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03 31
2011

書評 社会学

『新版 危険な話』 広瀬 隆

o0557078411107954108.jpg新版 危険な話―チェルノブイリと日本の運命 (新潮文庫)
広瀬 隆
新潮社 1989-04

by G-Tools


 情報戦争がおこっているのだろう。いまどの立場の人を信じたらいいのかわからなくなっている。口を開けば「安全」や「人体に影響がない」という専門家と、これまで原発に反対の立場で悲観的な観測をする人のあいだで。

 安全を標榜する人にとって悲観派は不安を煽る人だし、反対派にとってはウソや隠蔽、保身しかいわない人になる。どちらも戦闘的な極論しかいわないので、情報をどのような態度で受けとればいいのかわからなくなっている。

 東電や原発推進者にとっては不利なこと、危惧することはなるべく発表したくない。専門家はパニックや秩序が壊れることをおそれて「安全」と「影響がない」としかいわない。それで悲観派や市民はますます不安にかられ、信用をなくし、疑い深くなっている。情報の戦闘状態がおこっている。われわれはいったいどの態度で挑めばいいのだろうか。

 広瀬隆は原発反対者の筆頭にあげられる人で、とうぜん悲観的で恐ろしい情報を集める。推進派との闘いが激しくなればなるほど悲観的データや惨劇をことさら集めなければならない。推進派や専門家が「安全です」としかいわないように対立が極論がますます磨きをかけることになる。

 原発推進派はマスコミのあらゆるところに関係者をおくりこみ、情報の統制を握っている。大学や専門家にもカネはおくりこまれ、原発に不利なことはいえないし、原発の将来がなくなれば職をうしなう。安全と危機の両極端に情報しかなくなるわけだ。政府やマスコミも秩序がうしなわれたり難民が生れることを避けようとして、どこまでも安全派の立場に近づく。

 情報のきわめて難しい闘いがおこっている。自分で情報や知識を過去のものから集めてくるのが賢明だろう。わたしはこの危機的状況では最小のリスクより最大のリスクを考えて行動すべきだと思うが。専門家や政府は最初のリスクしかいわないが、最大のリスクを示すべきなのだ。環境や長期的、重層的な危機がおこったとき、未知な部分が多いので危険のリスクは少しでも避けたほうが危機は避けられる。

 この本ではおもにチェルノブイリの事故がとりあげられている。チェルノブイリ事故は1986年4月26日におこった。とうじソ連はきわめて秘密主義の国で、事故の規模や現状が鉄のカーテンでもれてくることはすくなかった。だからよけいに不安を煽った。わたしは19才だったが、とうじのチェルノブイリの騒ぎがどのようなものだったかすっかり忘れていて、覚えがない。

 1987(89年新版)年に出たこの本を読めば、ヨーロッパがいかに恐怖につつまれたかわかる。チェルノブイリから1000km、2000kmはなれたヨーロッパでも甚大な被害をうけた。西ドイツで葉物野菜の出荷停止。オランダではホウレン草。イタリアでは生野菜。オーストラリアでもおおくの野菜、果物の出荷停止。

 おとなりのポーランドでは長く牛乳がのめない時期がつづいた。ユーゴスラビアでは中絶の手術をうける女性が10倍に達した。家畜やウサギもおおく屠殺された。ECの放射能基準はこのとき、事故前の2000倍ほどひきあげられている。食べないわけにも、売らないわけにはいかなかったからだ。

 カナリア諸島の牛乳が買い付けられ、かわりに汚染された牛乳が売られた。フィリピンではオランダの粉ミルクから大量の放射能が検出。シンガポールではヨーロッパの乳製品、チョコレート、小麦から汚染が発見された。ソ連のみならずヨーロッパも壊滅的打撃をうけたのである。ベルリンの壁やソ連が崩壊したのはこの事故がきっかけだったと思わずにはいられない。

 チェルノブイリの被害者はどのくらいになるのか正確な数字はつかめない。何十万とか百万単位とかもいわれるし、公式ではとうぜん被害はきわめて少数だったといいつのるだろう。人体への影響は数年単位、何十年単位でふりつもり、なんらかの影響が出たとしてもそれは統計的にしかわからないものだし、放射能の直接的影響を立証するのはひじょうにむづかしいのだ。放射能で殺されたとしても証明できないのだ。

 しかしかつて世界はおおくの核実験をおこなってきた。ビキニ諸島での被曝や原爆の実験にたちあった兵隊たち、ネバダ州での核実験などでおおよその被害も知られている。兵士たちは2年後から白血病が顕著になり、5年から8年にかけてピークになった。膀胱ガンが20年前後。ビキニ諸島では9年後から甲状腺障害がわかりはじめ、15年後からいっせいに発生した。30年目には3割の人がガンや白血病にかかっている。スリーマイル島の住民のガン死亡率は全米平均の6倍。

 ネバダ州の核実験では隣のユタ州で西部劇をとっていたジョン・ウェインが被害にあったといわれている。250kmはなれたビーバー郡で白血病やガンがふえ、「風下住民」とよばれ、社会問題化したのはそれから40年後のことである。放射能の影響は何十年もかかってその影響や恐ろしさ、因果を見せはじめるのである。食物連鎖で濃縮したものに脅かされる生活はいつになったら終わるのだろうか。

 チェルノブイリでは30km圏内の人が避難した。げんざいではゴーストタウンと化している。13万5千人が脱出した。9日目からようやく避難を開始した。130kmのゴメリという町では児童6万人が脱出、髪の毛がぬけたといわれた町。人口300万のキエフという大きな町も130kmしかはなれていなかった。

 雨が降ったら危険になる。放射能は雨とともに落ちてきて、土壌にしみこみ、川に流れ湖、海へと流れ込む。ドニエプル河、黒海の生物に危機がおとずれた。

 チェルノブイリのあとソ連では大事故があいついだ。大型船の沈没、原子力潜水艦の火災沈没、学童がたくさんのった客船の火災、有毒ウォッカで100人死亡、アエロフロート墜落、炭鉱大事故。証人が消されたとも、あるいはソ連国家の末期症状がおこっていたのか。

 この本が出たころまで日本の原発の事故やミス、老朽化の状態や危機などはしょっちゅう新聞にとりあげられていた。さいきんほとんど聞かなくなったが、わたしは新聞を読まないから寡聞にして聞かないだけだろうか。あるいは原発関係者にマスコミはおおく占められたり、お金が提供されてものをいえなくなっていたのか。

 かつて核実験の時代にアメリカでのパンフレットで「微量な被曝量は自然の放射能とほとんど変わらない、医療に使われるものより低い、高い山にのぼるとたくさんの放射能をうける、人体にも放射能がたくさんある」とうたわれていたが、いまもテレビの専門家がいっている言葉と同じである。1950年代から専門家はこの構文をいいつづけてきたのである。

 福島第一原発で放射能漏れという大事故がおこってしまった。わたしは原発の危機という情報にほとんど耳を傾けてこなかったので、この危険性のデータはほとんど出揃っていたことをあらためて知った。危険だらけの原発をずっと運営してきたのである。放射能という危険な物質をよく野放しにしてきたものだ。

 人間の技術は人間の生命をひきかえにするしか得られないものなのか。そしてだれのためにこの技術は温存されたきたのか。事故がおこってからでは遅いが、原発がこの地上に存続することは許しがたいことだと思うようになった。


チェルノブイリ診療記お母さんのための放射線防護知識―チェルノブイリ事故20年間の調査でわかったこと (高田純の放射線防護学入門シリーズ)核爆発災害―そのとき何が起こるのか (中公新書)チェルノブイリの真実朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

チェルノブイリの遺産チェルノブイリ事故による放射能災害―国際共同研究報告書内部被曝の脅威  ちくま新書(541)世界の放射線被曝地調査 (ブルーバックス)還らざる楽園―ビキニ被曝40年 核に蝕まれて

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