはじめくらいだから、だから脱力系、気力抜けの作風をアンチ的に描くのかもしれない。バブルで植え込まれた熱やパッションを落としているのだ。あるいはむかしからバブルの雰囲気がきらいだったのかもしれない。

 「将来どうなるのだろうか」症候群はどんな老後をむかえることになるのだろうか、あるいは日本にカタストロフィー状況がやってくるのか。老後の安心が国家によって編み出された社会は、老後の尽きせぬ不安も生み出してくれたのもたしかである。

 ところで戦後の恋愛結婚観はなんだったのかという明晰な解答は、本田透の『萌える男』や岸田秀の『性的唯幻論序説』でおこなわれている。セックスと金の交換が恋愛結婚の正体である。男にはこんな醒めた幻滅が草食系や晩婚化の根底にあるのだろう。

萌える男 (ちくま新書)性的唯幻論序説―「やられる」セックスはもういらない (文春文庫)

関連記事
google adsense
全ての記事を表示する
ブックガイド特集
月別アーカイヴ
プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

twitterはこちら→ueshinzz

FC2カウンター

Page Top