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02 07
2010

書評 労働・フリーター・ニート

『新しい労働社会』 濱口桂一郎


新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書)
濱口桂一郎

新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書)


 濱口桂一郎さんはブログ「EU労働法政策雑記帳」はいつも見ているし、私の『職工事情』の書評がとりあげられたこともあって(「職工事情の紹介」)、ひそかに親しみを感じていることもあって、派遣切り問題でTVにちょくちょく出だした濱崎さんのすがたは感銘深いものがあった。ネットの活躍から注目されだしたという人になるのか。というより労働省や政策研究院大学で堅実な研究をされていた素地のある方だと思うが。

 この本の読書中の感想は率直にいってややこしすぎて、難渋した。労働法制のあーでもない、こーでもないという議論は頭がこんがらがって、流し読みしやすい私はとても理解がむづかしかったし、言葉をひとつひとつかみしめないととても理解がついていけるものではなかった。派遣と請負の違いはほんと頭がショートしそうだった。定義や概念のこねくりまわしで、言葉というのはわかったように使っているものでもいざ足元や根本を見つめなおすとわからくなるものである。ことの複雑さに言葉の定義は追いつかないもので、概念から切り離されたことがらが問題をおこす。

 いまの労働問題を労働法方面から読み解いた本ということになるだろう。いまの非正規問題というのは労働法から読み解いたほうがいいのか、あるいはジャーナリズムから読み解くほうがいいのか、労働法議論のややこしさから違う方面からの報告に逃げ出したくなった。労働問題は私は社会学や哲学、心理学から読み解きたいと思ってきたし、経済学からも重要だし、なにより幸福論や人生論から考えたかったほうなのだ。労働法からの視点では私の知りたい幸福な労働、充実した人生というのはなかなか見えてこないものである。だれもが労働する世の中なのに労働の哲学の貧困さにはずっと私は嘆いてきた。

 まあ、でも労働法から労働問題をよみとくことは労働のあり方、根本をとらえなおす契機になるし、こんがらがった労働のあり方をときほどく大切なツールになる。労働法や規制がこんにちの労働問題や労働のあり方をつくっているという面もあることがよくわかった。

 正社員の長時間労働や過労死から労働時間や残業代が問題になるが、そもそも正社員の月給制は月当たりの固定給で時間にたいして支払われるものではなかった。これにたいしてブルーカラーは残業代がつく時間給制だ。両者がいりまじったり、政府が労働時間制限の規制をかけたりして、正社員の労働も時間にたいしての対価ということになった。それで正社員が給料を上げようと思ったら長時間残業したほうがおおくもらえることになるし、残業代割り増しのアップはますますインセンティヴをあたえることになったということだ。罰則をあたえたら稼ぐ誘引をあたえるというのは皮肉なもので、だから産業界は残業代を稼がせない、効率的に仕事をこなすようにもとめるホワイトカラー・エグゼンプションの導入を提唱したのだ。時間に対して払われる賃金の概念は長時間労働を誘引してしまうのだ。

 日本では時間外の労使協定の三六協定によって無制限に残業がおこなわれてよいことになっている。おそろしい協定で、一日八時間という労働時間規制も余暇と文化生活のためという弱い理由でしかない。EUでは週労働時間の上限は四八時間となっているが、それは「時間外を含め」てなのだ。EUでは一日十一時間の休息時間規制があるが、健康確保のためのこちらからの歯止めがないと日本の無制限の労働時間はどこまでも健康やまともな生活を脅かすばかりだろう。

 派遣と請負の違いの章はほんとうにややこしく、理解はかんたんなものではないし、規制や禁止がまた話をややこしくする。けっきょく安く合理的につかいたい雇用者側の誘引を政府が止めようとしても、企業はその抜け道を探し出してその流れを変えようともしない。派遣は事前面接が禁止されているが、働くところで面接がないとはおかしなことだが、それでは派遣ではなく直接雇用になって責任や社会保険などがついてきてしまう。だいいちいちばんほしい自由な解雇という雇い止めができなくなってしまう。だから派遣とはクビ切り容認が保留された関係だといえる。

 偽装請負が問題になったが、労働法によって請負が規制されていないことがムリだといっている。それを派遣によって埋め合わせようとしたから矛盾が生じている。請負が現場の指揮者から指示をうけてはならないとはまことにヘンなしくみである。仕事を丸投げしたのか、人を派遣したかの違いは端的にそこが境界になるからだ。派遣は一般事務は禁止されていて、専門業務はOKという時代があって、だからファイリングなるものの不明瞭な業種が生み出された経緯もあったようだ。禁止と規制と、概念と、企業と政府のかけひきがからまりあっている。たしかに労働問題は労働法問題だといえる。

 派遣の問題の本質というのは恒常的に仕事はあるのに解雇規制をすりぬけるために更新につぐ更新を重ねておいて、いざというときに期間満了をよそおって解雇しようとすることだと指摘されている。じっさいに派遣で働いている人はなんでずっと仕事があるのに短期契約なのかとふしぎに思っているだろうし、クビ切りの不安をたえず感じていなければならない。こういう偽装解雇を規制しなければならないという方向に行ってもまた企業は新たな手を考え出して、働く人はそのイタチごっこにふりまわされることになるだろう。先手をうって企業の進む先を容認して、そこからあぶれる労働者を保障するというかたちでやるしかないのだろうか。

 日本では会社が住宅費や教育費を補助するという生活給が基本であったが、それによって長期勤務のインセンティヴは高まり、転職の容易でない不自由な社会になった。また労働者の主観的な査定方法がひろがり、社員はどこまでも会社に拘束される存在になり、長時間労働が模範とされてしまった。とちゅうでやめてしまえば、会社の保障から放り出されてしまい、いまの非正規やシングル・マザーのような存在になるからいやでも会社にしがみつかざるをえなかった。社畜の発生である。だからフリーターの出現は新しい脱出法としてうらやましがられた時期もあったのである。私はむかし解雇裁判を見ていてどうして会社から解放される自由を喜ばないのかと思っていたから、生活給や年功賃金はその黒幕であったわけだ。

 フランスでは19世紀後半に家族手当がひろまりだしたが、そうすると家族のおおい労働者を雇いたがらなくなる。日本でも核家族が戦後ふえたのは生活給のしくみがあったからだろう。年齢と関係ない職務給であったら同一労働同一賃金はよういにひろまっただろうが、生活給にメリットを感じる正社員と保障をしないですむ政府も手放したくないだろう。だが企業は固定コストである人件費を削りたがっており、げんじつに非正規はどんどんふえており、それで結婚したり子どもをもてない若者が大量にふえているのだから、政府が企業に変わって住宅費や教育費を補助しなければならない時代が確実にきたということになるだろう。政府はその保障をするようになったら、労働者は企業のくびきから逃れられて自由な生き方ができるようになるだろうし、非正規の貧困や非婚、少子化は改善されてゆくことになるだろう。これにのぞみをかけたい。

 ほとんど本の内容の紹介となったが、読むときはほんとうに難渋して、この文章も読み間違いや勘違いがないかすこし不安なところがあるし、本の中で理解できないところは放ったらかしにしている部分ものこった。まあ、いまの私に理解できるものしか理解できないというのは仕方がないものだ。しかしこの本はいがいにこんがらがった労働問題の整理に役立ったということができるだろう。また新たな認識にも光を当ててくれたということになるだろう。こんがらがった労働問題について頭の整理には、この濱口さんの首尾一貫した論理的な文章が役立つだろう。それにしても労働法やら法律って厚い壁のように感じるが、どうやったら興味をもつことができるようになるのだろう。


▼濱口さんのブログにとりあげていただき、うれしく思っています。
 「うえしん」さんの拙著書評 「EU労働法政策雑記帳」

 あたたかい評価だったので胸をなでおろしました。
 問題意識を摘出したと指摘してくれましたが、この問題の改善、改革をはかってゆくことが大切ですね。


日本の雇用--ほんとうは何が問題なのか (講談社現代新書) 生活保障 排除しない社会へ (岩波新書) 雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理 (ちくま新書) マジで使える労働法―賢く働くためのサバイバル術 (East Press Business) 世代間連帯 (岩波新書)
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Comment

お、ブログでうえしんさんの事書いてますね

こんにちは、クルックルさん。

濱崎さんは自著の書評をネットでくまなく集めていて、とりあげられることは覚悟していました(笑)。やさしい評価だったので胸をなでおろしました。

今年30歳の男です。
労働に関するうえしんさんの書いていること、わかります。
同じよう人がいるんだなと、非常に嬉しいです。
色々書きたいことがやまほどあるのですが、、、、

シンプルにいうと、
われわれ労働者が求めているのは一つで、
意味のあること(仕事)がしたいんだと思います。
それも、自分の実感を伴うものが。

あの、またゆっくりメッセージ送らせてください。
よい夜を。
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世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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