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09 26
2010

書評 社会学

『利益とコストの人間学』 相川 充

利益とコストの人間学利益とコストの人間学
(1996/09)
相川 充

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 人と人の関係は物々交換の原理でとらえなければならない。互酬性やお金の売買の関係で捉えなければならない。いぜんわたしはこの経済的な考えで世の中をさぐろうとしていたのだが、ぴったりの本がなかった。そのものずばりを追究している本がこの本だった。たいへんに感謝したい本だ。

 たとえばわれわれは人になにか親切をされたり、迷惑をかけたら心理的負債を感じる。お返しをしなければならないと思う。このお返しの心理的負債というのは互酬性や返報性の原理にしたがっていることをしめす。物々交換でお金の売買とおなじだ。しかしわれわれはこのお返しの原理にしたがっているのだが、断片だけが見えて全体が見えていない。一部の光だけ見えてやみくもに動いている。だからこの互酬性の全体像を知らなければならないと思うのである。それがこの本だ。

 衡平という言葉でそれを説明している。公平とも平等とも違う。釣り合いがとれているかをしめす言葉である。公平も平等も払ったコストを計算していない。コストを払っていないのに利益だけを主張するのが公平や平等だ。嫉妬というのは相手のコストを低く見積もることからおこる。相手が努力や犠牲を多く払っていることが見えない。平等主義者が嫉妬しやすいといわれるのもみんなが同じ労力と努力を払っていないのを無視するからである。努力をしていないのに自分にもそれを得る資格があるというのが平等主義者。世の中はコストや努力の返報性で見なければならない。お金を払っていないのにくれくれだけをいう。

 人間関係も社会との関係もお金の交換とおなじ原理で見なければならない。さもないとお金を払っていないのにもらうことばかり考える。得られることばかり見て、与えるコスト、努力を見ないのが人間だ。釣り合いを忘れてもらうことばかり要求するのが人間だ。この世にタダのものなんてひとつもない。なにか得られるものがあるのなら、なにかを払っている。

 国家の社会保障や参政権もそうだし、会社の終身雇用や安定が与えられるのもそれなりのコストと犠牲を払っているからだ。そのお返しはほぼ命であったり、人生や大半の時間だったりする。大金のような儲けものを得たと思ってもなにかそれに相当する大きなものを支払わなければならない。衡平が崩れればそれが存続することはない。だれが借金を踏み倒す人にお金を貸すか。男女の関係もそうだし、国家や会社との関係もそうだ。衡平の原理を知らず無視して得ることばかり考えていてもいずれ破綻する。だれもがコストを少なくして、利益を多く得たいと思っているからだ。

 平等主義というのはコストや犠牲の横ならしもする。報酬が平等なら努力や才能が飛びぬける人が現れれば衡平の原理がくずれる。そして出る杭は叩かれて、凡庸で画一的な集団が生み出されるのだが、みんなは同じ人だという感覚は集団との一体感や帰属意識、仲間意識を強固にする。会社の年功給は平等分配によって、生産性や経済性よりも人間関係を重視する職場を生む。そしてまわりの人間に認められようとする精神的報酬が目的になるのである。

 人は人のちょっとした注目や反応だけでじゅうぶん精神的報酬を得ている。その反対の無視やないがしろにされることがどれほど精神的ダメージを与えるか。いっしょにいることや注目してくれること、反応してくれること、そんなささいなことでもじゅうぶん精神的報酬である。自分を認めてくれたり、あなたは間違っていないだとか、好ましい、価値があるという言外のメッセージを与えてくれるからである。物質消費社会はその承認を商品や所有という回りくどい方法でおこなってきたひとつの報酬の回し方である。うつ病はこの精神的報酬の不足からおこるという説もある。あるいは人間関係の長期の累積赤字がもたらす精神の倒産という指摘も可能だ。

 恋愛や結婚も衡平の原理にしたがう。計算がいがまれ、無償の愛がもてはやされるが、コストと犠牲を払わない恋愛と結婚にだれも存続を願わない。女性が男だけに働かせて専業主婦になろうとするのも衡平感はもうない。おそらく成金の目印としての女性の所有という価値があったのだろうが、専業主婦がふつうになればその価値バブルは崩壊する。反対に育児家事で手が離せないのに夫が遊び歩いておれば二度と信頼されないだろう。恋愛も結婚も貸し借りで、プラマイゼロになる努力をしないといずれ破綻する。人は利益だけをほしいものだが、コストと犠牲を払わないで得られるものはこの人間社会ではないのである。女性の美貌と女性だけで交換価値はあるのだろうが、その生命と返報は長くないのだろうし、それだけで利益のみを得られると思ったら総スカンを食らうだろう。

 親と子の返報性には安部譲二のつぎの言葉がある。子どもは老後の生命保険という習わしもあったようだが、子どもを育てるコストの見返りは早くに終わっているのかもしれない。

「親孝行なんて、誰でもとっくに一生の分が充分すんでいるのに、誰も知りはしない。誰でも、生れた時から五つの年齢までの、あの可愛らしさで、たっぷり一生分の親孝行はすんでいるのさ、五つまでの可愛さでな」

 人間関係で大事なのは心理的負債というものだろう。親切にされたり、なにか迷惑をかけたらお返しをしなければならないと思う。だから人は親切や大きな贈り物を重いものとして嫌う。物質的なものや金銭面だけではなく、心理的にも互酬性を働かせている。いやなことをされたり、不快な気分を味わえばお返しをしなければならないと思う。わたしたちはこのマイナスの心理的負債にけっこうさいなまされるものである。

 負債の帳簿というのは憎しみや恨みの冷凍保存庫である。そして相手は笑ってのほほんと過ごしているのに自分だけ憎悪と復讐の炎に焼かれるのである。おシャカさんやキリストは時間の不在を説くことでその鎖の解放を示唆した。われわれは商業の負債観念にあまりにも支配されているのである。負債は消さなければならないが、帳消しにすることも、帳簿につけないこともできるのである。過去は一瞬で終わるし、過去は終わればどこにも存在しない。思い出すことだけが過去を存在させるのである。

 互酬性や衡平、返報性でこの世をとらえることはとても大事なことだと思う。わたしたちはこの原理にとらわれすぎている。そして全体性も見えないし、ときに利益だけをのぞんでコストを払わないフライングをしやすいものである。なにかを得るためにはなにかを払わなければならない。


互酬性の人類学
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Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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