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12 16
2005

書評 性・恋愛・結婚

『男と女の過去と未来』 倉地 克直 沢山 美果子


4790708349男と女の過去と未来
倉地 克直 沢山 美果子
世界思想社 2000-10

by G-Tools

 岡山大学の講義録だが、基本的なことを教えてくれるから、ぎゃくに目からうろこの部分が大きかった。私が知りたいことは、じつは基本的過ぎてあまり言葉にされないことなのかもしれない。

 家族の変遷や性のあり方が連続講義されていて、こういう授業を受けられる学生はうらやましいと思う部分もあったが、たぶん学生にとっては退屈であったり、自分のことのように考えられない部分もあったのではないかと思う。授業というのは、その内容を他人事にしたり、成績の対象にしか思わせなくなるものである。

 よかった講義としては、さいしょの「開講にあたって」と「性情報の氾濫するなかで」「人類史のなかの性」「売買春を考える」「近代のセクシュアリティ」などである。

 感銘したところを抜き出すと、父親を大黒柱と思う女性が七割で男は六割、妻が夫にしがみつき夫がそこから逃げ出そうとしている姿がある。女性は専業主婦願望が男から嫌われる時代にそなえるべきである。

 かつて学校教育が共同体を脱コード化したように、70~80年代にメディアが学校教育を脱コード化し、メディア・クラシーともいえるメディアの専制がおこっており、従来の性別規範と「イケMEN」規範がかつての優等生を追い込んでいるという。このメディアの専制状態は若者にとってはきわめて重大な問題だと思う。

 女性の処女性が称えられ、不義密通が罰せられる社会のほうが、制度化された売春もさかんにおこなわれている。つまり自由な性関係の否定、性の抑圧が売春をうみだすのである。日本の社会のありようが見えてくるというものである。

 新中間層の恋愛結婚の多くは、処女を結婚の条件に、社会的地位の上昇、安定を図る功利性に支えられたのであった。結婚関係は経済関係であり、したがって処女はモノ化し、商品化してゆくのである。恋愛結婚というのは商売であったのである。この偽善性にはしっかりと言葉にして意識化してゆく必要があるのだろう。


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