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04 20
2010

社会批評

ヤンキー文化と下流階層と大企業成功コース



 中学高校くらいにヤンキー文化の洗礼をうけなかった人は少ないと思うけれど、かれらはなぜ発生し、なぜ力をもち、社会のなかにどう適応し、消えていったのかと疑問に思わないだろうか。あんなに一時期力をもったかれらは社会に出るころはほとんど力も姿もなくしてしまうのだ。ヤンキーとはなんなのだったのか、疑問に思わないだろうか。近年、社会学的に問いなおす動きも出てきているらしい。「エリート-東京志向」とはべつに「底辺-地元志向」のカルチャーというものが日本を支えてきたのではないかという考察だ。

ヤンキー文化論序説ヤンキー進化論 (光文社新書)ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち

 ヤンキーは中学高校くらいにワルや不良として教師や学校に反抗し、生徒や地域に怖れられたり迷惑がられたりして優等生あるいはおとなしいほかの生徒を支配し、一部は暴走族やヤクザになってゆき、学校を卒業するころにはワルも卒業し、イメージ的には土方やトラック運転手などの肉体労働についてゆくと思われている。

 ツッパリやワルとして名をなした彼らは大学進学-大企業コースという一般の成功コースからはなれ、社会の栄光コースからはやくに離脱する。もっとも学業に離脱したからワルになったといえるが。芸能界にはヤンキーあがりのタレントがおおくいるといわれるが、矢沢永吉や和田アキ子、島田紳助などはヤンキーあがりである。

 エリートコースやマスコミからの影響力、ビジネス社会の成功者としてヤンキーが再浮上することはないのだが、彼らの意味や役割はなんだったんだろうと疑問がのこる。彼らは社会での栄光や成功をはやくに終えてしまい、肉体労働や底辺労働で社会を支え、早熟早婚で地元で健全なファミリーを形成し、保守的な生活をおくる。

 反体制、反抗的なスタイルはどうして成人後もつづかず、社会の一定の反対勢力、不穏な対抗文化として育っていかないのだろうか。ヤクザへの流入は少数はあると思われるが。ある意味ではひじょうに体制補完的、体制奉仕型の人生をおくる。ワルやツッパリというのは社会の逸脱を標榜しておきながら、皮肉なことに彼らはほかの者の逸脱を防止し、規範を守らせ、社会の保守的体制の守護神的役割をはたすのではないかといいたくなる。その後の保守的で非上昇的なファミリー志向はいっときのワルやツッパリの攻撃的傾向と対をなすのである。なぜワルや反体制のアイデンティティが継続し、社会の大きな勢力をかたちづくらないのだろうか。彼らはどこに消えたのか。

 中学ころに少年は肉体的に成長し、ケンカや暴力でのヒエラルキー、位階秩序が形成される。彼らは学校や教師に反抗し、威嚇や攻撃、非情さでほかの生徒たちを圧倒し、勝利し、ヒエラルキーの上位を支配する。威嚇の戦略といえる。規則から逸脱した学ランや茶髪などの頭髪は反学校-反教師のシンボルであり、そして他生徒の威嚇と脅しに使われる。学業成績において彼らは劣者であり、無視や侮蔑される存在であり、ゆえにその学校成績ヒエラルキーに対する不満や異議申し立てをおこなっているといえる。彼らは学歴社会-成績ヒエラルキーの反逆児なのであり、彼らはその時点で学歴-大企業-東京コースからの脱落、逸脱を決定づけられ、あるいは意志している。かれらはいずれ肉体労働や下流階層に入ってゆくのだろうか。

 ヤンキーカルチャーは大きな勢力を形成しているのだが、学校時期に終わってしまい、労働やビジネス社会でふたたび勢力を得ることはない。マスコミや東京中心の価値観やヒエラルキーからすっかり置き去りにされ、学歴-大企業ヒエラルキーの社会の中で日の目を見ることない。地元志向で上昇志向もなく、早婚カップルをはやくに形成し、子育てファミリーとして保守的な生活をおくる。

 近年騒がれた「下流階層」といったものをかれらが形成していた場所と共通するものであり、日雇いフリーターやニートの若者にはかれらがおおくふくまれているのかもしれない。しかし東京-学歴社会からはかれらは不可視なのか、ヤンキー階層とそれらが重なるのか、言及されたことは少ない。信憑性はない説なのだが、古代に渡来人系の先進民族が社会を支配し、原日本人がそれぞれ地方や山間に潜伏したという説と重なる絵が見えたきそうだ。ヤンキー階層はこんにちのメディア-東京一極支配社会から完全に不可視なのだが、地元志向のかれらは地方でひとつの潜在的階層を形成しているのかもしれない。

 自民党の土建支配はこのヤンキー階層をこれまで掌握してきて、第一党にすわりつづけてこれたのではないか。学歴志向が中央官庁の官僚世界を序列づけてきたとするのなら、ヤンキー階層は土建世界を支えてきたのだ。田中角栄は列島改造論においてヤンキー階層を掌握し、学歴-頭脳世界と対抗するかたちで肉体-土建社会をかたちづくってきたのではないか。角栄はめずらしく中卒の首相だったが、もちろん団塊世代いぜんの多くの人は中卒で働いたものだ。中央エリート階層とヤンキー肉体労働階層は学校においてそのカルチャーや価値ヒエラルキーの火花を散らすのかもしれない。

 頭脳と肉体の対比は女と男のジェンダー対比でもある。学歴志向が女性的とするのなら、ヤンキー志向は男性的だといえる。ヤンキーは男らしさを志向して、教師や学校と対抗し、威嚇と暴力で学校社会のヒエラルキーをのぼり、その強さで女性にモテて、はやくに結婚、出産し、土建労働で養い、保守化してゆく。学歴志向が革新派とするのなら、ヤンキー階層は日本の保守派かもしれない。学歴エリートは晩婚化する一方なのだが、ヤンキーははやくに自立志向が強く、学歴に頼らす、腕一本で食っていこうとし、早婚であり、保守的な男女観をもっているとされる。高学歴者は男女平等や女性の社会進出を肯定する層ではないのか。男らしい生き方と女らしい生き方の対立軸でも、学歴志向とヤンキー志向は対立づけられるかもしれない。

 わたしは中学のときにヤンキーの暴力的で威嚇的なヒエラルキーやあり方にすっかり嫌気や不快感をもったのだけれど、なんであんな人たちが生まれ、階層的な学校社会を形成したのか、ずっと疑問と不可思議な感じにとらわれてきた。恐ろしくて近寄りたくないし、しかし絡まれたり、目をつけられるのもいやだから、みんなと同じようにおとなしく、できるだけ関わらないようにしてきた。高校に出るとそんな連中がいなくてほっとした。社会に出るともっとそんな人たちと出会わず、やさしく親和的な人たちばかりであることにほっとして安心した。どこかにあんな連中の性質が出てくるのではないかと不安だったが、杞憂というものだった。ヤンキー社会の恐れというのは学校を出てもしばらくつづいたのだ。社会のヒエラルキーはヤンキーの階層で序列づけられるのだとも思っていた。

 しかし月日がたち、あんな連中から遠く離れ、社会が学歴や大企業ヒエラルキーでかたちづくられているのを知るにつけ、あのヤンキー連中は社会のどのような階層におちつくことになったのかわれながら心配に思うようになった。彼らは一時期、番をはるといったような社会的な活躍や暗躍を見せつけた後、栄光と頂点を一瞬で終えるように社会の中に消えていったのだ。セミが七日間地上に出るような活躍をしただけだった。ますます彼らはなんだったんだろうと思わずにはいられなくなった。

 できれば彼らの考察と観察、分析が進むように願いたいものである。いまも学校でヤンキー諸君と闘い、おおくの教師が精神疾患で倒れている現状を見ると、学校関係者は一刻もはやく彼らの生態や分析、対応策が見つけられることを望まずにはいられないというものである。学校関係者たちはわたしが一刻もはやく離れ、二度ともどりたくないと思っているヤンキーの戦場でいまも戦っているのだ。あるいは彼らのカルチャーやヒエラルキーの中へ――学歴-大企業ヒエラルキーから順応してゆかなければならないのだろうか。学校というのは学歴階層のヘリポートではなくて、ヤンキー・カルチャーの巣窟なのである。


マンガには豊穣なヤンキー文化がありますね。へたれなわたしからすると非情で暴力的な存在を育てる「有害図書(笑)」になるんですが。といっても男はヤクザ映画とか任侠もの、西部劇なんか見てカッコよくて暴力的な男に憧れるのはどうしようもないのですが。

俺たちの好きなBE-BOP-HIGHSCHOOL―ツッパリ青春漫画の傑作と80年代ヤンキー伝説 (別冊宝島 (888))BE―BOP―HIGHSCHOOL(1) (ヤンマガKCスペシャル)工業哀歌バレーボーイズ(1) (ヤンマガKCスペシャル)クローズ 1 (少年チャンピオン・コミックス)ドロップ 1 (少年チャンピオン・コミックス)

ハイティーン・ブギ 1 (セブンコミックス)ホットロード (1) (マーガレットコミックス)エリートヤンキー三郎(1) (ヤンマガKCスペシャル)伝説の頭翔 1 (少年マガジンコミックス)ヤンキー君とメガネちゃん(1) (講談社コミックス)

新・花のあすか組! 1 (Feelコミックス)男一匹ガキ大将―本宮ひろ志傑作選 (1) (集英社文庫―コミック版)ろくでなしBLUES (Vol.1) (ジャンプ・コミックス)ROOKIES (1) (ジャンプ・コミックス)湘南爆走族 完全版(1) (KCデラックス)

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Comment

わたしも中学くらいのころ、ヤンキー風のいわゆる「不良」とはまったくあわなかったですねぇ。
日雇い派遣の営業も彼氏がもと暴走族の姉御肌で、まるでコンビニ等においてある少年マンガから抜け出てきたような不思議な存在でした。
当然(?)彼女をはじめ営業陣との相性は悪かったです。営業にはもと不良めいた人が何割かはいましたね。正直、怖くて近寄りがたかったです。

民俗学の柳田國男が唱え、網野史観や形態人類学やDNA解析からも裏づけられている縄文人または倭人のいるところに大陸から弥生なり天皇を中心とした勢力が何度も散発的に日本列島にやってきたとする説がありますね。
それらの説とのアナロジーでヤンキーを語れるかは疑問です。
だったらかつてオホーツク人、その遺伝子を一部は受け継ぐアイヌのいる北海道にはかなり別の文化がなければ説明がつかないです。
ヤンキーは日本海側には少ないが、太平洋側には多いとする話ってありますか?
畿内ではヤンキーは少ないんでしょうか?
ヤンキーは沖縄・奄美・南九州、東北・北海道には多いがそれ以外の地域には少ないという話もあるのでしょうか。
そのあたりがはっきりしなければ、単に江戸・東京中心の視点でヤンキーを見るオリエンタリズムならぬ南北イズム的偏見ということになってしまうでしょう。

ヤンキーについてはわたしもまだまだ不勉強です。かなり前き櫻井という評論家の不良少年についての新書を見たのですが、マンガ等のメディアにあふれる不良のイメージだけを追っていくもので、あまり満足できなかった記憶もあります。
なにかいい本があるとうれしいです。

ヤンキーはどこへ消えた?

ヤンキーは遺伝的な要素はまったくないと思います。反抗の性格がキツイものがヤンキーになってゆくだけしょう。ただけっこう早婚の繁殖戦略はもっているようで、オトナになるのが早い早熟系がヤンキーに魅かれてゆくのかも知れません。

エリート系は晩婚ですね。それだけ知識を仕入れたり、一人前の立場になるのは遅い仕事系なんでしょう。

マスコミや受験エリート系とちがった戦略で生きるヤンキーというのはけっこう日本に多くいて、言葉やシンボルを扱う仕事と縁遠いから、かれらが言葉やデータとしてなかなかとらえられませんね。ヤンキーと土建国家はつながっているのかもしれませんね。

わたしの中学のころはヤンキーたちが大暴れして、たいへん恐ろしかったです。なぜあんなカースト社会ができたのかいまもって知りたいと思っています。

しかしかれらは反学校文化をつくったのになぜ反労働文化を形成しないのかナゾです。ひとしれずニート層をつくっているのかもしれませんが。


いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

元ヤンキーです。

地方に産まれ、もとヤンキー上がりの東京在住者で、大企業とは行きませんでしたが、
大学生活を過ごした後、それなりの企業で髪を元の黒色に戻し、
現在は、頭脳労働者として自活しているもの(35歳)です。

やや「ヤンキー」という定義を画一的に観られすぎているように思いますが...

ヒエラルキーというものはヤンキーの世界のみならず、どこの世界に置いても
価値観を押し付けて、早く体制を作ったもの勝ちの法則があります。
中学時代のヤンキーは腕力によるヒエラルキーを形成します。
体制に気がつかない非ヤンキーに対しては腕力により威嚇することで安泰をはかります。

こうした形で「ヤンキー」という流行を作るのです。
つまり、非ヤンキーはヤンキーによるヒエラルキーに勝手に参加されます。

しかしながら、義務教育期間が終わりに近づくにつれ、この流行にも終わりが
訪れ、ヒエラルキーの無効化が訪れます。
ここでヤンキーは自身の転化を迫られます。
主な選択肢としては、
1.ヤクザになる。
2.土建屋の親方になる・目指す
  (ヤンキー時代の行動の場を、社会に移し、企業体として独自のヒエラルキー形成を行う)
3.学歴志向ヒエラルキーに乗っかる

などが上げられ、若かりし頃の私などは、1.の世界も若干覗いてみましたが、
一般社会よりも、生存競争が激しく、一般社会では比較できない程の格差社会が
形成されているので、№1にならないと惨めな思いをすることになるのでやめました。

残るは、2か3という選択肢になりますが、競争相手が多種多様で他への転化も
しやすそうという事で、私は3.を選択しました。

現在は、社会人として都内で働き、法的に言うと高額所得者に数えてもらっています。
(もちろん違法行為等は行ってません。ただのサラリーマンです。)

>「あのヤンキー連中は社会のどのような階層におちつくことになったのかわれながら心配に思うようになった。」
との事でしたので、例としてお話をさせて頂きました。

>「反体制のアイデンティティが継続し、社会の大きな勢力をかたちづくらないのだろうか。」
ヤンキーにとって反体制は、主義や思想ではありません。
だから続けないものが大半なのです。ヒエラルキーの恩恵を甘受するには、
威嚇で恐怖を与られる人も含めて多くの賛同者が必要なのです。


ちなみに、マスメディアなどで取り上げられる30歳を越えても茶髪で
「下流階層」と呼ばれるような「ヤンキー」を続けているような人もいます。
彼らはかの時代の流行の終焉に気がつかず、上昇志向も持たない生き方を
確かにしています。いわゆる元ヤンキーの中での「落ちこぼれ」です。

しかしながら、これはヤンキーの世界に限った話ではなく、
学歴志向ヒエラルキーの中で努力をし、希望の大学に受かった途端に
上昇志向を無くしてしまい就職できない「落ちこぼれ」

また、大企業に入社した段階で、その企業のヒエラルキーを感じる事が出来ず、
福利厚生などを甘受するだけして、自分の義務に気づかず、自立出来ず、
家では「満点パパ。」といった「落ちこぼれ」もいると思います。

わたしも元ヤンでしたが

上記題名にあるように、全てのヤンキーが世の中の低所得層に至っているわけではなく、あくまで割合的に多いor元ヤンという過去を公言していないだけではないでしょうか?都心では芸能関係、ベンチャー、コンサル、飲食、風俗関係など人脈などから成り上がっている人も数多くいると思います。関東圏では建設業系の経営者など地位名誉金を築いている方も多いと感じます。わたし自身は、中学は行って居らず、高校も通信でしたが、高校時代に結婚出産し、出産を機に大学卒、正看護師資格取得、カウンセリング取得、現在不動産投資、子供8歳、25歳にして学歴、年収共に問題なく、子育ても出来ていますよ。多少刑罰の過去により国家試験時期に影響は出ましたが、結局、学歴年収には元ヤンは関係なく、個人の努力、人間力によるのかと思いました。
ちなみに、わたしの知っている低所得層の元ヤンたたちは、低学歴低所得でも人生を主体的に、多くの人に囲まれて生きている人が多いですよ。

A 裕福な家庭で育ち成績優秀
B 裕福な家庭で普通の成績
C 裕福な家庭だが勉強苦手 いじめ対象

D 普通の家庭で成績優秀
E 普通の家庭で普通の成績 マイルドヤンキー
F 普通の家庭で勉強苦手 ヤンキー orいじめ対象

G 貧乏だけど成績優秀
H 貧乏で普通の成績 マイルドヤンキー
I 貧乏で勉強も苦手 ヤンキー or いじめ対象

途中からごちゃごちゃしてきたなw
ここに運動能力を追加すると更に訳が分からなくなる。
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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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