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09 11
2011

書評 社会学

『ラテンに学ぶ幸せな生き方』 八木 啓代

ラテンに学ぶ幸せな生き方 (講談社プラスアルファ新書)
八木 啓代

ラテンに学ぶ幸せな生き方 (講談社プラスアルファ新書)

 ラテン人は底抜けに明るい、いい加減、享楽的というイメージがあるが、ほんとうのところはどうなのだろう。この本を読んだところ、それがたんなるステレオタイプなのか、ひとつのこり固まった偏見にすぎないのか、実情はどうなのかまだわからないといった感じだ。

 国のステレオタイプについて 『スポーツニュースは恐い』森田浩之

 ミシガン大学の社会学者がおこなった世界価値観調査で、生活満足度はコロンビアやメキシコ、グアテマラが上位にならんだ。日本は15位。CNNの調査では幸せな国の1位はコスタリカで、10位までをほぼラテンアメリカが占めている。南米の政治経済はかなり悲惨だから幸福というより、「おめでたい」だけともいえなくもないが。

 この本はソロ歌手として中南米で活躍している女性によって書かれているもので、個人のまわりに観察される事例が多いので、社会学的な観察としてはどうなのかという疑問はおおいにのこった。

 1980年代は極右独裁軍事政権が権力をにぎっており、コロンビアの内戦での死者は64年から00年までで20万人。1994年にメキシコの銀行預金はドル換算で三分の二が消えてしまったし、インフレ率は50%をこえ、ローン破産した人が続出。89年にはアルゼンチンで五千%のハイパーインフレがおこった。経済や政治でとても安定した幸福な国とはいえないのである。ただメンタリティや人々の絆、前向きな考え方が支えているといっていいかもしれない。

 結婚観はお金がないからこそ、就労状況が不安定だから、結婚してふたり分の収入で安定をはかるという考え方が主流。日本のように専業主婦神話があったためにお金がないから結婚できないという不幸な残存をひきずっていない。こちらのほうがまとも。日本の結婚観のようにお金がないから結婚しないといっていたら、ラテンアメリカに夫婦はいなくなる。

 この本では女性をベタ褒めする「女たらし」の文化やひきこもりを生まない社会、絆というセーフティネットなどが紹介されている。お金やモノに恵まれない分、人の絆や紐帯によって生きてゆく糧やクッションをしっかりと握っている感じである。

 ポール・ワクテルの『豊かさの貧困』という本で指摘されていたが、絆やつながりをほしいがために人はモノや消費にかけこみ、効率化や利便性を増し、そのためにますます絆や紐帯が削られているという病理現象が先進国を襲っている。ラテンアメリカは経済的には失敗したが、その分、人の幸福を支える人の絆が守られているといった逆転がのこったのかもしれない。

ポール・ワクテル『豊かさの貧困

 ただ日本は田舎のしきたりやつながりを倦んで都会に出て効率と利便の無縁社会をみずから選んだという経緯があり、絆や紐帯を賛美するむかしには心情的にもどりたくないという気持ちもひそんでいると思う。人のつながりや因習がうんざりするものにならない、さらっとしてつきあいは日本に根づくことはあるのだろうか。

 メキシコの小ばなしに江戸の小ばなしと同じ内容の働いたらどうなるというものが紹介されていた。のんびりしていたメキシコ人漁師にアメリカ人が魚をたくさんとり、缶詰工場をつくり、莫大な利益を得るんだと説得される。そのあとどうなるんだと問いかけるといくらでも遊べるといったら、もう遊んでいるといったオチだ。江戸の小ばなしと同じなんだな。

 ところで『コンドルを飛んで行く』はペルー版の『蟹工舟』のようなオペレッタ(軽歌劇)作品であって、アメリカ人の鉱山で働く炭鉱労働者が革命をおこす内容で、歌だけがポール・サイモンに見いだされ、全米でヒットした。

 

 ブラジル版の「アリとキリギリス」は冗談のように結末が南米風に変わっていて、アリが反省して、働くことしか知らず、生きる喜びを感じたことがなかったアリは踊って暮らすと「改心」する結末になっている。まあ、手前勝手な論理でいくらでも改編できる物語なのだろうが、お国柄が見事に出ている。

 メディチ家につたわった原典に近いイソップ物語はどちらかというとアリの強欲を戒めた物語になっている。勤勉なものは自分のものだけでは満足せず、他人のものまで羨望の目を向け、隣人の収穫をくすねた。ゼウスは怒ってかれをアリに変えてしまい、いまも他人の収穫を集めつづけているとなっていたそうだ。強欲の罰のためにアリに変えられたのだ。欲望を戒める懲罰の物語がいかにも中世的である。

 南太平洋にはおなじような寓話がある。ある島の兄弟は必要なだけの食物をとって暮らしていたのだが、兄は土地を定め、必要以上の食べ物をたくさんとった。神はお怒りになり、かれを大波でさらってしまった。熱帯地方では食物が豊かなので必要以上の備蓄はぎゃくに罪なのである。勤勉は寒冷地方にしか通用しない訓律なのだろう。

 あまりにもステレオタイプの類比で、このような怠けのすすめの本は数多く書かれているのだが、日本の勤勉の固着観念はびくともしないようだ。まあ、どこかに桃源郷があるが、わが国ではそうではないといったひとつの幻想譚なのだろう。貧困であるが幸福であるといったイメージは貧困を悲惨にイメージするわが国では郷愁を呼びはすれども、現実には適用できない壁や攻撃があるのだろう。


ラテンの秘伝書―格差社会を生き抜く最後の切り札 キューバ音楽(増補新版) 「朝日」ともあろうものが。 (河出文庫) ミ・ファミリア (諏訪書房) 常岡さん、人質になる。
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