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05 17
2010

書評 歴史

『隠された聖書の国・日本』 ケン・ジョセフ シニア&ジュニア

隠された聖書の国・日本 (5次元文庫)隠された聖書の国・日本 (5次元文庫)
(2008/04)
ケン・ジョセフ シニア&ジュニア

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 にわかに聖徳太子はキリスト教をとりいれた創作だったという説を証明したくなった。馬小屋で生まれただなんてあきらかにキリスト教の焼き直しだろう。大和朝廷は中近東や中国でブームになっている聖人を自分たちにとりいれたかったのだ。

 こんにち日本人は仏教を信仰していることになっているし、日本の歴史と伝統は仏教と神道だけだということになっており、キリスト教伝来は16世紀のザビエル以降ということになっている。仏教や神道にはキリスト教の影響などいっさい入っていないと思い込まれている。

 なぜ日本はキリスト教の影響を抹殺したかったのだろう。近代以降日本は先進のヨーロッパから学ぶためにヨーロッパよりはるかに遅れたアジアの国であり、悪しき後進国中国の影響をうけてきたのだという差別的な啓蒙思想を浸透させたかったのかもしれない。またヨーロッパや技術の進歩史観をうけいれるために日本の古代や中世は遅れており、閉ざされており、世界から隔絶していたという過去の後進性を強調しなければならない。つまりむかしの日本はダメだったという歴史否定が近代ヨーロッパから学ぶために必要だったわけだ。かくして「ド田舎ジャパン」という歴史は日本人に啓蒙・教育されてすっかり徹底されたのだろう。

 古代の国際性や文化伝播は抹殺されなければならない。先進のヨーロッパに学ぶためにド田舎ジャパンはおとしめられなければならなかったし、こんにちの推進役となる先進性や優越感はえられない。アジアと仏教のジャパンは劣等と伝統のまゆのなかに切り離されたのである。そして日本固有の文化や単一民族説という神話がナショナリズムに変転強調されていった。先進や優越を煽る思想は不安や差別をもよわせるから、立ち返る安らぎの表象が必要なわけだった。

 ユダヤ人やキリストが日本にきたという説はいつもオカルトや陰謀説まがいやトンデモ言説に思われてしまう。日本は古代ド田舎だったという思い込みと、劣等古代ジャパンが先進であっては困るのだ。古代の国際性はド田舎ジャパンの安らぎを破壊してしまうのだ。優越感の回復という物語をさげずんで相手にもしない。

 著者によるとキリスト教は景教とよばれ、唐では635年から皇帝の保護を二世紀うけたことになっている。朝鮮半島に661年にトルコ人(突蕨)が攻めてきたと『日本書紀』にも書かれているのだ。日本につたわらないわけがないし、キリストの弟子たちは西暦5、60年代にインドや中国に入っていたらしいから日本にもその年代に入っていたとも考えられる。

 しかしキリスト教の痕跡はみごとに仏教の影に隠されているのはなぜなんだろう。古代の渡来豪族の秦氏は景教の信仰をもっていたりユダヤ人だったという話がたびたび出されるが、仏教一色にそまっている。秦氏の太秦は「イシュ・マシャ」(イエス・キリスト)、「だいうす町」はデウス(神)、蚕の社にはめずらしい三柱鳥居があるがキリスト教の三位一体説をあらわしているといわれる。こんにち景教やキリスト教の言葉や情報がいっさいない。国教としての仏教の弾圧があったり、仏教の文化的影響が強すぎたのだろうか。あるいは仏教のなんでもかんでも自分のものにする包摂の力が強すぎたのか。

 著書によると仏僧もキリスト教の影響をおおきくうけたことになっている。親鸞は仏教にない仏の名をとなえれば救われるという説をといたがこれは「主の御名を呼び求めるものは救われる」とおなじだし、空海は『マタイの福音書』をもちかえったといい、高野山の坊さんも景教の影響をみとめているという。まあ、たしかに仏教が進歩や飛躍するとしたら他宗教の思想をとりいれたときだといえるし。光明皇后は悲田院や施薬院、療病院をたてたが、こういう福祉や慈善はキリスト教であって、仏教はこんなことをしないだろう。『法華経』は聖書の焼き直しだといわれている。

 稲荷神社は「INRI」(ユダヤの王ナザレのイエス)からきたというし、八幡神社はイスラエルの神「ヤハウェ」ににているといえるし、ユダヤ教やキリスト教は日本におおきく影響をあたえてきたと考えられる。こじつけっぽい語呂合わせみたいだし、こういうのはほかの朝鮮語のことでもいわれることだが、わたしは古代の文化伝播の大きさを思うから影響はあったと考えるのが妥当だとみなす。

 わたしがこういう説にかたむくのは日本の古代レイラインを知らべてゆくとどうも太陽信仰というのはペルシャであったり、エジプトであったり、世界中で共有されていた世界観だと知ったからだ。太陽が死んでよみがえったり、神や王(天皇)が性交して世界や太陽を生むという神話は世界中で共有されていた。古代から世界観がおなじであったら、文化伝播というのは思いのほか大きなものだったと思わざるをえないというものだ。

 ユダヤ人やキリスト教が古代から日本に入っていたという説は「トンデモ」あつかいされるものであるが、ぎゃくに古代日本の後進性や隔絶を信じる気持ちのほうを問わなければならないと思う。人間はこんにち急に世界とつながったわけではないし、古代から外国や世界の知識や情報をかかんに求めてきたものだと思う。こんにち急に技術の進歩によってとつぜん世界を知ったわけではなく、古代から人間は世界を知りたがっていたのだと思う。常識的に考えればふつうのことだと思うが、こんにちの先進性と優越性を推進力にしたい人は古代は「ド田舎ジャパン」とバカにしなければわたしの自尊心や努力は救われないということである。

 「日本は島国で世界からとりのこされていた」というだれもが口にする日本の思い込みこそ、なんのために信じられ、なにに利するのか考えたほうがいいだろう。


『大和民族はユダヤ人だった』 ヨセフ・アイデルバーグ

でもやっぱりトンデモ臭がするなあ。。(笑)
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