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12 20
2005

書評 性・恋愛・結婚

『結婚帝国 女の岐れ道』 上野 千鶴子 信田さよ子


4062124130結婚帝国 女の岐れ道
上野 千鶴子
講談社 2004-05-27

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 感想を書くのがむづかしい。結婚や家庭の闇を見つめるカウンセラーが対談者の一人なので、社会学的なキレがないように感じた。ふたりとも結婚するなんて信じられないという立場なんじゃないのかなと思った。

 私としてはなぜ晩婚や非婚が進むのかということを読みたかったと思うのだけど、ドメスティック・バイオレンスや性的虐待などに話が流れてゆき、私はなにを読んでいるのだろうという気になった。全体としてこの本はなにをいいたかったのだろう。

 分裂的な本には、感銘した部分の抜書きのほうが適している。

 「三十代を一つの分水嶺として、非常に急速に次の世代に転換が起きているものだから、セクシュアリティを婚姻の中に封じこめてきた母親世代が、自分の生き方を娘に全否定されてしまう気分を味わう」

 「一九八〇年代以降、性を含むコミュニケーションモードの中で、「関係の偶発性」が支配的になっていったと指摘しています。「関係の偶発性」というのは、「かけがえのなさ」の解体。「あんたでなくてもよかった」「「わたしでなくてもよかった」ということなんですね。
 ~これに対する反動が純愛願望じゃないでしょうか。「どこかにきっと、わたしをかけがえのない他者と思ってくれるだれかがいるはずだ。いなくてはおかしい」

 「近代家族の泥沼って、やっぱりある種の定型化した儀礼を壊したときに、わたしとあなたの関係を、むき出しで作らなければいけなくなった男女の問題だと思うんですよ」

 「権力とは状況の定義権である」

 「あんたがやったことに、他人がなんでゼニ出してくれると思う? その人の役に立つことをやったから、他人の財布から金出してもらえるんでしょ? だったら少しは人の役に立つスキルを身につけろよ。自分が好きなことしてゼニもらえると思うな。自分が好きなことは持ち出しでやるんだ、バカヤロ」

 「人間は社会的存在でなければならないということにも、わたしは深い疑問を持ってきました。なぜわたしが生きることに、他者の承認がいるのか? なぜわたしが他人の役に立つ存在でなければならないのか? そうでなくなったときのわたしは、生きる価値を失うのか?」

 「寝たきりとか痴呆の人たちともっと接触したら、「自分が存在するということに、他者の許可も承認もいらないんだ」って感じてくれないかな、と思う。だって、こんなに役に立たず、こんなに希望がなく、こんなに自分を自分でどうしようもない人たちが、それでも生きている」

負け犬の遠吠え結婚の条件オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す

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