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2005

恋愛至上主義社会論

恋愛の売春化と男の女性拒否


 本田透の『萌える男』(ちくま新書)は恋愛結婚は死んだことと、オタクの恋愛資本主義拒絶を宣言する本であった。恋愛結婚を完璧に否定する姿勢は度肝を抜かれた。そこまで言い切ることができるのかと。

 この数日間そのことについていろいろ考えてみたのだが、問いがまとめられないせいか、あまりいい考えは浮かんでいない。結婚の人類学でも読んで、結婚の本質や相対化でもさぐろうかなとでも思ったのだけど。いまのところ恋愛結婚の終焉を告げた本は出ていないと思う。

 恋愛結婚というのはバブル期に顕著になったのだが、かなり経済功利主義である。女が男の経済力を搾取するような構造が露呈した。男はミツグ君やアッシー君とよばれ、レストランやブランド品で消費するトレンディドラマのような関係を強迫された。

 このころからオタクは現実の女性を拒否し、二次元の美少女に萌えはじめ、女性は消費スタイルを落としたくないがために非現実的な年収1000万の医者と結婚したいと思い、晩婚化の道へとつきすすんだ。男と女の双方がそれそれの利益へ向かって、非現実な夢に爆進しはじめたのである。

 恋愛結婚というのはそもそも市場化や貨幣化の拒否であったと思う。カネで買われるような関係にならないことが恋愛であったはずだ。恋愛というのはそれでこそ成立する夢であったのである。しかしバブル期にむき出しになったのは、消費スタイルを維持するための男の経済力だけが求められる経済的関係であった。

 恋愛が商品化されるにしたがって、恋愛は「売春化」してしまったのである。結婚は経済化に特化しすぎたのである。経済的に得するのは女性であり、女性はその利益に盲進し、男はカネだけかよと恋愛にゲンメツし、女性という高額商品をあきらめ、晩婚化か二次元の女性に救いを求めるようになった。

 戦後の社会において女性は労働市場から閉め出された。女性の生きる道は結婚しかなかった。女性差別や男性社会への隷属化がおこなわれ、それはフェミニズムからの男女同権運動として反対が叫ばれるのだが、それは同時に女性による男性への経済力搾取という構造も宿していたのである。

 女は男に非現実的な経済力を要求し、男は女に非現実的な萌える女を要求し、恋愛は売春化し、男と女は出会うこともなく、晩婚化と少子化が進むことになった。

 恋愛というのはおそらく自然な感情であると思う。性愛のエネルギーにつき動かされるのが人間というものである。しかし四六時中、性愛のことばかり考えて暮らす人間は歴史上稀有な存在であったはずだ。人はふつう経済や政治、戦争などにおもな活動をついやすのである。70年代に政治に幻滅した日本人は恋愛にのぞみをたくしたためにそれは莫大な利益をもたらす巨大なマーケットとなった。ポップソングは愛ばかり唄い、物語は恋愛ばかり謳い、「恋愛しないものは人にあらず」という強迫マーケットとなった。

 恋愛が商品化されればされるほど、恋愛は金銭関係になり、売春化していったのである。純真な純愛を信じる男たちは、アニメアイドルに萌えることによって荒涼とした世界から目を背けるしかなかったのである。

 オタクというのは性愛の経済化にたいするけな気な拒否であったというのをわれわれは理解していただろうか。貨幣化する社会の、貨幣化されない最後の砦を恋愛関係に求めたのだろう。しかし現実にはミツグ君やアッシー君の恋愛経済の亡者のような存在があらわれ、男はえらく傷ついたのだろう。純愛はそこで死滅したことを悟ったのだろう。

 オタクは恋愛資本主義に本能的に逆らっているのである。恋愛資本主義はかれら異端者を排斥しなければ、その正統性と至上性を主張できない。ここで争われているのは意外なことに、恋愛の商品化(売春化)とアンチ恋愛商品化(純愛)である。恋愛マーケットと現実の女を拒否したオタクは、この「恋愛至上教」のひきこもり・ニートなのである。

 女性ももちろん純愛を謳っているはずだ。愛かカネかと問われれば、だれもが愛と答える。しかし女性はあまりにも消費経済にとりこまれすぎたのである。自分の消費スタイルを死守するためには金を重視せざるをえない。したがって男に過剰要求である高額贈与を求めてしまうのである。そして男はますます恋愛ひきこもりになってゆくのである。

 こんがらがった糸はどこで解きほぐせばいいのだろうか。なかなか考えが整理できないので、今回はこのくらいにしておこう。


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Comment

バブル期を振り返ると、金がなければ恋愛もできない風潮があったような。
まさに「トレンディードラマ」の中の恋愛こそが恋愛だという風の。

>「オタクというのは性愛の経済化にたいするけな気な拒否」

鋭い分析ですね。
私が寡聞なのか、このような分析を始めて見聞しました。

確かに、「二次元女性に萌える成金社長」とか想像し辛いですね・・・。

バブルは私的にはイヤな時代でした。
トレンディドラマや、そのころはやったユーミンは「純愛」を謳っているなどといわれていましたが、恋愛が「カネ」の関係になりすぎたから、物語や唄では「純愛」が訴えられていたという分析がありました。

恋愛がカネで買われる関係になれば、「売春」に近づきすぎてしまう。というよりか、モロばれしてしまう。だからこれは「純愛だ、純愛だ」と叫びつづけなければならなかったのでしょうね。これはカネで買われる関係にあまりにもつっ走りすぎているから、「私たちは違う」とメルヘンな言い訳をしたかったんでしょうね。その後の女子高生はしっかりとホンネの部分で、援助交際(売春)をしていましたが。

オタクは恋愛の経済化に対する拒否という捉え方は、たしか中島梓が80年代に『コミュニケーション不全症候群』という本で指摘していたと思います。したがってこの分析は私が考え出したのではありません。

この恋愛の売春化という関係は、男が稼ぎ、女が専業主婦になるという戦後の夫婦のかたちが最終的に生み出したものだと思います。まあ、こんなことは大正時代の知識人が叱っていたことです。だからこの男が外、女が内という夫婦分業制が崩れれば、だいぶマシになるだろうと思います。男女の役割がゆるやかなものになれば、是正できてゆくものだと思います。

女がしっかり稼いでくれる時代になれば、恋愛の関係もすこしはマシなものになるのでしょう。




>「恋愛が「カネ」の関係になりすぎたから、物語や唄では「純愛」が訴えられていたという分析がありました。

なるほどです。私は、実のところ米国はたいして自由な国ではないから、米国人は自由を連呼するのではないかと考えていますが、それと似ていますね。

悲しい哉、人間はコンプレックスを無意識のうちに連呼してしまいます。

新卒学生が採用面接試験で交友関係の広さをやたら主張するので突っ込みを入れてみると、かえってその貧弱さが露呈されてしまったり…。

話はそれましたが、トレンディードラマ…物的な豊かさに彩られながら、時にそれを強調しながらも、「純愛」を主張する…ちょっと滑稽でもありますね。

あと、男女の役割のお話。今まで男女とも役割の上に惰眠を貪ってきた現実もありますね。「どうせ結婚したら会社辞めるから、お茶汲みごときで給与もらえてラッキー!」とか「おれが、お前を養っているんだ!余計な口を出すな!」とか。人によっては結構、居心地がいいのかもしれません。

2010年になって

この記事の後、この傾向は加速されて、今や「婚活」などという恥も外聞もない露骨な、金銭のみがすべてを仕切る言葉が闊歩しています。
ここまで来たら、もう戻りようが無いほどの、「愛」の衰退です。人間関係の破綻ですね。結婚に愛を求める女性もその親も、そしてついには男性も、いなくなってしまうのではと、心配です。行く先は、転職のような離婚。そして離婚をバツ一という、お気軽さ。親子関係さえ、先行きは朧ですね。
今日初めてこのBlogに出会いました。別の記事ですが、わたしのBlogにリンクを貼らせていただきました。

こんにちは。

婚活という身もふたもない活動は、ぎゃくに市場関係の隠微な隠蔽をやめて開き直ったという点で、評価すべきだと思います。隠して、だましてメルヘンな世界に生きるより、マシかもしれません。

結婚詐欺女がこの時期になって偶然ふたりあらわれましたが、女の究極の目的をあらわしているようで、ぶきみですね。

経済関係から出発するのが男女関係だというとらえ方からはじめるほうがいいのかもしれません。愛からはじめる関係を信じるからイタイ目に合うのだと考えたほうがいいのでしょう。

そこまで!

経済関係から出発するのが男女関係だというとらえ方からはじめるほうがいいのかもしれません。愛からはじめる関係を信じるからイタイ目に合うのだと考えたほうがいいのでしょう。
そこまでcoolになれません。なぜなら、愛は文化の基礎なのですから。
といいながらも、あなたの言葉は現実を切り取っていると、残念ながら認めざるを得ません。
結婚と恋愛を結びつけるのが、おかしいのかも知れませんね。結婚と言うのは、単なる制度なのですよね。

まず、愛が幻想であるかもしれないところから始めた方がよいかもしれませんね(笑)

自分は別にオタクではないですが、男性側に「型」や義務ばかりを押し付ける、就活のようにシステム化された現代的恋愛には辟易してます。
恋愛とすら呼びたくはないですね。金銭や見栄と切り離してなお残る恋愛なんて、現代日本に存在するのかどうかも怪しい。もちろん恋愛真っ最中の当人たちは全力で否定すると思いますが。
マスコミが片方にばかり都合のよい恋愛感を押し付ければ押し付けるほど、恋愛至上主義の歌が(何者かによって)流行らされれば流行らされるほど、賢い大衆は恋愛を避けるようになると思います。まさにこのブログが書いてるとおりです。

余談ですが、そもそもここにたどり着いたのが、「女 本質 売春」で検索したから…

おかしな話ですよね。 昔の日本は経済大国第3位の日本では無かったのに、貧しくても助け合って沢山の子供を産んでいました。 どうあっても戻れないのでしょうか? ウルグアイ前大統領のホセ・ムヒカ氏の話が脳裏を過ぎります

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