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06 19
2011

書評 心理学

『分裂病と人類』 中井 久夫

4130020218分裂病と人類 (UP選書 221)
中井 久夫
東京大学出版会 1982-01

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 再読である。分裂病親和者と執着気質者が文明や社会にとってどういう役割をになっていたのかという文明論・性格論がおもしろいおぼえがあったので、再読した。

 ただしそのおもしろい項目は1章と2章を占めるにすぎず、半分をしめる「西欧精神医学背景史」は縦横に精神医学や西欧史を語っているのだが、1章2章ほどに興味をひかれるものではない。ほとんど抜書きになってしまうが、以下のようなことが書かれている。

 分裂病親和者というのはかすかな兆候に敏感である。先取り的なかまえが卓越しているという。狩猟民族では三日前に通ったカモシカの足跡を石のうえに認知し、草の乱れや風のはこぶかすかな香りから狩りの対象の存在を認知するのに長けている。狩猟民族ではかすかな兆候に敏感な分裂病親和者が決定的な力をもつ。

 かれらは一般に貯蔵しない。狩猟採集民の時間が強烈に現在中心的・カイロス(人間的)だとすると、農耕民は過去から未来へと時間が流れはじめ、クロノス的(物理的)時間が成立した。農耕社会は軽量し測定し配分し貯蔵する。貯蔵品は過去から未来へと流れるタイプの時間の具体化物である。

 執着気質者というのはほかから確実人として信頼され、模範青年、模範社員、模範軍人などとほめられている種の人である。

 江戸の天明期に二宮尊徳や大原幽学に代表されるような祭りや踊り、芝居が禁止され、禁欲や勤勉、倹約、忍従などの道徳訓があらわれてくる。昭和の高度成長をささえた倫理もこのような執着気質的な職業倫理ではなかったろうか。

 うつ病の心理の底に「くやみ」や「とりかえしがつかない」という感情があるとしたら、この感情を否認し、「とりかえしをつけよう」とするところに執着気質的努力の原動力がある。

 執着気質の破綻原因に「成功の秋」がある。執着気質的な職業倫理は成功とともにその模範の力をうしなう。目的喪失のなかにおき去る。高度成長の終焉にはこのようなことが起こったのではないだろうか。そのあとにはより陶酔的・自己破壊的・酩酊的・投機的なものがくるだろうと著者は予期した。日本は土地の投機にはしり、自己破壊的な壊滅状態におちいった。

 ものごとの維持は再建よりも困難な倫理である。再建のあとの維持は「とりかえしがつかなくなったら大変である」という動因にもとづく努力であって、不安を動因とし、恐怖が生じる。

 二宮は再建や建て直しの眺望はもったが、大局観はうとかった。執着性格者のみの社会を想定すると、かれらは大問題の認識、ポスト・フェステム(あとの祭り)的なかまえゆえに、思わぬ破局に足を踏み入れてもなお気づかず、かれらのお得意な小破局の再建を「七転び八起き」と反復できても「大破局は目に見えない」という奇妙な盲点がかれらを待っている。

 世直し路線は、眼前の具体的な事物ではなく、もっともかすかな兆候、もっとも実現性の遠い可能性を、もっとも身近に、強烈な現前感をもって感じ、恐怖し憧憬するという。

 ほとんど本文からの抜書きになってしまったが、日本社会、日本人の文明論・性格類型としてひじょうに興味あることが書かれている。勤勉をささえた執着気質は大局観や世直しを不得意とし、小局的な立て直しに終始し、カタストロフを避け得ない。

 82年に書かれたこの本の後の「うしなわれた20年」で確実にそのようなシナリオ通りにすすんできたのではないだろうか。社会をひとつの画一化された性格類型、気質、生き方で鋳型にはめこむことがいかに危険なことかわかるというものだろう。日本のみなが同じような生き方、職業倫理をもつようになったばあい、カタストロフに打つ手も、立ち向かうすべもないのである。


治療文化論―精神医学的再構築の試み (岩波現代文庫) 徴候・記憶・外傷 最終講義―分裂病私見 箱庭療法入門 方法としての面接―臨床家のために

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