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04 01
2010

書評 哲学・現代思想

「こんなニーチェはいやだ。」自己啓発篇。



 ディスカヴァー・21から出されている『超訳 ニーチェの言葉』。発売2ヶ月で24万部売れたとのこと(出版社調べ)。これまでバルタザール・グラシアンや菜根譚の箴言集を出し、そのギフト本のような装丁とあいまってよく売れたのだろう。

超訳 ニーチェの言葉  バルタザール・グラシアンの 賢人の知恵中国古典の知恵に学ぶ 菜根譚

 たしかに書店にどかっと平積みされて豪華な装丁で売られていたら食指がうごく。わたしもバルタザール・グラシアンはほしいかもと思ったが、『菜根譚』は原書のほうを読んでいるからパスだ。どうも抄訳らしいので原書を読んだほうが(岩波文庫のほうが安いし)トクだとわたしは思うが。

 『超訳 ニーチェの言葉』は従来のファンには不評だ。わたしも書店で読んでみたら、明るいポジティヴな言葉ばかり選ばれていて、「へっ、ニーチェってこんなことをいっていたか」と唖然とした。わたしのニーチェのイメージは罵倒や侮蔑、嘆きや批判ばかりのニーチェである。ニヒリズムやペシミズムのニーチェだ。

 偽のニーチェ - 池田信夫 blog
 「超訳 ニーチェの言葉」に呆れる(本) / 風の歌が聞こえますか

 ニーチェはキリスト教道徳や畜群とよんだ人たちに徹底的に罵倒や嘲笑、批判をあたえた人だ。まちがってもこんにちの自己啓発やポジティヴ思考を煽りたてたような人ではない。ニーチェの中にこのような生の肯定の要素があったとしても、毒の部分をとりださないで前向きでポジティヴな言葉だけをとりだすのはあまりにもニーチェの本質からずれているといえるだろう。「こんなニーチェはいやだ」by鉄拳といいたくなるようなギャップがひどいのである。この本を読んでニーチェにあの「自己啓発の人か」とイメージされるのはニーチェ自身にとってもたいへん迷惑なことだろう。

 ニーチェはアフォリズムでものを書いた。断片やつぶやきのようなものを重ねて鋭い洞察や究明をのこした。体系的な書物といえば、『悲劇の誕生』、『善悪の彼岸』や『道徳の系譜』、『ツァラトゥストラはこういった』くらいか。そのなかで罵倒や批判や嘲笑をくりかえした。とてもソフトでやわらかい、あたりさわりのよい人物ではない。激情に流されたような言葉が横溢している。

 わたしにとってのニーチェは道徳観念の転覆としてのニーチェであり、認識の相対性、権力性のニーチェである。ニーチェは人間にたいするさまざまなアフォリズムをのこしたので、なにを語ったのかしぼりにくいところがある。「神は死んだ」のニーチェであったり、「永遠回帰」のニーチェであったりする。ルサンティマンや超人、ニヒリズム、力の意思のニーチェである。ニーチェは光を当てる部分によって相貌を変えるわけだが、自己啓発の顔をわたしはその著作からは読みとれなかった。

 ニーチェの奴隷道徳とか畜群というのはキリスト教的な道徳が人間のレベルを低下させてしまう、堕落させてしまうということにたいする批判であったと思う。道徳というのは優秀さや偉さをたたいて、低いレベルにつきおとしてしまうところがある。つまり出る杭はたたかれるだ。「いいひと」になるには偉くも優秀にもなってはならないのだ。ニーチェはそういうことから激しくキリスト教道徳を批判し、人間の天才や才能の向上や進捗をのばそうとしたのだと思う。ジョン・スチュアート・ミルもそういうことをいっていて、凡庸な人というのは優秀な人間を自分たちのレベルまでひきずりおとすのだと批判した。これはこんにちでいうオタク批判にじつに通じる話だと思う。精神の自由を畜群あるいは大衆レベルまでひきずりおとされてはならないのだとかれらはいったのである。

 わたしにとってのもうひとつのニーチェは「真理なんて存在しない、ただの解釈だ、権力が決めるものだ」という見解である。『権力への意志』あたりにそれはふくまれている。近代の科学や学校で習う教科というのは「真理はひとつしかない、答えはひとつしかない」という真理観であるが、ニーチェはそれは解釈ででしかないと喝破し、さらには真理を決めるものは権力にほかならない、真理を求める気持ちには権力欲があるのだと批判的に洞察したのである。こんにちのポストモダン思想や相対主義の先どりだ。もっとも相対主義なんておシャカさんもいっているし、老荘の思想にもあふれている。ただヨーロッパの近代絶対真理観に慣れた者たちからは驚きであっただけだろう。現代になってフッサールやリオタールなんかに提唱された相対主義であるが、世の中には絶対真理があると信じている人のいかに多いことか。

 わたしにとってのニーチェ読解というのはじつに自分の知りたことのみのニーチェであり、もちろんすべての著作を読んだわけでないし、おおくのアフォリズムの意味を読みとれるわけなんかない。いくらか読んでみてもニーチェからはポジティヴで明るい自己啓発なんか読みとれなかった。

 ニーチェにはおおく毒がふくまれており、それは自分自身にたいする攻撃や批判であったりする。読者はニーチェから罵倒や批判をくりかえされているのを感じるだろう。だからニーチェを口当たりのいい自己啓発に編集されてしまう違和感につよく反発するのだと思う。ニーチェはケーキやチョコレートではない。ニーチェを読むことは自分がサンドバックや標的の的とされてしまうことだ。この部分を無視してのニーチェ編集はあまりにもずさんだといえるだろう。


ニーチェの動画 動いてるのかとまっているのかわかりません。



ニーチェの著作 わたしはとくに上の三作がおすすめ。人の書いた解説書を読むよりか、原書のほうがわかりやすい。
ニーチェ全集〈11〉善悪の彼岸 道徳の系譜 (ちくま学芸文庫)ニーチェ全集〈14〉偶像の黄昏 反キリスト者 (ちくま学芸文庫)ニーチェ全集〈12〉権力への意志 上 (ちくま学芸文庫)

ニーチェ全集〈5〉人間的、あまりに人間的 1 (ちくま学芸文庫)ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)ニーチェ全集〈9〉ツァラトゥストラ 上 (ちくま学芸文庫)

古典ギリシアの精神―ニーチェ全集〈1〉 (ちくま学芸文庫)ニーチェ全集〈3〉哲学者の書 (ちくま学芸文庫)悲劇の誕生―ニーチェ全集〈2〉 (ちくま学芸文庫)

この人を見よ (岩波文庫)ニーチェ・セレクション (平凡社ライブラリー)

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Comment

現代日本の問題を提起したニーチェ

ニーチェは百年以上前に既に現代社会の問題、
とりわけ現代日本社会における問題を指摘していました。

それは、本稿に書かれているような内容であり、
端的に述べれば、

>キリスト教的な道徳が人間のレベルを低下させてしまう

ことです。

キリスト教的道徳観、いやキリスト教的ルサンチマン思想は、
<優-劣>の価値観に対して、数の寡多を元にした<善-悪>
の価値観を導入しました。

つまり、
従来の少数派の優れた人物たちに対して、多数派の劣った人たちは、
自らが少数派から虐げられていることを理由〈口実〉に、
自分達こそが「善」であり、少数派の優れた人物たちが「悪」であるとみなしました。

ここに、価値観の転倒が見られます。
優れているから善ではなく、劣っているからこそ善であるという価値観です。

この転倒がキリスト教的ルサンチマンにおけるまやかしであり、
今日まで続く大衆思想を根拠付けています。

そして、大衆は少数派の優れた人物の成長を妨げています。
とりわけ、「和を尊ぶw」日本社会ではそれが顕著に現れています。

だから、
これからの時代(いつの時代に限らないかもしれませんが)、
必要とされる人物は、自ら出る杭となり、大衆の僻み・妬みにも
負けない強靭な精神力を持った人物だと思います。

こんにちは。

わたしはこの件にかんしては保留の態度でいたいと思います。

優秀な人や優れた人が生きやすい社会をつくることは必要だと思いますが、偉い人が劣等といわれる人をつきおとしたり、けおとしたりする社会はやはり好みではありません。

それに優秀といってもモノサシがいろいろあるわけで、ニーチェとか哲学者の言った優秀さというのはおそらく知的精神でのそれであり、金持ちとか技術であるとかスポーツとかなると、また違ったモノサシになるでしょう。けっきょく、相対主義のように測れないものなんだと思います。

善や道徳が超人や天才を絞め殺すような社会が問題でありますけど、そのような人は厚い膜があっても突き破るような精神や志向をもっているものでしょう。あるいはぎゃくにその息苦しさがかれを生み出すともいえますし。

大衆社会論とか画一化・均一化する大衆の脅威なんて本は好きでたくさん読みました。深い精神性をもたない人はそれに該当するものは性的興味しかないからそれで非難するなんて指摘はたしかにだと思います。

でも劣者をけおとす社会もそれにもましてここちよい社会ではないと思います。好きなジャンルや言説でありますが、態度には一定の距離をもちたいとわたしは思っています。モノサシは相対的なものだと思っていますし。
道徳を客観的な立場で見て、積極的にはそれを否定しない立場でいたいと思っています。
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