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05 21
2011

書評 心理学

『お釈迦さまの肩へ』 ひろ さちや

433400718Xお釈迦さまの肩へ―ひろさちやの幸福論 (カッパ・ブックス)
ひろ さちや
光文社 2001-07

by G-Tools


 古本屋に売る本を整理していて読み返したくなった。ひろさちやの考え方のエッセンス、根本的な思考方法を把握できないか。ひろさちやの考え方はなにがいいのか。

 たぶんに四角四面の考え方を丸にしたり崩壊させるから、気もちをラクにするのだろう。固定概念や常識といったものをつき崩したり、粉々にする。

 人は世界が固まっているもの、決まっているもの、変えられないものとして捉えるから苦しむ。常識やヒエラルキー、現実といったものを蹴飛ばしたとき、人は憑き物が落ちたように気楽になれる。あたりまえや常識なんてないのだ、そんなものはただの考え方、ひとつの固定観念だとわかったとき、高い壁に見えたものは存在しない。

 まじめや四角四面というのがいちばんいけない。でたらめ、あきらめ、いいかげんがいちばんいい。それはつまるところ、考えるなということであり、それだけをいえば勘違いされるが、常識やあたりまえに縛られずにそれをつき崩した上で考えるなということになるだろう。常識やあたりまえの上で考えるから苦しむのである。

 この本でいわれている本の章は。

「頑張ってはいけない」
「競争の渦に巻き込まれるな」
「自分と他人を比較するな」
「会社や組織を突き放せ」
「常識の奴隷になるな」
「よけいなことは考えるな」
「ほどほど、いいかげんがいい」
「あるがままに感謝しよう」

 社会や世間で価値あることといわれていることの強迫観念や常識をつき落とすのがひろさちやの手法である。仏教というのは基本的に逆ヒエラルキーをいくことであり、価値の底辺、どん底から社会をひっくりかえすこと、笑い飛ばすことに意味があるのだと思う。

 心理学の認知療法ではポジティブとネガティブの対比をおこなうが、世間や社会の常識の縛りからの解放はめざしていない。世間からの脱出をこころみた仏教はそれだけ進歩的な認知療法なのだとわたしは思う。

 仏教のいちばんすごいところは価値を認めないことだ。無価値に、無意味に生きろ、人生に価値を求めるなということだろう。人と比較して自分の価値を高めようと人は必死になる。それを死に物狂いでやってしまうから苦しむ。もしその価値競争を捨て去れば、ずいぶん楽になれることだろう。良寛は「大愚」と名乗り、愚かで落ちこぼれの人生を歩んだ。そこにこそ人としての最高の安心と安楽の道があるのだろう。

「私が私であってはいけないと思っているのです。いつも「もっとよくならないといけない」と考えますから、ただでさえ忙しいのに気が休まる暇がなくなるのです」

「「なんだっていい」「どう生きてもいい」、これが仏教の「自由」の教えなのです。…「諸方実相」には優等生が最高で劣等性が最低などという、世間の差別的な物差しなどこれっぽちもないことがおわかりいただけるでしょうか」

「どんな状態であろうと、今が幸せだと思わないかぎり、どこにも幸せはありません」

 わたしはひろさちやの本は数冊しか読んでいないが、『デタラメ思考で幸せになる!」(ヴィレッジブックス)という本がいちばん好きである。日本人の働き方とか会社べったりの生き方とか批判されているからだ。人によって効いてくるテーマは違うのだろう。『世間も他人も気にしない』とか『夜逃げのすすめ』、『阿呆のすすめ』など出世間を訴えていておもしろそうだ。


「世逃げ」のすすめ (集英社新書 435C) ひろさちやの「阿呆」のすすめ のんびり生きて気楽に死のう 世間も他人も気にしない (文春新書) 地獄を生きぬく 魔法の言葉

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