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04 12
2010

TV評

『わが家の歴史』とはアンチ昭和的家族か



 三谷幸喜の『わが家の歴史』をみた。昭和2年から昭和39年までを描いた大河ドラマで、三日連続放送でスケールの大きさや歴史の中の家族や人物を描いた設定はたいへん好ましく思うし、この状況やドラマにいつまでもつかりたい気持ちにさせるものだが、感動や感激はより少なかったと思う。

 とうじの有名人や歴史的人物がつぎつぎに出てくるのだが、ご都合主義的にかれらがあらわれ、必然性がほとんど感じられなかった。物語のリアリティーや納得が感じられなくて、三谷幸喜は物語をなめていると思う。おもしろさや楽しさのために話をひろいあつめて、つめあわせで見せる。どうしてもかれらが出てこなければならない必然性なんかさっぱりないのだ。三谷幸喜はふざけすぎて、いつもこういうご都合主義で物語をつくるのだが、物語のウソやつくりごと感をいかにドラマから消すかということがドラマ創作の基本という気がするのだが。

 昭和の典型的な家族の物語を出すと思っていたら、柴崎コウは愛人だし、佐藤浩市はクラブの社長だし、西田敏行の父親は事業に失敗ばかりするダメ親父だし、家族はアカの他人である佐藤浩市の経済力に頼りつづけるヒモ状態の家族である。典型的な昭和の家族、サラリーマンの家族を描いた物語ではないのである。なぜ三谷はこの家族を昭和の歴史にもってきたのだろうか。感情移入や親近感はここで断ち切られたように思う。ウラの歴史であって、ふつうなら日陰といわれる人たちの物語であり、正規の歴史ではないのである。

 三谷幸喜のインタビューでは鎌倉時代の源頼朝に嫁いだ北条政子の家族を模したということらしいが、なぜそれを昭和の歴史に重ねるのだろう。まあ、三谷は昭和の典型的な家族のイメージ、肖像を壊したかったのかもしれない。昭和というのは画一や均一のイメージで家族や人がとらえられた時代だ。人が郷愁するのは共通的な家族イメージがあれば便利なのだが、ほんとうの人の人生やありかたはさまざまで、多種多様なものだ。典型イメージというのは人のさまざまな生き方、人生をひとつのステレオ・タイプにむりやり押し込めてしまうところがある。典型イメージの狭い箱に人生が押し込められるほど人の生は単純ではなかったということをいいたかったのかもしれない。

 昭和の典型的な家族像の破壊だ。それは多種多様な人生の肯定である。おもえば昭和の人生コースというのはじつに狭隘な生き方を強要したものである。夫がサラリーマンとして家にお金をいれ、妻が専業主婦として家を守り、子どもの成長を見守る。そういった中流階級の人生は人の多様で、自由な生き方を許さなかったのである。いわば国営の人生であり、社会主義的人生だといえるかもしれない。大量生産の規格品的な生き方を昭和は強要したのである。

 ならば、そんな人生なんていらない、昭和はもっと多様で日陰の人生もあったのだとこれから格差社会や多様な人生がひらけてくるこんにち、規格品的でない昭和の人生をあらわすことで、画一的イメージを払拭したかったのかもしれない。アンチ昭和的生き方だ。テレビやメディアがつくってきた典型的昭和の家族像の否定だ。このドラマは『Always-三丁目の夕日』の典型的な昭和家族の否定を狙ったのかもしれない。だとするのなら、感情的な共感は少なかったが、三谷幸喜の狙いは鋭いといわざるをえない。

 佐藤浩市はクラブ経営のやり手として博多から東京進出をはたすのだが、志半ばでガンで急死してしまう。長澤まさみは金持ち一家の娘だが、松本潤との結婚を姉が愛人であるという理由で親に破談されてしまう。いっしょに縁談から逃げてきたのに船の難破により、彼女は記憶をうしない、ストリッパーの人生を生きてしまうことになる。かれらの人生はなにをあらわしているのだろう。金持ちは没落してしまう、不幸になってしまう、幸福な人生を生きられないということなんだろうか。かれらはなにを失敗し、なにが欠けていたのだろうか。西田敏行は自分が博多を追われることになった象のおもちゃを見ながら、つっぷして死んでしまう。なにかカネや仕事に生きた昭和の生き方の批判や否定のように思えるが、そのようなメッセージがふくまれていたのだろうか。

 八女家の長男は東大でロケット工学、次男はふらふらと職を転々としてばかり、一家の幼なじみつるちゃんも有名人や歴史的事件にであうご都合主義的な動きをして流転の人生をおくる。典型的なサラリーマンがひとりも出てこない。まあ、これはふつうのサラリーマン人生はおもしろい題材になりえない、物語として使えないくらいの意味しかないのだろう。次女の堀北真希は出版社につとめ、遠藤周作や美輪明宏と出会ったり、書けない文学青年と結婚する。おもしろいキャラだった。次女は手塚治虫のアシスタントになる。柴崎コウの初恋の相手は社会主義思想や政治運動に傾き、だけどなにに怒っているかわからなくなる。男はデキる男よりか、ダメ男ばかり出てくる。

 昭和の有名人や大きな事件がつぎつぎと出てくるのだが、こちらにあてはめるかたちで人物が動かされるから、どうしてもご都合主義的なつくりものの感がいなめなかった。このドラマでは有名人のつながりを名誉や自慢と思うエピソードに満ちているのだが、自分自身に魅力や存在感がなければなんの価値もないことはまちがってはならないだろう。

 柴崎コウの愛人の人生に共感できたわけでも、彼女の人生や主体性という点でも幸福には思えなかった。柴崎コウはけっして主人公としての輝きがあったり、幸福な人生を歩んだとは見えないのである。賛歌や応援でもなかったと思う。昭和に生きた人生はけっして幸福でも輝いていたわけでもない、典型的な昭和的な生き方をした人ばかりではなかったとこのドラマではいいたかったのかもしれない。

 昭和の前向きに生きた高度成長の郷愁を描いた『Always-三丁目の夕日』のアンチ・ドラマとしてこの作品は描かれたのかもしれない。わたしも成長が終わった1970年代や昭和40-50年代の公害や光化学スモッグとかも知っているから、昭和の時代が肯定や郷愁の一面ではとれえられないということに賛成である。郷愁よりぎゃくにひどかった時代だったと思う人も多かったのではないかと思う。

 もうひとつテレビは昭和を郷愁しながら終わってゆくのがいいのかもしれない。テレビの全盛期や絶頂は昭和で終わってしまったと考えるべきなのかもしれない。いまは全盛期の残りカスや惰性でつづいているだけだけだ。テレビは昭和とともに終わってしまったのだ。国民とテレビが同一であった時代は終わってしまった。テレビは昭和やレトロを郷愁し、懐かしみながら、オールドメディアとして役割を終えてゆくのがいいのかもしれない。


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テレビの終焉

テレビの全盛期や絶頂は昭和で終わってしまったと考えるべきなのかもしれない。いまは全盛期の残りカスや惰性でつづいているだけだけだ。テレビは昭和とともに終わってしまったのだ。国民とテレビが同一であった時代は終わってしまった。テレビは昭和やレトロを郷愁し、懐かしみながら、オールドメディアとして役割を終えてゆくのがいいのかもしれない。
そのとおりだと思います。先日も歯科医院に行って、そちらの方と、昔のTV番組やコマーシャルの話で、大変盛り上がりました。昔の番組の凄さです。いまはTVは捨ててしまって、TV専用の部屋でしか見ることが出来なくなって、めったに見ません。たまに見ても、いつも時間の無駄と感じてしまって、馬鹿馬鹿しくなって消します。たまたま最後まで見ても、翌日他者との会話の話題に出来るような番組はありません。TVは、昭和に比べれば、今は全く瀕死状態ですね。確かに。

マスの終焉

テレビの全盛期のような盛り上がりはこんにちにはありませんね。力道山とか長島、王のプロ野球、オリンピックとか紅白歌合戦、国民がテレビと同一であった時代はとっくに終わってしまいました。

けっきょく人々は国民や国家であることをやめてしまったのでしょう。私生活主義や個人主義で、集団や国民としてのアイデンティティを不快や嫌悪するものとして捨て去った。ひとつに束ねてしまうテレビというものとオサラバしたのでしょう。一体感や同一感の息苦しさ、つまらなさから人は逃げ出したのでしょう。

終わってしまったマスとしてのテレビはパソ・メディアとしてのネットに呑みこまれてゆくのでしょう。マスや国民でなくなったわれわれはそれぞれ違う世界、パーソナルの個人の世界に消えてゆくのでしょう。マスなんてものが流行りだしたら、戦争にでもつっぱしってしまいますから、終わってしまったほうがいいのでしょう。
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