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11 29
2005

書評 性・恋愛・結婚

『電波男』 本田 透


4861990025電波男
本田 透
三才ブックス 2005-03-12

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 本田透は女性向けに本を書くべきだと思う。それも負け犬女性向けに。カネにまみれた恋愛を呪詛するのである。男に萌えのススメを書くより、女性に恋愛資本主義の終焉をアナウンスすべきなのである。それでこそ本田透のメッセージは真価をもつものだと思う。

 この本はあまりにも過剰な文章やおちゃらけが多すぎ、買うのを何度もためらった。恋愛資本主義については興味があったのだが、その過剰さで読めなかった。『萌える男』(ちくま新書)でようやくこの本の意味がわかったが、読んでみるとやっぱり大部分を削ぎ落としてほしいと思ったのは変わらない。鋭い読みには感心することも多いのだが、やっぱり感心しない。

 恋愛が商業化され、金にまみれた売春になってしまったという本田透の嘆き。男はうすうすそのことに勘づいているのだろうが、たぶんメッセージや思想として声を大にして批判するということがなかった。なんとなくいやだな、と晩婚や非モテに退去するしかなかった。

 オタクだからこそ――女にモテることをあきらめ、二次元の美少女に癒されることができるからこそ、オタクの中から恋愛商業主義の汚さや醜さ、からくりをあからさまにして罵ることができたのである。商業主義の連中がオタクを嫌悪するのは、その不安であったのかもしれない。みんなで恋愛という共同幻想をやらないからである。

 ほんとうにもうこの恋愛資本主義はどうにかならないものかと思う。純愛だとか精神的な愛だといっているうちに恋愛は商業化し、売春化してしまったではないか。金の排除を宣言しておきながら、見事に金目当ての恋愛に終わってしまったではないか。

 愛する気持ちも人を慕う気持ちも、女性の性や身体もすべて商品化され、金の取引や交換、ビジネスとなり、けっきょく金のためだけに恋愛や結婚する世の中になってしまったではないか。おそらく男女分業や労働の性差別、処女や貞操のイデオロギーなどがつくられたときにその帰結は決まってしまっていたのだろう。

 男女の関係は完全に金銭関係に支配されてしまったのである。私たちはこんな関係や世の中を望んでいたのだろうか。恋愛関係に絶望し、晩婚やオタクとしてひきこもってしまうのは故なきことではない。

 70年代に政治に絶望した日本人はいままた希望の光であった恋愛に絶望する時を迎えたのである。愚かな夢であった。恋愛や美少女アイドルに崇高な価値があるという国民的熱狂。政治に絶望したからといって、恋愛に国民的崇拝を見い出すのはあまりにも愚かであった。それは恋愛の金銭化と売春化という最悪の結果に落ち込み、ひとりのオタクにその死を宣告された。井上陽水に「傘がない」と政治の死を告発されたみたいに。

 私たちは恋愛が死んでしまったということに気づくべきなのである。そしてその共同幻想、あるいは宗教から目を醒ますべきなのである。まるで私たちは新興宗教のお守りとか水晶に大金を巻き上げられる信徒のような存在であったのである。その尖兵が負け犬女性であったのはいうまでもないことだ。

 私たちはこの絶望の丘で男と女の関係をどのように構築していったらいいのだろうか。私は残念ながら本田透が提唱するような二次元の萌えには希望は見い出せないが。

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うえしん

Author:うえしん
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