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08 09
2010

ネット関連

ツイッターをやって思うこと

 ツイッターをやりはじめてだいたい3ヶ月たった。あまりやるつもりはなかったのだが、ブログにツイッターのボタンを埋めこもうとしていたら、いつのまにか加入していたから使うことにした(笑)。

 日常のつぶやきなんかなんの価値があるのかと思っていたし、交流系のつぶやきなんかわたしには合わないと思っていたのだが、まあ、自分の好きなように使えるらしい。

 メシフロネルみたいな話題ばかりがいやだったら格言や著名人の言葉のbot(コピー)があるし、交流がメインよりただ虚空につぶやくという使い方もできる。わたしの使い方は主流ではないかもしれないが、メシフロネルみたいなつぶやきは価値なんかないと思っているし、交流やお仲間づくりがメインでもない。独我流で使えばいいのである。

 ツイッターをやっているとたしかにブログの更新意欲が落ちる。ツイッターは思い付きを即書けばいいのだが、ブログ記事はしょうしょう文章や起承転結を練らなければならない。だからツイッターに慣れるとブログ更新から引いてしまうことになる。でも長い論理を構築する思考はツイッターよりとうぜん重要だと思うので、ツイッターには溺れたくないと思っている。

 ツイッターは思いつきを頭からひねりだす作業を課してくれる。これは脳みそのトレーニングとしてはいいと思う。ブログは思いつきを論理や起承転結にまとめる作業が必要だが、ツイッターはただ思いついたことを書けばいい。しかし思いつきはいつでも思い浮かぶというわけではないし、話す価値や意味のあるつぶやきを思い浮かべようとしたら、しょうしょうの脳みそ回転が必要である。そのトレーニングにはなる。

 ブログを書く前にわたしは思いつきをノートに書いてきた。自分の考えたいことや思いついたことを書いていた。それはブログのネタになることもあったし、疑問を追求して考えたいことの土台にする素地でもあった。こういうノートを書いてきたから、ツイッターはそれと同じじゃないかと敬遠してきたのだが、ツイッターはそれの増幅装置にもなりうる。

 どこいった、なにしたのつぶやきがツイッターだと思っている人も多いと思うし、そういう使い方をする人が主流かもしれない。しかしわたしは他人のそんなつぶやきなんかまったく価値がないと思っている。ブログもどこいった~、なにをした~系のブログは読まれただろうか。そんな情報に役に立つ意味や価値はない。希少的な行動には価値が集まるが。ツイッターもそれと同じだと思う。

 日常の生活をさらすことは有名人の行動にたいしては新鮮かもしれない。有名人はオフィシャルな顔しか見せないから、かれの日常をリアルタイムで垣間見ることは新鮮で、驚かれる。しかしそこに有益で価値がある情報がなければすぐ飽きられるのではないだろうか。べつにふつうの人の日常に興味をもつ人なんかそういない。有名人は憧れや模倣の気もちがわくから日常を知りたくなるかもしれないが、それ以外の情報としては価値がない。ジャンクである。でもそう考えていたらフォローの数をなかなか増やせないのだが。

 ツイッターはフォローしている人のつぶやきが表示される。自分のつぶやきはフォローされている人にしか表示されない。あるいは検索やその他の表示で見られるかもしれない。

 フォロー数の増減がけっこう気になるもので、少ない人数にしかフォローされていないとき、フォローを解除されるとけっこう否定されたような気がして、傷ついた。ブログのようなだれにでも開かれているようなオープンさはない。しかしフォローしてくれる人はなんでフォローしてくれるかまったくわからない趣味も嗜好も違うような人だったので、フォロワーが減るのはとうぜんである。

 フォロワーを増やすにはある程度フォローすることが必要なのだろう。活動範囲を広げると目につく可能性も増えるのだろう。フォロー数を増やせないとき、フォローしてくれる人にフォロー返しをしてきた。とってもわたしの見たいツィートでもなくても律儀にフォロー返しをしてきた。フォローを増やすことはフォロワー数を増やすことの第一歩でもあるのだろう。

 しかしわたしのフォロワー数の比率は逆転しており、これは人気のバロメーターなので見られる人より見る人のほうが多ければ人気がないのがひと目でわかる。この比率はけっこうプレッシャーである。こんな比率と関係なしに自分のいいたいことをいうのがツイッターのやり方でいいと思っているが、この比率ってけっこう足をひっぱるのだな。ちょっとフォローも絞り出すようにしてきた。

 ブログも自分のいいたいことをいって、それで読んでくれる人がいればいいや、いなければそれでいいやとやってきたが、ツイッターは人気のバロメーターに追い立てられる気がする。人気のあるなしだけで、質のよしあしが決まるわけではない。自分の基準をもてない人がたよる数字にすぎない。

 まあ、わたしのツイッターは交流が目的でも、人気とりが目標でもない。あくまでも自分がつぶやきたいことをつぶやくこと、自分の脳みそのしぼりだしが目的であっていいと思っている。そういう使い方で限定できるのなら、ツイッターも悪くないと思う。

 文章が短い分、いいたいことがそぎ落とされてけっこう価値のあるツィートも読める。多くはジャンクな情報かもしれないが、読む価値のあるツィートもけっこうあるものである。フォローを変えていって、価値のあるツイッターにすることも可能である。動きや流れが早いので、飽きのこない使い方もできるかもしれない。


 https://twitter.com/ueshinzz


売らんかなの本も多い。
Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)ツイッター 140文字が世界を変える (マイコミ新書)Twitter革命 (ソフトバンク新書 118)iPhoneとツイッターで会社は儲かる (マイコミ新書)Twitter使いこなし術 パワーユーザー100人の「技」を公開 (アスキー新書)

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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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