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05 01
2010

おすすめ本特選集

社会を知るためのおすすめの10冊

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 社会を知るためのできるだけ古典的なハクのつきそうな本を選んでみた。理解できたり、おもしろくないとその本を読んだ意味がないのだが、わからない場合でも読んだだけでハクがつくという特典つきの本である(笑)。おもしろいということはその知識が自分にとって意味と価値があるということなのでその感覚を信じて探索をすることが大切だと思う。

 社会を知るというのは社会のありようを知ることと同時に、人はなぜそのような行動をおこなうのかという理由を探ることだ。行動の意味と理由を知ることで人や自分はなぜそのような行動にうながされるのかを客観的に見られるようになるし、むやみな益のない行動に駆り立てられることがなくなるし、その行動をおこなうべきかやめるべきかの判断力も養うようになれる。ワケもわからずにふりまわされていたものから、制御する立場に立てるのだ。社会を知るということには行為の客観視というご褒美がつくのである。

 選んだ本の基準としてこんにちの人の原動力や駆動力となっているものの究明に役立ちそうなものを選んだ。いまの社会というのは消費社会である。人はモノを買うために働き、モノを所有するために朝から晩まで働く。人はなんのためにそんなにモノを必要とし、モノの欲望にとり憑かれているのかということの究明なしにこの社会を知ることはできないと思う。

 また自己実現やステータス、人や世間から認められることに生涯を賭けてつっぱしる社会でもある。わたしたちはなぜそんなに人や世間から認められたいのか、承認や認知がなければ人は生きてゆくことができないのかと問うことも必要だろう。

 労働についてもとうぜん問わなければならないのだが、社会はあまり労働について問わない。生活や金を稼ぐためにとうぜんであり、働かないものは食うべからずや、選択肢はないと思って問わないのかもしれないが、思考停止のおかげで社会はニートやひきこもりを生み出すことになったのだと思う。労働をあたりまえのものと思い、意味も価値も問わない社会はしっぺがえしを喰らう。


4488006515 自由からの逃走 新版
 東京創元社 1965-12
 エーリッヒ・フロム
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フロムほど人間洞察に鋭い社会学者はいないと思う。人は自由を手に入れるとその恐ろしさから逃走をはじめるのだ。そして世論や常識、権威といったものの隷属や服従にからみとられてゆく。王や貴族の権力はなくなったが、画一化の強制にみずから服従するようになっている。目の見えない匿名の権力の縛られながら、われわれは生きている。自由な社会といわれるものは広大な空間にひとりで放り出されるようなものでみずから内面の権威や規範に服従してゆくのだ。フロムの警鐘がこんにちも古びることはない。

4480082093 大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)
 オルテガ・イ・ガセット
 筑摩書房 1995-06

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大衆とはみんなと同じことに満足し、それを正しいことだと万人に強制する愚かで恐ろしき人たちの群れをいう。凡庸で平均的なかれらは卓越したもの、個性的なもの、特別な才能をもったもの許さない。自分たちと同じでないことが我慢できないのだ。そういった大衆が暴虐のかぎりを尽くしているのがこんにちの社会だとオルテガは批判した。画一化し、均質化する社会の恐ろしさ、愚かさはこんにちでもとどまることはない。

4314007001 消費社会の神話と構造 普及版
 ジャン・ボードリヤール
 紀伊國屋書店 1995-02

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消費社会論の古典であるこの本は少々むづかしいようにわたしには思われたが、消費社会の記号や意味を批判的に読みといたということでこんにちでもその意味をうしなっていないだろう。われわれはなぜモノを買い、消費にとり憑かれているのだろうか。われわれはモノの「機能」を買っているのではなく、「記号」を買っているのだ。消費や人生のありかたについて問い直すためには読んでおきたい本であるが、難解かも。

4003420810 有閑階級の理論 (岩波文庫)
 ソースタイン・ヴェブレン
 岩波書店 1961-05

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有閑階級というのは耳慣れない言葉だが、まあブルジョアジーや金持ちという意味だろうが、こんにちのわれわれは彼らのような消費生活を送っているのでかれらがなぜ「見せびらかし的消費」をおこなうのかといった分析はわれわれにも適用できるだろう。なぜ人は消費や所有に駆り立てられるのか。どうして金持ちは仕事に適さない格好をするのか。なぜ金持ちは仕事をしないでよいことをそんなに見せびらかしたいのか。消費や所有の原動力を分析したこの本はこんにちのわれわれの合わせ鏡を見せることだろう。

4061594400 恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)
 ヴェルナー・ゾンバルト
 講談社 2000-08-09

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マックス・ウェーバーは宗教的禁欲が資本主義を生み出したと主張したが、資本主義の原動力なんて贅沢と女のために決まっているだろう。むかしイギリスでは階級を無視する贅沢な衣装が一般にもひろがったので、しょっちゅう贅沢禁止令を出さなければならなかった。ホンネやゲスな部分で資本主義の原動力をあぶりだしたという点で本書の意味はあると思う。「カネと女だ」――身もふたもない資本主義の駆動力はこれしかないというものだ。

4087734404 もうひとつの愛を哲学する ―ステイタスの不安―
 アラン・ド・ボトン
 集英社 2005-11-04

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この本はものすごく価値のある本だと思う。3千2百円としょうしょう値が張るが。どうしてわれわれはステータスや名誉をほしがるのだろうか、どうして人から認められたり、承認がほしいのだろうか。人から重要で価値のある人間だと認められたいのだろうか。人間の歴史というのは人から認められるため、重要で価値のある人間だと認められるための歴史だといっていいだろう。ボトンはそれを親や恋人に愛される個人的な愛とちがう、もうひとつの世間への愛だといった。われわれはこの愛の欠乏と衝動にずっと駆り立てられてきたのだ。ずっと意味も価値もない人間ではないと「泣いてきたのだ」。われわれはこの愛の衝動とどう向き合い、対処し、克服するべきだろうか。たいせつなものがいっぱいつまった本であると思う。

4480082964 ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)
 ポール・ウィルス
 筑摩書房 1996-09

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学校への反抗や過重労働からの忌避感がこんな社会学書に鋭く分析されていると思わなかった。学校に反抗したり、勉強をほっぽり出したり、会社や仕事にしぼりとられるのを避けようとすると、おのずと労働者階級のヒエラルキーに位置づけられてしまうことになってしまう、ウィルスはそんな分析をおこなった。学校や社会への反抗、逃走をこころみようとすると、社会の底辺や肉体労働におしこめられてしまうという逆説をウィルスは指摘した。学校への反抗が労働者階級のイスを用意しているとはよくできたものだと感心する。学校や仕事に対する態度を再点検したくなった本である。

4582761127 日本残酷物語〈5〉近代の暗黒 (平凡社ライブラリー)
 平凡社 1995-08
 宮本常一、山本周五郎 監修
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近代の労働者の声や顔がなまなましく蘇ってくる名著である。おじいちゃんやおばちゃんが生きてきた歴史が垣間見れる本である。大阪の日雇い労働、港のスラム、女工、タコ部屋、漁夫、炭鉱労働、農民や地主、娘売りなど、さまざまな労働者が等身大のすがたとしてよみがえってくる。現代のわれわれはむかしの人の働いていた実情や歴史というものをほとんど知らない。この本を読むとむかしの労働者の思いや嘆き、悲しみが手にとるようにつたわってくる。一篇の映画やドラマを見ているかのようだ。

4094081496 マンウォッチング〔文庫〕 (小学館文庫)
 デズモンド・モリス
 小学館 2007-03-07

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社会についての本というよりか、動物として見た人間の観察記録である。これがまたすごい。行動や姿勢から人間の意味やディスプレイ、メッセージを読みとる。われわれはふだん無意識にこの意味を読みといているのだろうが、それを意識化や言語化されることはない。あらためて知らされると人は無意識に言外の意味やメッセージを発していたのだと驚かされることしきりである。このもうひとつの言語を読み解くことは「悪魔的」だと思う。ある意味、禁断的な知識に思える。意識の外にありながら気づいていることの言語化は禁断の知識に触れている気持ちにさせる。動物的秩序や動物的序列、支配や服従というディスプレイをあからさまに見せるからだろうか。この本は読んだ後からじわじわとすごい本だと思い出したのだが、いまはどこにいったかわからないので新しく買わなければならないかな。いま出ている本は縮刷本ぽいけど。

4480088644 夜這いの民俗学・夜這いの性愛論
 筑摩書房 2004-06-10
 赤松啓介
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目からうろこ。世界観が変わる。いまの性愛観は恋愛主義だとか処女信仰だとか貞操、一夫一婦制がふつうだが、ひとむかしまえの性愛風俗はそんな堅苦しいものではない、「ブッとんだ」ものだった。「あんたのムスコはうちがオトコにするから、うちのムスコをオトコにしてやって」、7、8の子どもに「オ前、女のモンみたか」といって嫁ハンのマタを開いて毛の生えているのを見せる、ムラの年長の女性、かかあ、後家などが若い衆の性教育をし、男も女も初交など問題ではなかった、夜這い先で母と娘がかちあうといったこともあったそうだ。老いも若きも男も女も入り乱れてといった様相だが、昭和のはじめころまで残っていて、近代化をめざす政府のとりしまり、あるいは都市化によって衰退していったのだろう。これは農耕の豊穣祈願や宗教と関係があると思うのだが、このブッとんだ性愛事情を知れば現代の恋愛観や貞操観がつまらないことに見えてくるだろう。


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