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04 18
2010

集団の序列争いと権力闘争

『教育をぶっとばせ』 岩本 茂樹


教育をぶっとばせ―反学校文化の輩たち (文春新書)教育をぶっとばせ―反学校文化の輩たち (文春新書)
(2009/05)
岩本 茂樹

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 これはよかった。すばらしい。わたしの知りたいことがここに書かれていると思った。逐一、隠された情報をもらさないように慎重に読み進めなければならなかった。わたしの「GREAT BOOKS」に選出しようかどうか迷ったが、あまりこの系列の本がないということで選出しておこう。

 関西の夜間定時制高校に通うワルたちの関係や抗争の日常をえがいた教師のルポタージュであるが、フィールドワークをおこなっているといえるか。わたしの知りたいことというのはワルや不良たちが教師や学校となにを抗争しているのかといったことや、強さや力、権力が日常の中でどう誇示され、競われ、呈示されるかといったことだ。まさしくずばりのことがこの本に書かれている。

 このジャンルのことをなんというのだろうか。わたしはいろんなジャンルからこの情報を読みとこうと努力してきた。たとえばデズモンド・モリスの『マン・ウォッチング』やフランス・ドゥ・ヴァールの『チンパンジーの政治学』、あるいはポール・ウィルスの『ハマータウンの野郎ども』といった本や、ピエール・ブルデューの『ディスタンクシオン』も合わせていいか。人間が日常の関係の中で力や序列、優越や劣等といった序列をどうあらわし、どのような要素を武器に序列をつくり、ディスプレイし、抗争や認識をおこなっているのかといったことだ。ボディ・ランゲージや非言語コミニケーションにあらわされる権力や序列の関係だ。

 そのものずばりの本がなくて社会学でやっていないかと思うのだが、しかたなく動物行動学の本で探さざるをえないし、ウィルスやブルデューのような本はほかにないかと探してきた。アーヴィング・ゴフマンの権力版・政治版はないかということだ。

 この本の著者は中学の教師を十二年、全日と定時の高校を五年と十二年やってきて、関学の社会学部で教えている。内田樹に本の内容を語り、推薦文が帯に書かれているから神戸女学院にも教えにいっていたのか。内田樹は「教育崩壊」や「戦況報告書」といったワードを重ねているが、人間の権力序列や政治をフィールドワークした本だといえるだろう。人間のボス山争いを言語化した本や試みはそうそうないのである。だれもが日常のなかでくりひろげておきながら、言語化せず、認識もしないジャンルだ。無意識や前意識のなかでひじょうな闘争をおこなっているものなのだが。

 著者は定時制高校に赴任した初日、いきなり呼び捨てで生徒から「おい、岩本。百円やるさかい、ジュース買うて来い」といわれる。この教師の力が上か下か、ヘタレか強いか試しているわけである。無視すればヘタレ(弱い)と見なされ、生徒にいいようにあしらわれる一年間を用意してしまう。著者は「二百円やったら行くけどなぁ」とかわす。著者は評価されたと思っているらしいが、どなったり、怒ったりするほうがおのれの強さや威厳を示せたのではないかと思うが、自分のキャラに合った方法を選ぶのがいちばんなのだろう。

 定時制にかよう生徒はワルや不良や、あるいは不登校や経済的事情で来たりする。昼間働いており、ほとんどオトナのようなものであり、まだ中学の反抗や暴力的傾向をおびていたりする。教師もナマミの人間としての強さや弱さで測られ、生徒たちの序列のなかに組み込まれてゆく。中学からそうで、肉体的な力をもった中学生に人間としての強さ弱さで測られ、ヘタレと値踏みされた教師はずっと生徒にナメられ、まともに授業をうけてもらえなくなる。そういう抗争や闘争――動物としてのハダカの強さ弱さの序列が学校にはあるのだが、実社会よりそうとう厳しい暴力序列があるのだが、まちがって成績のよい高学歴のヘタレ教師が入ってしまったら最悪だ。ほかの民間企業のほうがよほど暴力的序列は弱いといえるのに。わたしの長年の疑問として中学はどうして暴力的序列がはびこる場所になってしまったのかという問いがある。

 この本は教師をなぐっても父親が怒鳴り込んできて退学にできなかった真木という生徒と、中学でワルとして名の通っていた星川のふたりの関係を中心に反学校文化の内実が語られてゆく。星川は著者に絡んでくる人物であるのだが、クラスをひっぱってゆく人物として著者は判断する。ボスや序列を教師は読んで、関係を結んでゆかなければならないのである。定時の高校生は昼間働いており、喫煙や飲酒がいっしゅ公然として許される社会に一歩ふみいれており、しかし高校では許されないふたつの社会を行き来している。その合間をうまく立ち回ることに「抵抗のエクスタシー」があるのだと著者は読む。ほかに生徒のいたずらは退屈な日常と変化の乏しい日常生活にドラマやカーニヴァルをあたえてくれるプレゼントだと見なしている。

 定時にかよう女生徒は昼間の生徒からさげずんだようなことばで「テイジ」といわれ、すごく落ち込むのだが、不良の格好をすることが屈辱的な思いをさせた女たちに暴力ではなく黙らせることのできる武器であることを悟り、金髪とミニスカートいう不良の格好であらわれるのである。もはや教師の権力に近い力が付与されたことを知るのである。高校の制服というのは序列化された学校間格差のシンボルである。生徒たちは制服や頭髪に変形をくわえることによって抵抗というアイデンティティを手に入れるのだが、制服が自由化されればそのアイデンティティがなくなってしまうので、ワルたちはあわてて制服への復帰を願うのはこっけいであった。

 第五章の「蟻地獄」の章で著者、岩本の胸ぐらをつかんだ生徒の処分をめぐる騒動が書かれている。けっきょく非があるのは岩本のほうであるという生徒の証言を教師たちが肩をもったことで、処分に白黒がつけられない結果に終わってしまった。著者は教師同士はおたがい守りあうという信頼を打ち砕かれる。教師のつながりより、生徒とのつながりが教師には大事なのである。教師は上から権威として投下されるのではなく、生徒の序列と関係のなかでつながりを維持していかなければならないのである。著者には事件のそのとき無関係な質問をしてきたある女生徒の物事を消し去ろうとした行為にあとからながら敬服するのである。

 第六章の「分かち合えない関係」では「殺すぞ」と脅した生徒と教師間の処分の交渉が描かれている。岩本はまたしても教師と生徒たちのタッグに歯がゆい思いや幻滅を感じる結果に終わるのだが、自分の心の傷と無念さが語られている。著者は親密さをもとうとした生徒に冷たい拒絶をうけて消沈の心を謝罪で回復しようとしたのだが、はかの教師との親密さをあてつけられてしまう。この章で著者は親しさの拒絶に「泣いている」と思われるのだが、この生徒は教師の親しさの接近を警戒して、拒絶したのではないかと思う。教師にとりこまれたくなかったのだろう。距離感の失敗である。親しい人からの拒絶ほどショックなことはないのだが、著者はその心の回復を処分という教師の特権で計ろうとしたので、負けてしまったのだと思う。

 七章では赤点を変えろという親との交渉がえがかれている。根底には生徒たちの能力を常日頃からバカにする教師との確執があって、生徒は抗議や改善を要求していたのだが、その私憤を教師が赤点をつけることによって晴らしたという疑念があった。モースの『贈与論』が出てくるのだが、とうとつという感じがする。八章ではすっかりおとなしい生徒として偽装した生徒がじつは暴走族のヘッドだったという話が出てくる。どうやって学校文化にとけこんでゆくのかはらはらしながら読んだ。

 長くなってしまったが、この本には強さやパワーゲームの言外の意味や記号を読みとく情報がたくさんつまっていると思う。交渉やパワーゲームの宝庫や発掘所だ。どうやって序列が測られ、どうやって序列づけられてゆくのか、序列の優劣はどこでなにによって位置づけられてゆくのか、そういった記号や意味がたくさんつまっている。その記号をたくさんのこしておくためにはルポタージュのような関係の記述がいちばん適しているのを著者は知っているのだろう。

 この本はまさに「サル山のボス争い、権力闘争」が描かれた本だと思う。人はなぜかその現実を記述化、言語化してこなかった。手の内を見せられないということか。あるいは日常のパワーゲームや権力、序列といったものはタブーであり、人に見せるものではなかったのだろうか。われわれはだれしもがこのパワーの網の中をくぐって大人にならなければならないのに、学問はこの言語化、知識化を拒んできたのである。この本はその風景を言語化、意識化しようとした試みになるだろう。反学校文化を記述しようとした試みなのであるが、われわれの日常の権力序列のありかたも曝し出すゆたかな本になっている。こういう記述って教育関係の本にたくさんあるのかな。巻末に参考文献をあげてほしかった。


人間の権力序列
マンウォッチング〔文庫〕 (小学館文庫)チンパンジーの政治学―猿の権力と性ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)ディスタンクシオン <1> -社会的判断力批判 ブルデューライブラリー儀礼としての相互行為―対面行動の社会学 (叢書・ウニベルシタス)

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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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