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06 22
2010

歴史・地理

「山ガール」は修験の道に入れるか(笑)。

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 マスコミは「山ガール」という登山女子を流行らせたいらしい。「鉄女」に「歴女」に「仏像ガール」と趣味の動詞に名詞をつけることによって新しい視点と輪郭をうかびあがらせる手法でマーケットを掘りたいらしい。

 「山ガール」はファッションとして入ってきた。「森ガール」などアウトドア女子のファッションが街中でも流行っている?、あるいは流行を仕かけたいらしい。なんでも20代から40代の山登りに興味がある女子を「山ガール」とよび――40代という若くもないアラフォーを「山ガール」とくくることにムリがあると思うが、マーケットでひとつ踊ってほしいということである。ファッション業界のひとつの牽引役となるだろうか。

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《山ガール》登山女子ファッション画像集 - NAVER まとめ

 山登りは中高年に根強いブームがあって、業界が煽らなくてもしぜんに山に向かう中高年が多い。わたしも十年前からの五、六年ほど山に登っていたのだが(いまはバイクで山にもぐりこむ)、みごとにおっさんとオバサンばかりの世界だった。ここは姥捨て山か(笑)と思った。若い女子がいることはまずなかった。あの景色からいまの「山ガール」ブームはウソっぱちに思える。

 山は現代の見捨てられた地である。だからこそ人はいないし、手つかずの自然がきれいだし、見捨てられることに豊穣があると老荘はいう。都会とまったく逆である。都会は人がうじゃうじゃいて、乱雑で、癒されることもなく、人の活気と人気の集中があるだけである。人気のない山のコースを歩いていると一日ひとりとも会わないこともある。こんなぜいたくな空間はほかにないと思う。

 若い女子は都会と消費とファッションにしか興味をもたない。山登りは「脱都会」、「脱消費」である。かかるお金は電車賃くらいしかかからない。だから消費にあきた中高年女性たちはグループで山に登り、自然の景色や花に魅かれる。もう都会や消費のきらびやかさやカッコよさに興味をもたない中高年女性たちがお金をもたらさない山に登るのである。そしてマーケットも儲からないからマスコミでとりあげることも少なく、人知れぬブームとなっている。マーケットや消費と違うところに中高年たちは動いているのである。

 そんなところに山ガール攻略が仕かけられたが、制服のばらまきで山に興味をもつ女子たちがふえるのだろうか。ファッションで笛を吹くという方法ではたしてほんとうに山に登る女子がふえるのだろうか。山登りというのは脱都会、脱消費である。きらびやかな消費にあこがれる若い女子が牛や田んぼばかりの山や田舎に足を向けるだろうか。

 若い女子はもうブランド消費に興味をもたないというし、若者の消費離れもよくとりあげられるから、山に目を向けることはたしかに考えられる。しかし山志向というのは消費社会の禁断のカードだという気がするのだが。

 若者たちの興味のベクトルは完全に都会志向であり、上昇志向であった。バカにされたり、なにもない田舎から出てきたくて都会にやってきた。テレビも電気も仕事もない田舎から出てきたくて、戦後の若者は都会に集まったのである。都市と消費の魅力にとりつかれたのがわれわれだ。とうぜんいまの若者も都会消費志向と思うだろう。しかし消費離れをおこしている若者がふえているとしたら、山や田舎志向の流れも生まれやすくなるだろう。都会や消費の便益や魅力はなんだろうかという疑問もきざすことになる。

 都会消費志向の若者にとって繁華街とショップしか興味がなく、その他の田舎は眼中にない。田舎の地図は欠落するのである。わたしが登山をはじめて驚いたのは山や田舎の景色のよさであり、人のいない広大な空間のぜいたくさであり、清涼で澄んだ空気のここちよさだった。都市消費志向ではまったく欠落し、視野にも入ってこない世界のすばらしさである。都市消費志向ではこれらのすばらしい世界を知ることはないのである。

 山に登るようになってわたしは山登りよりか、そのまわりのもの、たとえば山間や過疎地に住む人たちの暮らしや営みに興味をもつようになったし、山間にあるいくつもの祭られた祠や地蔵や磐座などのほうに興味を魅かれた。山登りのとちゅうで出会う田舎や山間の暮らしに興味をもったし、それはひとむかし前の日本人の暮らしに出会うことであったし、ひとむかし前の信仰や世界観に出会うことだった。わたしの興味はどちらかというとそちらの興味のほうにエスケープした。

 山登りは何冊かのガイドブックのコースを参考に山に登ったが、山にはかならず神社やお寺、信仰のあとがあるものである。はじめはまるで興味がなく、しぜんの景色にしか興味がなく、素通りしていた神社や寺もすこしばかり気になるようになった。どういう意味があるのだろう、どういう気持ちがこめられていたのだろうと気になってきたのである。

 さいしょは景色はなぜここちよさをもたらすのだろうと景観論などを探ったが、古い神社や古墳などを通るうちにしだいに古代史にも興味をもつようになった。古代史に興味をもつようになったのも山登りのおかげだった。ひとむかし前の山村の風景や暮らしは民俗学の興味をかきたてた。宮本常一などの民俗学の本に興味を魅かれたのである。わたしのこんにちの興味の多くは景色を楽しむためにはじめた山登りに多くを負っているのである。山や田舎は新しい、いままで見たことのない新鮮な驚きを与えたのである。

 山というのは古来、日本人にとって信仰の山であり、神が坐ますところであり、死者や先祖が帰るところであった。こんにちのハイカーはそんな信仰と無縁なスポーツやレジャーとしての山登りを楽しむ。神社や信仰の篤い者が畏れる神の山であっても気軽にレジャーとして山に登る。しかしハイカーはゆっくりと先祖たちがこめた信仰や祈りの意味に気づいて、尊重して、そして回帰してゆくのかもしれない。

 山には鬼がいて、神々が憩い、修験道の道が切り開かれたところである。気楽にはじめた山登りであってもかならずその痕跡やしるしに出会うことがあるだろう。信仰や呪術や祈りがいまも息づいている隔絶の世界である。都会や消費志向が忘れたかつての日本人の世界観や信仰に出会うところなのである。

 ファッションやマスコミに笛を吹かれて踊る「山ガール」たちはこれらの信仰のあととどう出会うのだろうか。「山ガール」は修験や修行の道に目覚めることはあるのだろうか。都会消費のベクトルはここで向きを変えるのだろうか。脱消費・脱都市の流れは中高年からじわじわとはじまっていたのかもしれない。


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Comment

若い女性の興味は都会と消費とファッションにあり、ということですが、
その一方で都会思考だけでなく自然志向もあるような気はします。

「今年の夏は海に山に自然を謳歌します!」など。

そこで海と山の違いもありましょうか。
海はファッションになりやすく、ロックやポップスのような若者向け音楽にも海は登場しますね。
反面、山はあまり登場しません。

うえしんさんが書かれるように、ファッションが重要な要素であり、逆説的に何であろうとファションになりさえすれば若者は喰いつくと言えるかも。

格闘技もファッションで見られる場合もあるし、
もうすぐ始まるW杯の日本戦も。

ともかく登山であろうが格闘技であろうが、
ファッションならそのラインを超えるべきでなく、
あくまでもラインのこちら側で楽しむべきですね。
「山ガール」もその範囲内でのムーブメントなら
山の魅力を活性化させプラス方向になると思います。

海は若者向けの音楽に頻出しますね。山はちっとも歌われませんね。山で青春する人はいませんね。もっとも夜這いの時代では山は青春だったかもしれませんが(笑)。

わたしは山ガールはファッションだけではなく、じっさいに登ってほしいと思っています。山ではいろいろな過去や古代信仰に出会うことが多いと思います。都会志向ではない魅力を若い人が見つけられれば、社会の価値観がだいぶ変わると思います。

山に登る人がふえれば経済は活性化しない、儲けをもたらさないと思われますが、そのような社会でも食っていける方策が立てられればいいですね。

No title

団塊の世代から10年後の私ですが、それでも子供の頃は若い人はこぞって山登りしていたように思います。奥多摩の行き来のバスの中でも(乗合一般バスにかかわらず)いきなり歌会はじめたり、コーラスやったりにぎやかでしたね。経済的な理由ばかりだったでしょうか。みんな加山雄三や石原裕次郎になりたかったけど、お金ないから山に…甘んじてたという論理も成り立ちますか。じゃ、みんなお金あったらマイクルーザー持って湘南の海疾走してたかどうか。でもあのときの光景を思い浮かべると皆は決して不幸せそうな顔はしてなかった。家からお茶の間がなくなったことと山とリンクしているような気がします。
山ガール大いに結構。大いに登ってほしいと思います。山に魅力がなくなったわけではないし、どんなかたちであれ、山登りは楽しいのですから。そのうち淘汰されるものもでてくるでしょう。「そういえばあの頃はやった(はやらせようとした)山ガールファッションってチンケなものだったね。懐かしいなぁ」と。

へぇ~、歌会とかコーラスをやっていったのですか。団塊世代のころの青春賛歌を思い出します。

わたしは団塊世代から二十年後の生れですが、山にのぼる若者はまずいなかったですね。みんなファッション志向とか都会志向でした。

そういう時代をへて山や自然は忘れられたから、若い人にとって山登りは新鮮なんだと思います。忘れていた山を発見したというか。

若い人たちが山をどう消化するか楽しみです。
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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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