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06 14
2010

レイライン・死と再生

近江レイライン・マップ 探索中



 近江にレイライン(太陽の夏至、冬至などの日出没線)を引いてみましたが、まだまだ完成にほどとおいですが、いちおうあげておきます。ごちゃごちゃしすぎて、なんの意味があるのかわからない地図になっていますが。。

 レイラインでなにがわかるかというと古代の人がいかに太陽の昇るところ沈むところにこだわったか、夏至や冬至にどんな意味がこめられていたのか、どんなに必死になって聖点を探したのか、その場所にどのような聖なる意味をこめたのかといったことが浮き上ることだと思います。

 いわば自然信仰にこめられた気もちを甦らせてくれることだと思います。わたしは神仏の信仰はまるでありませんが、古代人のレイラインにこめられた軌跡を探ることによって、その厳かな気もちや聖なる気持ちを味わせてくれるように感じるからひきつけられるのかもしれません。崇拝する気もち、畏怖するものといったものが現代人にはあまりにも欠けていますからね。

 なおわたしは滋賀県、琵琶湖の古代史や寺社の社格とかまるで勉強不足です。また計測ツールは「あちこち方位」といった風水の羅針盤を使っており、緯度から30度というあまり正確でないラインを使用していることを断っておかなければなりません。

 こちらのサイト「日出没時間・方向」のように正確に測る必要があるのでしょうが、手間なので「あちこち方位」で計測しております。みなさんも地元のレイラインを探ってみてはいかがですか。神社や寺はなぜこの場所でなければならなかったか、必然性はあるのかと探ってみたら空間にこめた先人の世界観や聖性がみえてきておもしろいと思います。


日出没方向の読み方

rei1.jpg

 右側に日の出がきます。左側に日没がきます。夏至が上、冬至が下。かんたんなことですね。もし日が沈む夕方、道に迷ったら夏至に近いときは夕陽が北西西に沈み、冬至に近いときは南西西に沈んでいるとわかりますね。日の出のときは夏至は北東東、冬至は南東東ですね。夏至は北側、冬至は南側。夏至はだいたい6月21日ころ、冬至は12月22日ころ。



より大きな地図で 近江レイライン を表示


 特徴や気づいたこと、めぼしいレイラインなどを箇条書きにあげたいと思います。

■安土城から冬至の日没ラインを引くと秀吉の葬られた豊国廟にいきあたります。ぎゃくにいうと夏至の日の出のパワーを、冬至の日没の死んで甦る地点に送り込んでいるといえるかもしれません。秀吉は神となって太陽のように再生することを願ったのかもしれません。多賀大社がこの線を結んでいます。

■古代信仰の聖地、三上山から夏至の方向に太郎坊宮があります。冬至の日の出方向に同じ山のつらなりの十二坊がきます。日没ラインにはめぼしいポイントがみあたらなくて、冬至ライン近くに伏見桃山城がありますが、すこし離れています。

■太郎坊の冬至日の出ラインには雨乞山がきます。夏至日の出は金剛輪寺ではなくて明寿院がきます。夏至日没の方向には津田山、春分・秋分ラインには京都大原の三千院、貴船神社、冬至日没には三上山がきます。

■長命寺山はなかなか重要な聖点にあったようで、このゾーンあたりには比叡山や京都がありますからとうぜんだったかもしれません。冬至日没ラインには瓜生山があり、京都御苑、二条城にいきつきます。夏至日の出ラインには日夏町、原八幡神社にいきつきます。長命寺の春分日の出ラインには海雲寺、石馬寺、金剛輪寺があります。

■観音寺山を神体とする古い沙沙貴神社は夏至日の出に観音寺山、春分・秋分日の出に坂本神社、春分・秋分日没に岡山、冬至日没に荒木神社、あと一歩のところに伏見稲荷大社があります。観音寺山から夏至の日没には釈迦岳があります。

■紫香楽宮跡の夏至日没方向に近江神宮があります。紫香楽宮跡は冬至の日没方向に大阪の四天王寺があります。

■日吉大社の夏至日没には鞍馬寺、貴船神社が重なり、冬至日没には京都御所があります。夏至日の出は長命寺山をとおり、彦根の天津神社、春分ラインには石塔寺あたりをとおり、浄福寺、冬至日の出には阿弥陀寺があたります。もっとも湖南・湖東地方というのはどこにいってもかなり寺社のある地域らしいですから、どこかにぶつかるのはとうぜんかもしれませんから、古い太陽信仰や磐座(いわくら)信仰などの要素を探らないとレイラインと関係があるといはいえないのですが。

■石山寺の夏至の日没に大文字山があります。石山寺はなかなかレイラインの聖点が見つけられない寺に思えます。

■神の島といわれる竹生島の都久夫須麻神社の春分・秋分の太陽は伊吹山から昇り、八幡神社、津野神社のほうに沈みます。夏至は琵琶湖をはさんで山本山から昇り、冬至は稲荷山に沈みます。

■近江にとって多賀大社や湖東三山は日の昇るところ、京都や東山は日の沈むところ、死者の国であったわけですね。東山西側には天皇陵が多いですね。


 まだまだ結べていない地点や起点にすべき場所を探れていないと思いますが、とりあえずはこのあたりで。

 古代の聖地はもっとかんたんに結べると思ったのですが、なかなかめぼしい聖点が見つからなかったり、結ぶべき地点として指定したほうがいいのかもわからない地点が多かったです。なによりわたし自身が滋賀県の基本的な寺社知識をもっていないということが決定的でした。寺社の知識や教養も増やしながら、レイラインを引きなおすことが必要なのだと思います。

 近江の特徴として京都と比叡山がありますからそこに聖点が集まることと、湖東の地理からして夏至日の出―冬至日没のラインが多いように感じられました。長命寺山あたりがその中心にきますね。そこから近江八幡や安土城がひろがります。古代から信仰がさかんだったと思われる三上山と太郎坊宮の影がちょっと薄いように感じられたのはわたしの勉強不足でしょう。

 読者の方の興味があまりないような話題なのでつづけるかわかりませんが、基礎知識をつけるともうすこし深い考察ができるようになると思います。もしこの方法が成功するとこの手法で京都や東京にまでひろげることもできると思います。江戸は古代のレイラインによってつくられた町というよりか、陰陽師とか風水でできあがった町かもしれませんけど。いちど試してみたら関東平野はひろすぎて山アテができませんでした。

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うえしん

Author:うえしん
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