HOME   >>  ネット関連  >>  趣味のブログでメシが食えればすばらしい
05 29
2010

ネット関連

趣味のブログでメシが食えればすばらしい



 ライブドアがブロガーの奨学金をはじめた。最大300万援助してブログ作成に没頭してもらうという。条件は月間1万PV以上で、得意分野の社会貢献を目的とし、返す必要もないという。ライブドアブログ移行がもちろん条件だが。

 わたしのブログは条件クリアだが、ライブドアのくびきや客寄せパンダにもちいられそうでいやだ。まあ、思想とか人文学のほうを向いているブログが選ばれることもないだろうが。これって自薦より他薦のほうがいいように思うのだが。

s_header.jpg

 ブロガーに最大300万円の援助 ライブドア「奨学金」でアルファブロガー育成 - ITmedia News
 ブログ奨学金第一期生募集中 - 株式会社ライブドア

 ブログからはなかなかお金を稼げないので生活費を援助するというのはいい考えだと思う。しかしこれはブログからちょくせつお金を得るわけではないから、なぜお金を得られるのか明確ではないから目的がすさみそうだ。たんなるアクセスアップだけが至上になったり、ライブドア宣伝だけの得意分野から離れるブログになりそうだ。よこしまなブログだけになりそうだ。ミッションが質よりアクセス数になるだろう。

 ブログではお金を稼げない。広告で稼ぐという方法もあるが、ブログにはお金を介在してはならないというルールもある。そもそもしろうとの書くことやつぶやくことにお金を払う価値はないということだったのだが、さっこんではレベルの高い人気が定まったブログも増えた。コンテンツにお金が支払われるべきかもしれないという高コンテンツのブログも増えた。しかしまだまだブログにお金を払うという情勢にはなっていない。ブロガーのモチベーションはただ影響力や人気を得るためという理由だけでいいものだろうか。

 ブロガーのほとんどの人はほかの仕事をしながらブログを書いている。仕事以外のすくない時間をもちいてブログを書いている。もし生活費の援助があり、一日中ブログ作成に没頭できるのならもっと量と質の高いブログを作成できるだろう。

 なにより自分の趣味やブログの集中できるのはすばらしい。たいていの人は自分の趣味なんて仕事が終わったわずかな時間を楽しむだけだ。趣味にのめりこみたい人は貴重なあまり時間を惜しむように趣味についやす。もし生活の縛りから解放されて趣味に没頭できるのならすばらしいことだ。遊びだけで食えるのだからこれは人類の夢かもしれない。

 遊んで食えるわけなんかないからと人は仕事をしてきたのだが、遊びや趣味で食えるようになると仕事なんか我慢できなくなってしまうだろう。趣味や好きなことはお金を払ってするものであった。それがお金の得られるものになったら、すばらしいことだ。ただ仕事で成功する人や一部の人は仕事を趣味にしたり、趣味を仕事にできた人たちもいたのであり、そのような人たちがこんにちの経済をつくったといえる。

 経済というのは趣味からつくられてくるものだと思うが、日本の勤勉や禁欲の労働観というものはこの原初を壊してしまうからこんにち日本は停滞や没落してしまったのだと思う。ウィンドウズやipodをつくったビル・ゲイツやスティーヴン・ジョブズなんてそれが最高におもしろかったから成功したのだと思うが、日本は労働をつまならないもの、我慢すべきものだと向き合うから失敗するのである。キャッチアップの工業社会は経済のおもしろみ、楽しみをその根底から破壊したのだと思う。そして成長も繁栄も生まれない。アニメが国策にされるほど繁栄したのは楽しかったからであり、儲けとかカネがほしかったわけではないのだ。経済というのはおもしろみや楽しみに向かい、そこから生まれる。死んだ、つまらない労働観に向かう日本はだから没落するのである。

 ふろしきをひろげすぎたが、おもしろみが経済をひっぱるものだと思う。ブログやネットというのはこれからその楽しみをひろげてゆく未知数のものだ。メディアが組織や機関から個人にうつれば爆発的な変化がおこるのはまちがいない。ブログはまだはじまったばかりだ。

 しかしブログでお金は稼げない。ブログがもっと発展するためにはたしかにお金でうるおう、お金を得られるしくみにしなければならないだろう。こんにちマンガやロック音楽が楽しめるのはそれでお金が儲かったからだ。もしそれらにお金の儲かるしくみができなかったら、マンガは友だちでまわし見るパラ漫しかなかっただろうし、ロックも教室やストリートで見られる街頭演奏しかなかったかもしれない。ブログがもっとたのしめるメディアになるためにはお金の稼げるしくみをつくらなければならない。

 もちろんお金が浸透するということはそれなりの腐敗や悪い面もあるのだが。知識や音楽がお金を払うものになれば、おおくのものはブロックされたり、遮断され、一部の人たちだけに伝達されるものになるだろう。知識とはほんらいお金でブロックされてはならないものだと思う。タダや無料で共有されるものが知識でなければならないはずだ。ネットはそのよさやほんらいのありかたをとりもどしたわけで、この面は守らなければならないものだと思う。本で得られる知識、大学や講演で得られる知識がお金で分断されたおかげで、人はどれだけムダや損失、被害をこうむっているか計り知れないというものだろう。ネットにお金が入ってはならないというのはたしかにすばらしい倫理であると思う。

 いっぽうではわれわれはお金を得なければ生きてゆけない世界圏に住んでいるのもたしかで、お金という交換手段にたよらないと社会行動が構築できないという現実もある。ブロガーはお金を得る仕事を断ってブログだけに没頭することはできないのである。ネットはフリーがどんどん増殖して、これまでコンテンツで食っていけた産業まで破壊しそうだ。消費者にとってはこれほどありがたいことはないのだが、クリエイターを殺してしまってはたのしめるコンテンツはわれわれの手に入らなくなってしまうのである。無料のネットにもお金がまわってうるおうシステムが必要なのだ。

 ライブドアの援助金はミッションをアクセス至上主義に誘導してしまい、質の向上というターゲットをそむける方向に作用しそうな気がする。またライブドアというブログ・ポータルの利益にしか貢献しない方向を向いてしまう弊害もなきにしもあらずだ。ブログはパトロンという方向に活路を見いだすべきなのだろうか。ライブドアのこころみはブログでお金を儲けてはならないという風潮に一石を投じたのだろう。

 わたしは97年からホームページをはじめ、07年ほどからブログをはじめたのだが、いまはもうブログでお金を稼げるかもしれないという思いはほとんど抱かなくなった。FC2ブログで課金制を課すサービスもできたが、もう課金なんかしようとも思わなかった。仕事が不遇でつまらないと思っているから、この好きな趣味で食えるようになったらどんなにありがたいことかと夢想することはあるのだが、お金を得るというハードルはそんな甘いものではない。落書きやいたずら書きのようなものに人はお金を払うわけがないし、お金をもらうということはそうとう高度な成果や結果を約束しなければならないわけで、お気楽で軽い気持ちで達成できるものではない。

 だからこそ無料のブログでネットのうえに自由放漫に自分の意見を書くわけだ。お金を得るということは崖をジャンプするようなもので、あるいはハシゴの上にのぼるようなもので、お気楽なブログ書きからはほどとおいのである。読者のほうからお金を払ってでも見たいというブログが生まれないとお金が得られることはないのだろう。でも読者として考えるのならコンテンツはいつまでも無料であってほしいもので、ブログでのお金とはひじょうにむづかしい。

関連記事
Comment

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
Trackback
title>
Trackback URL
Comment form









管理者にだけ表示を許可する






google adsense
全ての記事を表示する
ブックガイド特集
月別アーカイヴ
プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

twitterはこちら→ueshinzz

FC2カウンター

Page Top