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12 19
2010

書評 社会学

『ヒトはなぜペットを食べないか』 山内 昶

ヒトはなぜペットを食べないか (文春新書)ヒトはなぜペットを食べないか (文春新書)
(2005/04)
山内 昶

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 タイトルの問いはあまり興味がない。人はかわいいと思う豚や牛を食べなければ生きられない生き物である。かわいくても食べる、それが人間。動物を愛する人には衝撃かもしれないが、甘すぎる認識もうそっぽすぎる。

 この本で興味を魅かれたのは、タブーとその破壊による世界の割れ目に生じる世界のことだろう。祭りや季節の区切りに最大の禁忌やタブーが犯されるときがある。乱婚がおこなわれ、人が殺され食べられ、秩序や社会的順位が破壊される。さかさまとあべこべの世界だ。秩序をわざと破壊することにより死や無秩序の世界にもどり、あの世やカオスの活力や再生の力を得る。人類はタブーをつくり、それをある時期に破ることによって社会の再生や繁盛を願った。狂気にも根拠と理由があったのである。

 コト分けや意味体系、文化で記号づけられた世界がいっさい壊される。この世界は壊され、原初、なにもない世界、はじまりの世界、誕生する前の世界、あるいは死んだ後の世界、霊魂や神々が住む世界に入り込む。そのためにはタブーは犯され、意味は破壊され、秩序や序列は転倒・破壊される。社会制度の鬱屈感や閉塞感はたまりにたまって、秩序の破壊によりあの世へ帰って活力や再生のパワーを得てこなければならなくなるのだろう。

 再生・誕生するためには死や破壊がおこなわれなければならない。春に新しい生命が生まれ再生するのは冬にいったん死に絶えたり、消滅してからである。生物の死体は植物の栄養源となって再生する。死や破壊は再生と繁栄へのエネルギー供給源となるのである。

 人の社会ではさまざまなタブーを構築して、秩序を保っていかなければならない。しかしじつのところ恣意的で気まぐれなタブー体系ともいえなくはない。ある部族である食物は何歳から食べてよい/食べてはならないというルールがあるが、社会的な地位や立場を表明するために使われていたようだ。ユダヤ人は遊牧民だから定住民のブタを食べないとされ、キリスト教はそれとの違いのためにブタを食べ、イスラム教はそれゆえにブタを食べてはならないとされた。

 近親婚の禁止は劣性遺伝子を防ぐためというよりか、女性を他集団に継がせることによって部族のつながりや協力体制を保つためという役割があるようだ。性は食のカテゴリーに近いものがあり、食の食べていいカテゴリーと結婚してよいカテゴリーは重なり、ペットは近親婚のカテゴリーと重なるそうだ。

 タブーや既成秩序というのは社会を保つために必要な意味体系・秩序である。しかしその秩序体系は時代によって変遷し、気まぐれで恣意的なものであったり、ときには積極的に壊されたり、侵犯されたりする。秩序や意味体系が人を縛り、重荷になり、社会が死に絶えようとするとき、象徴的に世界は破壊され・壊滅させられなければならないのだろう。タブーや意味もない世界に再生の活力やヒントは隠されているのかもしれない。



汚穢と禁忌 (ちくま学芸文庫)聖なる飢餓―カニバリズムの文化人類学親族の基本構造エリアーデ著作集 第2巻パンツをはいたサル―人間は、どういう生物か

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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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