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07 06
2010

恋愛・性・結婚

「金活(キンカツ)女」はなぜ不快なのか

 「婚活女」という言葉があるが、高収入男だけを漁る女を「金活(キンカツ)女」とよばせてもらおう。結婚が目的というより、カネや贅沢な暮らしだけが目的だからだ。カネづるだけがほしいのだ。どうして結婚はこういうカネ目当てだけの打算になってしまったのだろうか。男と女の結婚にはそういう自己利益追求だけのあさましい面があるのだろうか。

 次の投稿ではカネ目当てに結婚した女性が収入減に悩むマンガみたいな嘆きがつぶやかれており、もうひとつの記事では高収入男はカネ目当ての婚活女を信用せずに依存する女を敬遠する傾向が描かれている。

 歯科医師の夫との結婚を後悔…(愚痴) : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE
 高収入な男性が、求める女性、敬遠する女性 西郷理恵子

 バブルころにピークにたっしたのだが、男を年収だけで選ぶ恋愛や結婚もずいぶんふえた。いまでも年収600万を希望する女性も半数をこえるが、適齢期でそれだけ稼ぐ男は3.5%しかいない。女性は男にカネだけを求める傾向が戦後強くなり、バブル期にピークにたっしたのだが、それ以後養えない男がふえたので専業主婦結婚は不可能になりつつある。カネ目当て結婚は中州にとりのこされようとしている。

 なぜ女性の結婚はこんなあからさまなカネめあてだけの結婚になったのだろう。どうして女性は自分の利益だけを奪いとろうとして、互酬性や道徳を見失ってしまうのだろう。しかしこれは女性だけを非難すればいいものではなくて、すべての人間も自分の利益だけが見えてお返しを考えない行動や視野も多いのではないかと思う。自分の利益だけを奪ってお返しや見返りをまったく考えないし、見えないのである。他山の石としなければいけない。

 金活女が不快なのは自分の利益だけを奪いとろうとするからだ。人間関係においては互酬性や見返りを与えるのが基本のルールである。なにも返さないで利益だけを求めるのは泥棒や盗っ人となんら変わりはない。店でモノはもらおうとするが、お金を払わない行為と同じである。金活あるいは婚活ではそれが平気な行動基準になる。店員に押し売りをされて不快な思いをしたり、営業やセールスがいやなのは自分の利益や儲けしか考えない店員や営業員がいるからだ。こちらの利益や得になることが考えられないで自分の利益だけを考えている。互酬性や見返りが考慮されない行為は不快なのである。

 どうして婚活では自分の利益だけ見えてお返しが見えなくなるのだろう。女性であることだけが見返り、あるいは報酬であるという基準があるからかもしれない。女性はそれだけ男に買われ、価値のある代物だという通念があるのだろう。セックスであったり、出産能力、育児・家事能力が男に買われる見返りだということだ。その価値観が男に高く買われる価値がある、年収1000万の価値や見返りがあるという自然の思い込みになるのだろう。女性的価値を返すのだから、一生安泰の生活が保障されてとうぜんだという思い込みができるのだろう。

 バブル期までは女性であるという価値だけで見返りがあると考えられたのだろう。高度成長で経済も富も拡大していたからだ。しかしバブル崩壊後、高値になった女性に生活を保障できる男は少なくなった。経済が右肩下がりで、先行きが不透明で年収も下がりいつリストラや非正規に転がり落ちるかわからない男性もふえた。高値女は買えないばかりか、ふつうの女性すら養えなくなった。終身恋愛結婚モデル、専業主婦モデルが崩壊したのである。デフレ時代というのはモノの価値が下がりつづることだが、女の価値も下がったのである、あるいは購買力をもたない男性がふえたのである。

 金活女は高度成長モデルで生きている。男が大黒柱になり、妻や家族を養うという結婚スタイルである。見返りはただ女だけであるという価値観である。しかし低成長時代では男は妻も家族もひとりで養えない。先行きいつ事業や仕事がいきづまったり、リストラや低収入の憂き目に会ってしまうかもしれない。女性は女であるという理由だけでは養えなくなり、稼ぎや収入の補助が求められるようになった。男の見返りは女であるという価値観だけではなく、稼ぎや収入も求められるようになったのである。金活女の見返りはマイナスになり、満たされない価値となったのである。

 金活女というのは戦後の恋愛結婚モデルのゆがみを拡大表示しているものだと思う。戦後の結婚はカネだけめての結婚を増殖させた。女性は収入の少ない道や補助の仕事しかなかったから選べない選択であったかもしれないが、男の収入にあぐらをかくことがとうぜんであるという考え方をもたらした。それはカネだけめあての金活をうみだすのはとうぜんの帰結だったのだろう。専業主婦モデルはカネがある男と結婚するほうが有利であるという考え方を導き出した。男はカネづるになったのである。戦後の結婚モデルの悲劇であったと思う。カネだけめあてのバブリー女に気づきだした男は二次元やオタクに逃げるしかなかったのである。

 男はカネがないときやカネの価値だけではない人間の価値と婚約してほしいと思っている。その人間と結婚してほしいと思っている。戦後の婚活女はカネや収入だけの結婚を導き出した。女の互酬性はカネだけになってしまったのである。どうして戦後の結婚は人間ではない、カネだけと結婚するかたちを生み出してしまったのだろう。男と女の関係はもともとそういう関係であり、その部分があからさまに拡大されたのが戦後の結婚モデルだとはいえるだろう。男は女の性をもとめて、女はカネ、生活の安定だけを求める。それは生物学的条件かもしれない。しかし互酬性、見返りをどこかで掛け違えたとしか思えない。戦後、女の価値もバブリーだったのであろう。そんな勘違いした思いのままで、男と女の関係がうまくいくとはとても思えない。

 男は人間性の互酬性を求めている。女はカネの互酬性だけを求めているとしたら結婚はうまくいかない。女性がお返しをするのは性や出産だけではなく、男が収入を減らしたり、困ったときでも助ける互酬性である。戦後の結婚モデルではカネの要求を満たさなくなった男は切り捨てられるのである。女は互酬性を満たさなくなったとそこで思う。

 互酬性をカネだけに求めた戦後の恋愛・結婚モデルの大いなる悲劇、不幸だったと思う。オタク男はこのカネづる関係に幻滅し、逃げてきたのである。それはロリータにいってしまったのだが、この互酬性の関係をあらたに描き直さないと悲劇はずっとつづくのだろう。

 結婚をカネと性の交換ととらえるのなら利益の奪い合いはますます浅ましさを増すのだろう。人間性の交換であると新たにリセットした考えを生み出さないことには男女間の信頼は生まれないのだろう。金活女はカネめあてだけであり、盗っ人であり、泥棒であるという考え方は厳しいものであるが、戦後の結婚モデルを考えなおすひとつのきっかけになるのだろう。金活女は自分の利益だけを求めて、男の労働の苦しみ、収入の減少に理解を示さないばかりか、切り捨てるのである。カネだけめあての女と結婚したい男なんているだろうか。


参考文献
萌える男 (ちくま新書)性的唯幻論序説―「やられる」セックスはもういらない (文春文庫)やまとなでしこ DVD-BOX結婚の条件 (朝日文庫 お 26-3)

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Comment

金目当ての結婚というのは途上国の女性に見られる特色です。

日本の場合も日本が途上国だったころは、
そのような女性が多かったことでしょう。

露骨に金目当ての結婚を主張する女性が増えたとすれば、日本が途上国に逆戻りしつつあるのかな?

まあ、フェミニストが女性も男性と同等に
仕事をすべき!
としたものの、結局は仕事なんかしたくないー
というのが女性の本音なのでは?

一部の女優や女性アーティストなどは結婚しても、
仕事をやめる気はなく、カネも男に依存しない。
要するに、仕事が充実していない女性は、
早いとこ仕事をやめて専業主婦になりたいのでは?
と思いますよ。

小倉千加子の本にありましたが、女は男に奴隷的労働をさせておいしい上澄みだけをすくって生きたいのだといわれていましたが、極悪女ここに極まれりですね。

男の年収が落ちて養えなくなったのはこういう女性たちにとって天罰のようなものでしょう。

男たちもただ女だけという理由でこんな女たちをのさばらせては男の沽券にかかわるというものでしょう。むかしは女を家に閉じ込めようとしたから、女はそこで労働の苦労というものを忘れてしまったのでしょう。

労働が嫌いなわたしはそんな女が上にのさばることがたえられません。

元々、フェミニスト、男女共同参画とは、
男女平等が表面の看板です。

が、小倉千加子に限らず上野千鶴子にしても
「女性優位論」を展開しているだけです。
彼女らが取材とか聞いた話として紹介する例は、
すべて自分の意にそった人物や事例の紹介です。

よって彼女らが「全女性の代弁者」のように
振舞うことに嫌悪感をおぼえる女性も多数います。

塩野七生氏によれば彼女らフェミニストを職業に
している者は一生男女平等を求めないし認めない
であろう。
そうなれば彼女らは失業するのだからー
と、これが正論ではないでしょうかね(笑)

もともと結婚とはそんなもの

なんだか男性中心の話を聞かされて、違和感でいっぱいです。
すこしうえしんさんはロマンティック・ラブ・イデオロギーに素直すぎる印象もあります。

もともと結婚とは財産を守ったり、増やしたりする家単位のゲームです。
それが個人単位になったとしても、結婚には資金がいります。

昔は次男以降や貧しい人・地位の低い人たちは結婚できない時期もありました。
家から資金を捻出できないからでしょう。
また結婚は人身取引でもあります。
でなければ結納のための立派な会場とかまとまった現金とかはいらないわけです。
女性が社会的活躍の場を奪われ、どうせ我が身を売らなければならないのなら、
なるだけ高く売りたいと考えても当然です。
女性の賃金が低いこと、一般職正社員は数年でリストラのコースだということ、
その大半が非正規雇用なのも女性だということ。
それら女性の貧困を考えれば、少しでも資産なり年収等の高い男性に
人身取引としての結婚をもちかけるのは
単に合理的な行動にすぎません。

もともと女性は自分よりも高い家柄の男性に嫁ぐようにしつけられます。
それが現代的な表現になって、自分よりも高い年収になったとしても、何の不思議もありません。
また女性はベストをつくすことを禁じられる傾向もあり、
受験もさほど背伸びをしない(させてもらえない)こともあります。
自分よりも高めの偏差値の男性とつきあってようやく話があう、
相手のゆがんだプライドのおもりに疲れずにすむ、
または従属的な地位にともなうトラウマや屈辱が和らぐといった要素もあります。

なんで金活という婚活の本音をさらけだしただけの女性に嫌悪をぶつけていらっしゃるのか、分かりません。

ワタリさん、こんにちは。

女性からは男性の嫌悪感というものがよく見えないのかもしれませんね。ぎゃくに女性の嫌悪感が男性に見えないということも多いのだと思います。

お金だけを求める女性は自分の利益だけ、自己中心性が男性には感じられます。お金がなくなったとき、捨てるような女性なら男性は警戒しますね。金だけを求める女性は男性が困ったとき、助けてもらえないと思えるのでしょう。

自分の利益だけを相手や社会に求める泥棒のような人は社会からしっぺがえしをうけます。相手の利益や得になることをなんら与えていない人は信頼されず、だれからも助けてもらえないでしょう。

かといって社会福祉ばかりに生きる人も社会から見返りをあまり得られないと思います。中庸が大事なんだと思います。

自分の利益だけを奪いとろうとする人は泥棒であれ、押し売りであれ、人から嫌われます。しかし男女の中、あるいは売り手や営業マンからはその相手の反応が自分の利益のみに目がいって見えなくなることが多々あるのだと思います。

男と女が利害の奪いだけで、見返りや互酬性がないのなら、うまくいくとは思われません。しかしおたがいにとって自分の利益しか見えないというのがおたがいさまというものかもしれません。

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