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02 17
2009

セラピー・自己啓発

『人生が楽になる 超シンプルなさとり方』 エックハルト・トール

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人生が楽になる 超シンプルなさとり方 (5次元文庫)
エックハルト・トール

人生が楽になる 超シンプルなさとり方 (5次元文庫)  logo1111.gif

 心を癒したいと思っている人にはかなりわかりやすい、おすすめの本ですね。とくに思考を捨てるとか、思考とはなにか、なぜ「私」を捨てなければならないのか、といったことに疑問を抱いている人にはかなりわかりやすい書となることだと思う。

「偏りのない心で聞いていると、「自分には、ひとり言をする『声』があって、さらに、それを聞き、観察している『ほんとうの自分』がいる」ということがだんだんわかるようになってきます」

「感情は、心とからだの接点から発せられています。つまり、思考の状態に応じた、からだの反応なのです。思考の状態が、からだに対して、鏡のように映し出されたもの、と言えばわかりやすいでしょうか」

「思考をアイデンティテイ(自分らしさ)から切りはなしてしまえば、自分が正しいかどうかはどうでもよくなり、負けたからといって、アイデンティティがゆらいだりすることもありません」

「「いま、この瞬間」以外は存在しないのだという事実を、心の底からさとることです。

時間は幻にすぎないからです。

「思考とひとつになる」ことは、「時間のわなにはまる」ことなのです。そうすると、ほぼ自動的に「記憶」「期待」「不安」だけを糧にして、人生を送るようになります。過去と未来にばかり没頭し、「いま、この瞬間」というもを貴ばず、ありのままを受け入れようともしません」

 私たちの苦しみや恐れというのは過去や未来からやってくるものである。そして過去や未来というのは存在しないイメージや幻想、記憶でしかない。つまりは「まぼろし」や「絵空事」なのである。私たちはその存在しない絵空事に脅かされつづけるのである。

「これまであなたは、「いま」以外の時に、なにかを経験したり、おこなったり、考えたり、感じたりしたことが、あったでしょうか?

過去には、なにひとつ起こっていません。
起こったのは、「いま」なのです。

未来には、なにひとつ起こりません。
すべては「いま」、起こるのです」

 現在以外はすべてまぼろしであり、そんなものに脅かされる不安を排するということである。

「あなたはいま、「なんて、わたしは不幸なんだろう」と感じているかもしれません。でも、あなたがほんとうに「いまに在る」なら、不幸でいることなど不可能です。

「人生の状況」は、時間の中に存在します。

あなたの人生は、「いま」です。

「人生の状況」は、「思考の産物」です。

しかし、「いま、この瞬間」に、なにか問題がありますか?
明日ではなく、十分後でもなく、たった「いま」、なにか「いま」問題がありますか?」

 私たちは存在しない、未来や過去の恐れや悩みに脅かされつづけている。思考が恐れや不安をつくりだすのである。思考の信頼や、思考にみずからをゆだねる愚かさに気づかなければならないということである。

「すべての問題は、思考がつくりだす幻想」

「過去の出来事が、思考活動の大半を占めていませんか?
ポジティヴなことにしろ、ネガティヴなことにしろ、過去について頻繁に話したり、考えたりしていませんか?

すべての瞬間に、過去を捨て去りましょう。わたしたちには、過去など必要ありません。現在に解決しなければならないことがあって、どうしても過去を参考にしなければならないときにだけ、そうしてください」

 過去や思考にはまってしまうと、幻想の不安や恐れに追い立てられることになってしまう。悪夢の中で逃れられなくなってしまうのである。それがまぼろしや存在しない幻想であることを忘れてしまう。それゆえに過去や思考を捨てろというのである。

「思考がつくる「不幸なわたし」は、時間があるから生きられるのです。「不幸なわたし」は、わたしたちが「いまに在る」と消えてしまうことを知っているために、「いま、この瞬間」を、とても恐れています」

 思考というのは過去であり、未来である。つまり存在しないということである。存在しない思考がひとり言をつぶやいたり、問題を解決したり、行為の発端をになうようになると、いつの間にか思考が「私」になってしまう。思考に私たちは同一化してしまうのである。そして私たちは思考の悪夢や不安にさいなまされる日々を送ってしまうことになるのである。思考をまぼろしとして時間とともに葬り去ってしまわなければならない。いつわりの「私」とともに。

「からだを意識することは、すなわち「いまに在る」ことなのです。からだを意識していれば、「いま」にいかりをおろすことができます」

「意識を、インナーボディに向けてください。

からだ全体をくまなくおおい、すべての臓器、すべての細胞に生命力を与えている、かすかなエネルギー場を感じることができますか?

あなたの中には、万物に広がっている「在る」という感覚だけが残ります。

「在る」という感覚と、ひとつになってください」

 私はいまいちこのインナーボディというものがわからない。この感じ方を体験してみたいのだが、いまいち「在る」という感覚がわからない。

「思考からパワーを奪回すれば、思考は強迫的な性質を失ってしまいます。思考の強迫的な性質というのは、「決めつけ」をせずにはなられないことです」

 思考というのはまったく強迫的なものだと思う。なにか問題や不安、困難や不満をつくりださずにはいられないのである。

「エゴは、ネガティヴ性をつくれば、現実をコントロールでき、欲しいものを手に入れられる、と信じています。ネガティヴ性が、望ましい状況を引きよせる、または好ましくない状況を一掃する、と思いこんでいるのです」

 そして感情はこの思考のイメージによってひきおこされるから、感情は最悪なものになりつづけるのである。おまけに思考は連想ゲームのように最悪なイメージと最悪な感情をくりかえしつづけて、私の気分は最悪、最低のものに思えてしまう。思考が「変えよう」とした時点で、問題や不満が生まれ、私の人生は不幸で最悪なものになってしまうのである。思考は排するべきなのである。

「「いま、自分がいる状態」以外の状態を、探してはなりません。そうすると、無意識のうちに、軋轢や抵抗を、心につくりだすことになります。平和の境地にいない自分を、あるがままに受け入れましょう」

 これは難しいと思うが、変えよう、治そうとした時点で、また「思考のわな」にかかってしまうことを覚えておくべきなのだろう。思考がありのままに抵抗しようとするからだ。また問題や困難がそこからあらたにつくりだされてしまうのである。

「「いま」には、なんの問題も存在できないように、病気も存在できません。あなたの症状に誰かが貼りつけるレッテルを信じる気持ちが、その症状にパワーを与え、その症状を維持させているのです」


 エックハルト・トールはドイツ生まれ、イギリスで学び、カナダやアメリカで『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(ザ・パワー・オブ・ナウ)』がベストセラーとなり、現在はカナダ在住だそうである。ニューエイジや精神世界の流れを受けた人なのだろう。

 思考や時間の問題に焦点をあてて、その過ちやまちがいを教えているようだ。そういう問題を論点にした人にクリシュナムルティがいるが、彼の用語はかなり難解である。エックハルト・トールの言葉はやさしく、わかりやすい。時間や思考のあやまちを、「いま」に集中することで解こうとする方法をおもに教えているようだ。

 私がおすすめのリチャード・カールソン『楽天主義セラピー』は思考とマイナス感情のつながりで、そのあやまちを説いているのだが。エックハルト・トールは感情や気分の問題にはあまり触れていない。思考の過ちについて多くの人が気づければいいのだが。

 それにしてもこの精神世界のジャンルは、あいかわらず正統的な心理学と一線を画すようだ。癒しやセラピーの要素としてはバツグンだと思うのだが、心理学は思考は幻という見解を受け入れないのだろうか。そこまでいってしまうと、宗教や精神世界になってしまうというのか。どうしてこの世界には壁があるのだろう。私としては役に立つ知識や効果がある知識なら、怪しかろうが、いかがわしかろうが、必要な用途だけ使えばいいと思うのだが。


ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる- 世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え 永遠という名の一瞬―だからぼくたちはいまここにいる (5次元文庫) さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる 5次元世界への超扉―イベントホライゾン2012 (5次元文庫)
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Comment

こんにちは。

わたしはこの著者の本を2冊読みましたが、非常に読みやすかった反面非常に解りずらいところも少なからずありました。ペインボディー(感情の痛み)に対してインナーボディー(うちなる生命)と表現していますね。
私も正直よくわかりませんが、何か困難や不遇に襲われたときすぐに意識をインナーボディーに向けるとダメージが小さくなると著者は言っています。
腹式呼吸や手足や内臓など体の部分部分に意識を持っていく感じはヨガに近いようにも思えます。
正当な心理学は科学寄りなのに対して精神世界のジャンルは宗教よりなのでどうしても見えない壁が出来てしまうのかもしれませんね。

こんにちは

インナーボディですが、日常意識のままでは
これは感じにくいかもしれません

私は、医師に死を宣告されたシチュエーションを想像することにしてます

たとえば「あなたの命はあと数か月」と告げられることで
ギャップが生じて、普段は外部に向いていた意識が、強烈に内側に向く瞬間がくると思います
その瞬間、今まで焦点を当てていなかった内側の身体が
浮かび上がる感じがするのですが…どうでしょうか

「あぁ、私は身体だった!?」という感覚です。
身体である、というのではなく、身体だったと過去形なのですが…

たいようさん、こんにちは。

エックハルト・トールは読みやすく、時間と思考を結びつけている点でわかりやすい説明をしていると思います。カールソンは感情と思考の関係を警告していましたね。

インナーボディというのはよくわかりません。身体に意識を集中するだけなら、フォーカシングとかボディワークなどの方法がありますが、それらとどう違うのかもいまいちわかりづらいです。ペインボディというのもボディとして概念化するものかなとも思ったりしましたし。

さいきん精神世界の話題に帰ってきましたが、いままで経済とか社会について語ってきて、これまでの文脈ではどうも精神世界を真正面からとらえるのはちょっと躊躇します。いきなり行きすぎないように注意したいと思っています。

いすさん、こんにちは。

いすさんの紹介でいい著者と出会えました。ありがとうございます。

死の宣告という方法はちょっとキツいですが、身体の感覚を浮かび上がらせるには強い方法なのでしょうね。

「在る」という感覚に鋭敏になりたいと思います。

こんにちは

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