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07 03
2010

書評 社会学

『「おかげまいり」と「ええじゃないか」』 藤谷 俊雄

「おかげまいり」と「ええじゃないか」 (1968年) (岩波新書)「おかげまいり」と「ええじゃないか」 (1968年) (岩波新書)
(1968)
藤谷 俊雄

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 閉塞状況、政治のいきづまりで「おかげまいり」や「ええじゃないか」が暴発した時代に似てきたといえるだろう。高度成長システムから低成長システムにうまく切り替えられない。このどんづまり感はおかげまいりやええじゃないかを誘発した時代に近づいているのではないかということで本書を読む。

 本書は岩波新書の1968年に出た古い本で、古本屋などでカバーのない汚い新書のかたまりを見たことがある人もいると思うが、その中の一冊である。このころ学生運動がさかんなころで、民衆の暴動的衝動といったものに関心が高まっていたときに出された本だと思う。新書にしてはかなり学術的な内容であり、いくぶん階級闘争的な目をもっていることが時代を感じさせる。今日の新書はエッセイや雑文に近い内容が大量生産されており、格調が違うと感じられた。

 江戸時代の民衆は百姓一揆などをよくひきおこしていたし、打ちこわしや暴動も多かった。対して今日の民衆はひたすらおとなしく、ただ黙って従っているだけである。サイレントテロのような働かない、子どもをつくらないといった消極的抵抗に終始するのみ。なにが欠けているのだろうか。システムがより巧妙に人びとを縛りつけ、抵抗の無力感だけを募らせているからだろうか。

 おかげまいりは女、子どもからはじまったといわれる。当時は児童労働があたりまえで京都や大坂の七、八歳から十四、五歳の奉公していた少年少女がいっせいに仕事を抜け出して詣でに走りはじめたといわれる。つまり仕事をサボって、抜け出して子供たちが伊勢に向かったのである。サボタージュであり、ボイコットであり、逃亡である。これを「抜け参り」といって、だれかに公認されたことではないことが重要である。主人も職人がみんな出かけたから仕方なく参宮したらしい。どがめた主人が神の祟りをうけたという話もひろまり、制止がきかなくなったこともミソである。

 おかげまいりの大きなものは60年周期でおこっており、宝永二年1705年のものと、明和八年1771年、文政十三・天保元年1830年のものが大きなものである。順に二百万、三百万、五百万とふくれあがったといわれる。1867年慶応三年のものは「ええじゃないか」といって踊り狂った。そのあいだに大政奉還のクーデターはおこっていたのである。

 おかげまいりには豪商や富農、大名の「施行(せぎょう)」がおこなわれている。米や服、うちわや手ぬぐい、薬などがふるまわれ、宿もさしだされ、籠や馬も出されたという。全国から着の身着のままでもおかげまいりが可能であったのである。

 なぜ豪商たちはこんな大判振る舞いをしたかというと、略奪や打ちこわしにたいする予防的措置でおこなわれたようで、おかげまいりには民衆の暴動や一揆的な面を富裕層は感じていたのだろう。「ええじゃないか」と踊って金持ちの家の中を壊したり、大事なものを持ち出したりした。今日の都市で民衆の暴動や略奪で店のほうから商品がさしだされるなんて皆無だと思うが、宗教的お布施がさかんな時代には施行の正当的な理由づけがなされたのだろう。著者はこの柔和策が民衆の政治的・革命的エネルギーをおしとどめて、低俗なええじゃないか祭りで終わってしまったのだと残念がるが。

 このおかげまいりや一揆の時代を見ていると、幕府や大名、富豪などとの格差や不平等があれば民衆たちがみずから立ち上がった姿が印象的なのだが、それ以外に政治に反映されるしくみがなかったのだろう。対して現代では政治に反映されるしくみが一見整っているように見え、政治的参政権が確保されていると思われている現代こそ、もっとも政治から遠く、かかわれなくなっているのではないかと思う。システムとして確保されているから、みずからの手や足からよけいに遠ざかっているという気がするのである。民衆が訴える道具や手段がより遠ざかるのがシステマティックな民主制だという気もしないではない。

 おかげまいりとは暴動であったのだろうか、それとも宗教的運動であったのだろうか、あるいは物見遊山の爆発だったのだろうか。政治的革命やクーデターをめざしたものだったのだろうか。民衆の緊張や不満が暴発した、時の支配制度にたいする異議申し立てのひとつの形態だったと思う。抜け参りのように隷属関係を一時的に解き放つ一種の解放運動でもあったのだろう。「世直し」をふくんだ示威行為でもあったのだろう。

 ええじゃないかのときに阿波では「日本国のよなおりはええじゃないか」とも歌われたそうである。

 「前からあった将軍さんの世になるんやら、改めてお天子さんの世になるんやら、何方がどっちやらわからなんだけん、皆があない暴れたんじゃと思う」と阿波の古老はいったそうだが、それが政治的運動に回収されずに民衆のマスヒステリーとして収斂したと考えるのが著者の立場のようである。ひとむかし前には知識層は大衆階層を見下す見方が著者や時代はあったようである。わたしの時代では学問は大衆のうえに立てる知識の特権などとてもないと思うけど。

 現在も高度成長システムから右肩下がり時代のシステムに変更できなく、閉塞感と政治の混乱がつづいている。むかしの人だったら抜け参りや伊勢詣でに暴発していたくらいだろう。しかし今日のわれわれには宗教的信念も宗教的行動ももっていないし、この閉塞状況から抜け出す方法も手段もみいだせない。もうヤケになっておかげまいりか、ええじゃないかを踊るしかないくらいなのだが、近代教育をうけたわれわれにはそんな宗教的理由づけを可能にする慣習はついえているので、ひたすら夜が明けるのを待つしかないのである。今日はバックパッカーになって日本を抜け出すか、ニートになって仕事も子どもも生産しない生産の拒否をするしかないといったところか。


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