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05 28
2010

国家と文明の優劣論

『天皇家とイスラエル十支族の真実』 ノーマン・マックレオド


天皇家とイスラエル十支族の真実―マックレオドの原典日ユ同祖論
ノーマン・マックレオド

天皇家とイスラエル十支族の真実―マックレオドの原典日ユ同祖論


 日ユ同祖論の本をブックオフの百円本で買ってみたら、おどろいたことにこの本は1875年(明治8年)に出版された本だそうだ。『日本古代史の縮図』というタイトルで出版され、わたしは『日本とユダヤ 謎の三千年史』という1987年の本を買ったが、いまは上記のようなタイトルで97年に出版されている。日ユ同祖論の古典という位置づけらしい。

 著者のノーマン・マックレオドはスコットランドの貿易商で明治の日本に12年間滞在した。日本とユダヤのつながりよりか、とうじの日本はどうだったのかという興味もひかれた。講談社学術文庫では幕末・明治の日本におとずれた外国人の目にうつる日本はどうだったかという本がシリーズのように出されている(「外国人が見た幕末・明治の日本)。おそらく西洋人の眼のほうがこんにちの日本人に近いということだろう。

 この本は日本の中にユダヤの痕跡を見つける本というよりか、はじめから「失われた十支族」を見つけたいあまりにむりやり日本人のなかに見つけようとする本に思えた。ユダヤ聖典の痕跡を見つけたいという宗教的熱情が生み出した本に思えた。ユダヤ教の信者にはそういう熱情がずっとあったのだろう。熱にうなされた人の神秘的世界だ。西洋が東のはずれにある日本に注目しだしたころに失われた十支族の熱狂が燃え上がったのだろう。

 1872(明治5)年に第一回京都博覧会がひらかれた。そのときマックレオドは会場でユダヤ人そっくりの顔を多数見かけた。明治の日本人がユダヤ人に見えたなんてわたしのほうがびっくりだ。日本人がユダヤ人に見えたりするか。伏見で見かけた明治天皇はユダヤの高貴な家柄の人たちに似ていたという。

 ついには天皇家の祖先はイスラエル王家だった、エジプト王家の血が流れているというあたりぶっとんだ。ユダヤの系図と天皇の系図は似ているが、それは古事記や日本書紀が系図を参考に神話をつくったと考えるのが穏便だというものだ。血や祖先ではないだろう。

 マックレオドは皇族や平家にはヘブライの血が流れており、源氏や北条氏はアイヌ民族であり、徳川もアイヌであり、イスラエルの血が流れた皇室や公家から権力を奪ったのだと歴史を読み解く。しかし秀吉にはイスラエルの血が流れているのだとじつにご都合主義だ。徳川光圀の肖像画をみるといくらかイスラエルの血が流れているようだがとかいう。笑ってしまう。日本人のなかにどうやってユダヤ人の影を見るというのだろう。

 日本と天皇は世界にイスラエルの十支族とエフライムの王家が健在であることを示そうとしているとマックレオドはたからかにうたいあげている。中国と日本、および朝鮮はユダヤ民族のもとに統一されるだろうとうたいあげるのである。こういう立場をなんというのだろう、ユダヤ聖典原理主義というのか。世界の中に聖典の痕跡やしるしを見いだそうという立場だ。日ユ同祖論はその姿勢の中から生まれている。聖典原理主義だ。やはり冷静でも客観的でも科学的でもないのである。わかっているが、文化伝播や文化流入はあったくらいは考えたいが。

 かつて日本がアジアに侵攻したとき、民俗学や人類学は中国や朝鮮人は同じ民族、祖先であったと学術的に調査した。祖先や同一民族であれば、併合や民族統一がなされるのは正当であり、しぜんであるとの理屈で侵攻がおこなわれた。学問や科学といわれるものも「政治」をふくんでおり、「事実」と思われるものであったとしても「政治」に利用されれば国家侵略や征服も正当化されてしまう。事実というものは爆弾をふくんでおり、もし政治に利用したければ事実をも創作・歪曲してしまえとなるだろう。事実は追求したくなるものだが、政治という面からもその影響面を無視してはならないのだろう。

 ユダヤ人が日本人祖先の血に流れているという説はそのような政治的攻略の面もふくまれていたのかもしれない。アジアの国を併合や侵略化してゆくとき、ユダヤ人や祖先が流れ込んでいれば好都合だ。もちろん信者や学者の中にはそのようなよこしまな、功利的な目的はなかったと思う。しかしその知識は確実に国家的併合をもひきつれてくる、あるいは呼び寄せしまう結果を導くこともあるのだろう。知識とは政治的侵攻の先兵である。祖先や宗教が同じであるとされたときにひそやかに侵攻の足跡はしのびよっているのかもしれない。


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Comment

おはよう御座います

知識とは政治的侵攻の先兵である。
どうしちゃったの、うえしんさん。飛躍のし過ぎ。
その昔ノーマンさんが思ったことを書いているだけ。日ユ同祖論、は昔から数多くあって、それなりに、まあそれなりにだけど信憑性もある。私など若い頃、外見的にだけどユダヤ系日本人で納得してました。
ビジネス論を書いているはずなのに、いきなり「かつて日本がアジアに侵攻したとき」などと持ってくるから、空振りしちゃうのよ。

この本は本文にも書きましたが、聖典原理主義というか聖典に書かれた文章――失われた十支族を見いつけようとする情熱にかりたてられて、汎ユダヤ教といった世界観をかたちづくっていました。

日ユ同祖論がどんな背景や事情から生まれたのか、この本はよく示しているように思われました。

西洋がアジアや異国にやってくるとき、まず宗教的同一感が探され、政治的植民地化があとからやってくるという構図も見えるように思えました。

村井紀の『南島イデオロギーの発生』は民俗学が日本の植民地化にどう統合されていったかを考察した本ですが、似たような構図をここに見た気がします。

わたしは『帝国意識の解剖学』とか『表象の植民地帝国』などの本も読んでいますから、知識と政治のつながりについては批判的に見る目をもっています。

あまりニュースでやるような戦争責任とか近現代史の問題は感情的に近寄りたくないと思っているのですが。。
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