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04 09
2010

集団の序列争いと権力闘争

映画『グラン・トリノ』にみる男の名誉と侮辱


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ワーナー・ホーム・ビデオ 2009-09-16

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チキンな少年に教えるアメリカの男

 クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』をみた。男らしさとはなにかと教えようとした映画だったと思う。

 そして男らしさを身につけることはどこの国の少年にとっても普遍的な通過儀礼だ。日本でも大なり小なりこの映画のような経験をして大人になってゆく。ワルやケンカの関係をやりすごしながら、自分のポジションをつくってゆくものだ。

 男として生まれたからには男らしさや男としての強さが求められる。けなされたり、からかわれたりしない強い男の評判を男はつちかわなければならない。男としての名誉やプライドは自分で守らなければならない。いちどヘタレやチキンだと思われてしまうと、ずっとパシリやいじめのような目に会ってしまう。男らしさや強さは自分で守り、維持してゆかなければならないのである。

 この映画に出てくるアジア系の少年タオはほかの白人グループからからかわれたり、侮辱されても、反撃もしないし顔もあげないチキン(腰抜け)な少年だ。ワル仲間にむりやり誘われて、となりのウォルト(イーストウッド)のグラン・トリノというクラシック・カーを盗もうとしてしくじってしまう。ワル仲間の誘いをウォルトが助けたためにアジア系のコミュニティからウォルトは英雄あつかいされ、食事がたくさん運ばれてくる。ウォルトがこのチキン少年に男らしさや強さを教えることになる。

 かつてフォードで栄えた自動車のデトロイトの町もアジア系の移民たちにあふれかえっている。人種差別者のウォルトは苦虫をかいみつぶすように嘆き、つばを吐く。さまざまな人種がいりみだれて、男の強さや名誉が競われ、維持される。黒人のグループにからまれたアジア系の少女をつれた白人少年は手を出せず、ウォルトが助けることになる。白人少年は黒人にくらべたらチキンであり、ウォルトが息子たちとうまくいかないのもこんなところにあるのかもしれない。へなちょこな頭でっかちの童貞男の牧師はとうぜん相手にしない。

アメリカの男の名誉と暴力

 この町はアメリカの北西部に位置するのだが、南部の男たちは男の名誉を傷つけられるのなら暴力も辞さない、たとえ命を失うことになっても名誉を守ることが大切だと思っている。いちどなめられたら、男としての名誉やプライドが保てないと思っている。映画をみてひっかかることがあったので中央図書館でみつけたニスベットとコーエンの『名誉と暴力――アメリカ南部の文化と心理』にはアメリカ南部の男たちがいかに名誉を大事にするかの話がたくさん出てきて、まるで『グラン・トリノ』の解説をされているようだった。北部はそうではないようなのだが。

4762826731名誉と暴力―アメリカ南部の文化と心理
Richard E. Nisbett
北大路書房 2009-04

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 この本では南部のルーツである牧畜文化の男たちは弱さを見せると家畜を盗まれたり家族に危害がおよぶかもしれないから男としての強さや名誉を保つ文化が発達したのだという。また警察力が弱い土地ではみずからが強さを発揮して家畜や家族を守らなければならない。だから男としての強さや名誉は命とひきかえにするほど大切なものになったのだといっている。男としての名誉や自尊心は命とひきかえにしても守らなければならないものなのだ。ウォルトは南部の男たちの男らしさをひきついだアメリカの男なのかもしれない。『ダーティ・ハリー2』では自分たちで悪人を殺してゆく自警団が生み出されていたし。男が名誉や自尊心を守ろうとするのは警察や規範が届かない関係の中で勝ったり、フェアな関係をきずくために必要な顔パスなのである。

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ワーナー・ホーム・ビデオ 2009-11-18

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■『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に語られた男の名誉とチキン

 この映画とだいぶ遠い気もするのだが、85年大ヒット作の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティーもビフ二代にからまれ、「チキン」といわれれば逆上して失敗してしまう典型的なアメリカ的男らしさをもった少年だった。マーティーのお父さんジョージはビフ父にいじめられ、からかわれる典型的なチキン男だった。マーティーは侮辱の挑発にかんたんに乗せられる文化圏の男だったのだ。男の名誉ゲームの克服がこの映画のテーマだった。父ジョージはチキンだったから男らしさの獲得が課せられ、のちの母となる女性の獲得が命題であった。この映画の大ヒットから人がいかに名誉や男らしさに敏感に反応するかよくわかるというものである。重要な社会技術なのである。

B0026P1KL0バック・トゥ・ザ・フューチャー 【プレミアム・ベスト・コレクション1800円】 [DVD]
ジェネオン・ユニバーサル 2009-07-08

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▼チキンで愛しきジョージ・マクフライ



 アメリカでは黒人のあいだでダズンズというゲームがある。母を侮辱していいかえせなかったり、怒ったら負け。名誉や自尊心を守ったり、あるいは侮辱されても負けない精神力がめざされるのだろう。差別されてきた黒人である、男らしさや名誉、自尊心の制御やコントロールははやくから訓練されてきたのだろう。日本でおこなわれのはせいぜいにらめっこか、「おまえの母さん、出ベソ~」くらいである。顔をつぶすような自尊心の訓練はおこなわれず、いじめのようなかたちで顔を恒常的につぶされることになる。

男らしさと挑発と際限ない強さのゲーム

 少年タオにウォルトが男らしさを教えるシーンがある。ウォルトが散髪屋に「このイタ公」といえば、散髪屋は負けずに「このポーランド野郎」とやり返す。侮辱や攻撃のことばを吐いても信頼があると言う関係をちゃんと築いているわけだ。男たちには侮辱の言葉には負けない強さがあるという自負をつちかっているというおたがいの認識があるわけだ。これが鍛えられた男だという手本を示すのである。

 しかしウォルトはミスをしてしまう。挑発にのってしまう。タオにやった工具がつぶされ、ワル仲間の一人にヤキをいれてしまう。ギャングたちは納まるわけがなく、報復に家を襲撃し、姉のスーの顔面をつぶしてしまう。とうぜんウォルトもタオも復讐心に駆られ、怒りに燃える。ウォルトがとった行動は復讐心に燃えるタオを地下に閉じこめ、みずから挑発のワナにかれらをかけ、殺人という警察の手にかかる法を選んだのだ。さいごにウォルトは報復を封じ込めるという上手の方法でかれらに勝ったのである、みずからの命とひきかえに。

  怒りや報復の連鎖というものはすくなからずの人が経験するものである。怒っていて相手をどうにかしたいと思っていたり、相手から怒られたり、目をつけられたり、怒りや報復の関係がどこまでもつづき、とめどもない関係におちいることがある。紛争解決のスキルというのはなかなか人の知恵ではもてないものである。こういうときに人はどう解決するんだろうと思う。怒りは挑発や呼び水をよび、怒りの感情の止め方を双方はわからない。怒りの感情にまかせて暴力に身を任せてしまえば、負けかもしれない。ただし学生のときには暴力をふるったくらいで警察が介入はしないので暴力は際限なく怒りの激情にのみこまれるかもしれない。いじめの連鎖や際限のなさはこれと似たところがあるのかもしれない。名誉ゲームはどこまでもエスカレートし、とめどもない関係におちいる危険と隣り合わせである。ヨーロッパでは名誉を守るために決闘がおこなわれたということだし。

日本の男の名誉といじめ

 日本でも男の名誉と侮辱のポジショニング闘争はとうぜんおこなわれる。だれでも男同士で競ったことやケンカ、またワルや男として粋がること、自分の顔を守るということをやってきたと思う。男の名誉の文化は日本の中にもとうぜんある。わたしの経験では中学のころがワルや暴力で男の名誉がいちばん競われたころだと思う。それはひどい暴力や冷酷さ、残酷さが支配する名誉と侮辱のゲームであったと思う。そこで少年は男としての名誉や強さを獲得してゆくのである。道徳的にこの闘争を嫌ったわたしはとうぜんに負け男であった。道徳や思いやりを重視し、男らしさの獲得に距離をおきたいタイプであった。チキンで弱虫であったわけだ。

 男の名誉の闘争ゲームはとうぜんに敗者や負け犬を生み出す。学校で問題になるいじめや不登校、ひきこもりなどはこの残酷で暴力的な名誉ゲームから生み出されるものだろう。学校で名誉闘争がしじゅうくりひろげられるとしたら、レスリングやケンカがしじゅうおこなわれる環境であったら、とうぜん敗退や撤退したい者たちがあらわれるだろう。いじめは男の名誉や顔を恒常的につぶす関係が継続するものである。かれの男の名誉、強さ、誇りやポジションは徹底的にひき剥がされるのである。

 動物としての闘争に教育者や保護者は手を出せない。われわれのだれもが名誉闘争をおこなう当事者であり、日々、名誉闘争をおこなうプレイヤーであるからだ。すべての人間がゲーム参加者であり、当事者である。ジャッジメントや遠くから、高みからチェスの駒を動かす神の立場にだれもなれないのである。かれこそが最前線に立つプレイヤーだからこそである。かれもゲームに勝ち、負けたり、チキンになってはならないのである。権力の闘争ゲームは教育者の組織や集団で日々競われているものだ。だれもが安寧や絶対的な安定したポジションには座っていないのである。とくに権威者や高いポジションにいる人間ほど闘争は激しいものなのである。

アメリカの男の継承

 男は男らしさや名誉をいつまでも保持し、維持してゆかなければならない存在である。クリント・イーストウッドの西部劇やダーティ・ハリーなどを見るとクリント・イーストウッドはずっと男の強さ、名誉にこだわってきたことがうかがわれるというものだ。男のカッコよさが追求されてきた。ただしイーストウッドはシュワルツェネッガーやスタローンのようなマッチョな強さを求めるタイプではなかった。やせていたから、知性やインテリさを感じさせる強引さや無茶をおこなうカッコよさを追求したと思う。

 イーストウッドはアメリカの男の名誉を『グラン・トリノ』でアジア系移民であるチキンな少年に教えた。からかわれるだけの存在ではなく、人種差別的ことばを信頼やジョークをふくんだうえで発する関係をつくることを教えた。けっしてワルとしての強さではなく、労働をおこなうアメリカの男の名誉を教えた。アメリカの男の名誉での強くなることは求めたが、さいごに挑発や一方的に勝つだけではない負ける、一歩ひく男の強さを教えた。アメリカの男の名誉はアジア系移民の少年にグラン・トリノや勲章をゆずるというかたちで継承されたのである。





名誉、男らしさで検索してみました。(わたしはワル集団やギャングの名誉やプライドを知りたいのですけど)
名誉と順応―サムライ精神の歴史社会学 (叢書「世界認識の最前線」)華族誕生―名誉と体面の明治 (中公文庫)武士道その名誉の掟 (江戸東京ライブラリー)中世の紋章―名誉と威信の継承 (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ)

図説 決闘全書決闘の話男の歴史―市民社会と「男らしさ」の神話 (パルマケイア叢書)「男らしさ」の神話―変貌する「ハードボイルド」 (講談社選書メチエ)

男性のジェンダー形成―〈男らしさ〉の揺らぎのなかで男性史〈3〉「男らしさ」の現代史「男らしさ」の心理学―熟年離婚と少年犯罪の背景 (ポピュラーサイエンス)非行のリアリティ―「普通」の男子の生きづらさ

「男らしさ」の人類学
「男らしさ」の人類学

決闘の社会文化史―ヨーロッパ貴族とノブレス・オブリジェ
4590009064


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Comment

私も見ました

元同僚がチケットを郵送してくれた。私に向いているような気がしたものでと添え書きがあった。
チケットには、

「俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。
少年は知らなかった、人生のはじめ方を。」

とあった。観にいった。
うえしんさんのいう「男の生き様」というところに力点は感じなかった。私とクリント・イーストウッドは20歳の違い。老いの最後を人はどう締めくくるのか、に関心が湧いてきていた。

彼が『ローハイド』にでていた若きカウボーイだったころを知っている。だから、映画トリノでも拳銃、ショットガン、そしてクライマックスで見せた作戦のしぐさ。どれも演技というより、50年にわたる映画のなかで身につけてきたもののように思う。
フォードに自動車工として働くこと50年。その工具と燃費1.5キロというがゆえに数年しか生産されなかったグラン・トリノ。フォードが、アメリカ社会が、崩れていく。しかし、そのうねりにあって人生の締めくくり方を意に反しながらも搾り出し、最後はトリノをタオに譲る。そこに、可能性を見出したかったのだと思う。彼が歌うラストソングが胸にしみた。

私は、この映画を見てから、何を伝えて、どのように死のうかと折に触れて考えるようになった。
伝えるものはないということだけははっきりしてきたけれど。

No title

ばななさん、こんにちは。

『グラン・トリノ』はいろいろなテーマがつまっていていましたね。人種問題や戦争体験の懺悔など多岐にわたっていました。

テーマはなんだろうとしばらく考え込みましたが、おそらくは男として生きることが根底のテーマだったと思います。人生の終わり方をもちろん模索するわけですが、40代の若輩者のわたしはまだそこまで考えがいたりません。そろそろ終わり方を考えようという人生のターンの時期にさしかかってきたのは感じますが。

人生になにをのこして、どのような終わりかたをするかを考えることは終わりの時間から逆算する考え方ですね。そのような考え方のもとでは意味やとらえかたがだいぶ変わってきますね。

人生の締めくくり方を考えることは、日々の意味や価値の見え方を変えてゆくのだと思います。よい生き方を選択したいものですね。
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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

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