FC2ブログ

HOME   >>  社会批評  >>  80年代ネアカ・カルチャーの興隆と帰結
09 18
2010

社会批評

80年代ネアカ・カルチャーの興隆と帰結

 ためらいはありますが、ツイッターでつぶやいたことをコピペしました。コピペの引け目から新しく書き直そうかとも思ったのですが、根気と熱が足りません。それにツイッターはタイムラインに出会うそのときのつぶやきだけを読むことが多いと思うので、価値があると思った題材は再録してみることにしました。


さいきんのドラマでけっこう読書家の主人公がいる。トレンディドラマのころは蔵書の多い本棚をもった主人公なんていなかった。80年代はなんたって「ネアカ」と「ネクラ」の時代だった。本なんかクライものを読むな、スキーにファッションにレジャーという時代だった。

本を読むことはネクラだという時代だった。優等生の系譜としてバカにされていた。だから本は友だちから隠れてこっそりと読み、共通話題とならない趣味となるしかなかった。音楽や映画、レジャーは友だち受けする公認話題だった。80年代のこの空気によって若者は哲学や人生を考えることをやめた。

80年代のカルチャーは享楽や人生を楽しめという時代を切り開いた。悩んだり、考えたりすることはタブーになった。楽しめばいいのだ。いやなこと、つらいことはムシすればいいんだ、明るくなれ、ネクラになるなといった。享楽の人生はお笑いタレントの興隆やマンガカルチャーの肥大化をもたらした。

お笑いタレントやオタクカルチャーの興隆はけっきょく日常の享楽だけをおしすすめた。これはもちろん一面的な浅い批判だが、若者から哲学や学術の心を奪った。人生とはなにか、社会とはなにかと究明する心を奪った。若者の特権である悩む、考える、追求するという姿勢を奪った。そのツケはないのか。

80年代のネアカカルチャーはバカと享楽の人生を歩ませた。もっともそれは楽しいし、豊かでもあるし、そういう人生も価値がある。しかしこの世を追求するという若者の特権がうしなわれ、享楽の人生を歩もうとしたとき、ロストジェネレーションや就職氷河期世代は冷や水をあびせられた。

享楽の人生はいつまでもつづかなかった。享楽の人生コースはいつの間にか根っこをけずられ、新しい世代にその果実を与えられなかった。お笑いブームやオタクカルチャーはその系譜にある。ネアカカルチャーのチルドレンである。これらのカルチャーがこの時代の危機をのりこえる知識や知恵を与えるか。

本を読めばこの時代の危機の処方箋をぜったいにえられるとはいえない。しかし本はこの時代も危機と闘おうとしているし、処方箋を考え出すのは本という媒体だ。お笑いもサブカルもそれを教えてくれない。それは享楽と享受を教えるだけだ。すくなくとも問題にとりくもうというジャンルではない。

ドラッカーにサンデルにニーチェという知識人の本がベストセラーになることはいいことだろう。この時代は本と思考と言葉によって問題を解かなければならない時代だと思う。社会や経済を本や言葉で知らなければならない危機の時代だ。ネアカカルチャーの系譜はそれを教えてくれることはない。

哲学や学術というのは機械をバラして、しくみを理解して、一からつくることを模索するこころみである。しかし学校は自分でそのように探索する機会を奪い、機械の成果物だけを消費させようとする。学問で探索する喜びをついえさせる。子供は娯楽を学問にみいだせず、マンガやお笑いにその楽しみを求める。

学問や哲学というのはまったく道楽であり、娯楽であり、趣味である。ただしそれは自分から掘って、探さないと娯楽にならない。与えられるとたちまちつまらないものになる。学校の学問はだから他人事のつまらない消費だけのものになる。マンガや映画が楽しいと思う興味のわきかたは学問にこそ向かうべき。


関連記事
Comment
Trackback
title>
Trackback URL
Comment form









管理者にだけ表示を許可する






プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

google adsense
全ての記事を表示する
ブックガイド特集
月別アーカイヴ
FC2カウンター

Page Top