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01 23
2009

社会批評

昭和の歌は暗かった



 過日、『銭ゲバと70年代の貧困』という記事を書いた。『銭ゲバ』は貧困の怨恨がうずまくドラマなのだが、70年代のドラマやアニメにも貧しさの題材がありふれていたということを書いた。

 貧しさや悲しみ、怨恨があたりまえのものであり、そして昭和の人たちのメンタリティもじつに暗かったようだ。ためしにノンストップチューブで70年代あたりのヒット曲をきくとじつにクライ歌ばかりで、「これでもか、これでもか」といったクライ歌を歌っていた。極め付きのクラさを競っていたのではないかと思えるほどクライ歌があった。

 私たちは80年代以降の明るさや豊かさのおかげですっかり忘れていたのだが、昭和はじつにクラい時代だったのである。「お笑い」や「ポップ性」、「豊かさ」があたりまえの時代を私たちは長く過ごしてきた。日本に、昭和の時代にこんなクラい心性やムードがあったということを私たちはすっかり忘れていたのである。

 私は昭和のクライ歌というものをほとんど知らないのだが、ネットや自分の記憶をたよりに昭和のクライ歌を集めてみた。日本は「豊かさ」や「お笑い」といった「ネアカ」の時代をへて、ふたたび「ネクラ」の時代にもどろうとしているのだろうか。「悲しみ」や「貧しさ」や「怨恨」といった時代にふたたびもどろうとしているのだろうか。憂慮であってほしいものである。


タイガーマスクのエンディング 「ひねくれて星をにらんだ」という歌詞が胸を打ちますね。


「昭和枯れすすき」 「貧しさに負けた~」 とうじ小学生にはギャグになっていましたが。


「津軽海峡冬景色」 石川さゆり なぜこんな寒々しい冬の情景を歌っただけの演歌が大ヒットしたのでしょうね。


「アカシアの雨がやむとき」西田佐知子 「アカシアの雨にうたれて このまま死んでしまいたい」


時には母のない子のように~カルメン・マキ ハーモニカがじつに哀愁を誘いますね。


「子連れ狼」 橋幸夫 この悲愴なドラマはなんなのでしょうね。子どもを育てられない悲壮感がエネルギーになったのでしょうか。


「織江の唄」 山崎ハコ 炭鉱町や身を売ることの貧しさゆえの悲しみを歌っていますね。


「ヨイトマケの唄」 美輪明宏 職業差別が胸を打ちますね。


「精霊流し」 グレープ(さだまさし) 死も身近なものに感じられていたのでしょうか。



 私の情報不足のために極め付きのクライ唄をこれ以上集められないのだが、というか切りがないからここらでやめておくが、日本というのはむかし昭和あたりにはみんなで聴いたり、感動したりする曲がものすごくクラかったのである。いまはそんなクラい曲をみんなで感動しながら聴くということはなくなった。ポップで明るくて、カッコイイ曲が受容されている。

 いつの時代からそれは変わりはじめたのだろうかと思うが、おそらく70年代後半からそういう雰囲気は青年や小学生のあいだに薄れていったものだと思われる。みんなで「楽しく、明るく、楽しもう」という時代になった。「豊かなお笑い」の時代になったのである。そしてそういう時代が長くつつぎ、「クラくて悲しい時代」は人々のあいだから追放され、忘れられていった。

 日本人の心性というのは思いっきり「ネクラ」から「ネアカ」に変わっていったのである。思いっきり「ネクラ」の心性は地下深くに忘れられていったように思われた。しかし時代はふたたび「クライ」時代にもどろうとしているのかもしれない。

 「貧しさ」や「悲しみ」、「怨恨」の時代がふたたびやってくるのだろうか。われわれはこのような時代の流れを止めることができるのだろうか、あるいは止めるべきなのか。日本人が極め付きの「ネクラ」な唄に心魅かれていたような時代がふたたびやってくる社会情勢を私たちはつくりあげてしまうのだろうか。こういう奔流をこの時代の知恵で止めてほしいものである。


【追記】 みなさんも昭和の極め付きの暗い唄を知っているのならぜひ教えてください。動画をUPしたいと思います。

世相をあらわした曲ということで、つぎの二曲をUPしたいと思います。

アン真理子 「悲しみは駆け足でやってくる」 メロディアスで前向きに歌っているからこそ救いがない歌ですね。


「昭和ブルース」 天知茂 昭和の代表的なクラさを歌った曲といえるかもしれませんね。


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Comment

こんにちは。

今回も魅力的な選曲恐れ入ります。個人的見解ですが日本人に馬鹿さわぎする『明るさ』は少々無理があるような気がします。オーム真理教を求めた人も人生の暗さを封印し蔑む80年代以降の日本社会の悲鳴のように思います。真剣に世の中を語り合うイデオロギー論争をさけるための政府や財界の作為なのでは?などと考えてしまいます。馬鹿騒ぎしてる人は選挙にはいきませんから。
カルメンマキはその後ハードロックバンドのボーカリストとなり哀愁漂うブルースロックが魅力的でいまだに聞いています。暗い歌は最高ですね。もちろん楽しい歌もいいですけど・・・。

はじめまして

はじめまして。
いつもコメントを書かず、見るだけ見させてもらっているTKです。

音楽から時代を切り取る視点は面白いですね。
70年代は貧しさや悲しみ、怨恨の時代だった、とのことですが、
今より豊かではなかったからこその傾向ではないでしょうか。
ただ、そこには互いを認め合おうとする環境があったと思います。貧しく厳しい境遇の者同士を認め合えた。
どんなことでも言い合えたからこそ、貧しくとも寂しくなく、生きていけたのでは?映画『ALWAYS』がよく表していると思います。職業でも何でも、何かに貴賎をつけることがあまり無かったように感じます。

逆に今は豊かで、すがるものや信じるものがなくても生きていこうと思えば生きていける。場所さえ選ばなければコンビニでも何でも仕事はある。でも人付き合いが淡白というかなんと言うか…。
KYという言葉に象徴されるよう、喋るときでも相手の顔色を伺わずにはいられない時代なんです。人と対等に話せなくなると孤独に陥ります。それで、音楽に助けを求めようとポップで明るく、かっこよい音楽がウケるのではないでしょうか?あえて楽しくあろうとしているというかなんというか…。
一概に昔が悪いとはいえないし、現代の豊かさが絶対に良いわけでもないし、とブログを読んでいてふと思いまして、長々と書かせていただきました。うえしんさんに対して浅学さが見え見えの文章でしたがお許しを。

ちなみに僕は最近、暗い曲が好きになってきました。

暗い歌

中島みゆきの初期の曲はほとんどが暗いです。
今でも明るくはありませんが。
ただライブに行くとぶっ飛びます(笑)

それから子連れ狼のオープニング曲なら「ててご橋(バーブ佐竹)」の方が名曲だと思います。

NHKの人形劇「新八犬伝」のエンディング「夕焼けの空(坂本九)」も隠れた名曲です。曲調、くら~いですよ。

キューティーハニー(最初期のアニメ)のエンディング「夜霧のハニー」も暗い名曲か。

きりがありません。だけど、70年代は暗い名曲が豊富ですね。

たいようさん、こんにちは。

80年代以降は「ネアカ」の時代になり、明るくあることを強制される時代がつづきました。政治や哲学などを青年のあいだで話すことがタブーになり、ファッションや音楽、お笑いなどにうつつをぬかす世情がかもしだされましたね。オウム真理教はそんな時代への反逆といえますね。

こういうことがあたりまえの時代が長くつづいて、あらためて昭和の唄を聴いてみると、なんてクライ唄ばかりなんだろうとびっくりしてしまいます。クラさ自慢、悲惨自慢みたいな競争でもあったのかなと思ってしまいます。それほどまでに世の中や社会がクラさを求めていたのでしょうね。そのクラさの根源や原因はなんだったんだろうかと思いますが。

ふたたびクライ時代になることが杞憂に終わってほしいものです。あるいはいままでのネアカの時代が異常だったのかもしれませんね。

TKさん、はじめまして。

昭和の貧しさや悲惨さというのは、映画の『ALWAYS』では捉えていなくて、どちらかというとすばらしさのほうを捉えていたので、あまり実情を反映していなかったのだと思います。たしかに貧しさの中にはあたたかみや思いやりといったものがありましたが、もっと悲惨な世情がそれを上回っていた時代が昭和なのではないかと私は捉えていますが。

いまの明るさというのは、戦後の日本が豊かになり、一億総中流という時代になったあたりから生まれてきた世相だと思います。貧しさや悲惨さから日本は脱却できたのだから、楽しんだり、おもしろい思いをしないとだめだという風潮がやってきたのだと思います。

私はそのような「ネアカ」の時代はむりやり「強制」されたという気分がひじょうに強かったですが。その場の人たちに嫌な思いやつまらない思いをさせないためにクラくて、陰気な話はするなという強制が世の中を覆ったのだと思います。

どうやらこのような時代も昨今の日本の貧しさの増加や格差の拡大などで終わろうかとしているかのようです。ふたたび極端な「ネクラ」の時代がやってくるのかもしれません。こういう目で昭和の歌を聴きなおしてみるとじつに暗いことがわかります。クラさ自慢ゃ悲惨さ自慢をしていたかのようです。私たちはこのような時代をふたたび迎えてしまうことになるのでしょうか。

たまさん、こんにちは。

中島みゆきは「うらみます」とか暗い曲はじつに多くて、とりあげるべきかと迷ったのですが、荒井由実もそうでしたが、このころの人はクライ唄をじつに歌っていたのですが、この人たちはこんにちのポップ性を獲得してしまったためにすこし昭和のクラさにそぐわないかもという判断をしてみました。昭和の世相をあらわすような唄をとりあげたかったのですね。

ほかに昭和の暗い唄の紹介ありがとうございます。いまはユーチューブていずれも見られますね。

昭和の人たちというのはどうしてここまで暗い唄ばかりを競うように歌っていたのでしょうね。暗さの競争、暗さの自慢といった域にまで達していました。こんにちのネアカの正反対のネクラの極北までいってしまったかのようです。それほどまでに時代は暗さを求める気持ちが強かったのでしょうね。

いまの時代からみるとそういう時代だったのかという驚きのほうが強いですが、またそのような時代にもどる懸念が生まれてきて、残念だといったほうがいいのでしょうか、それともすこし正常にもどる時代だと考えたほうがいいのでしょうか。いずれにせよ、日本人の心性に変化が訪れる時期がやってきたのかもしれませんね。

こんにちは、うえしんさん。

最近のこのブログの話題的には、
「とん平のヘイ・ユウ・ブルース」がお勧めです。

昭和の集団就職を題材にして、
資本主義社会での労働者の貧困化をテーマにしています。

これはほんとにすごい曲です。
ぜひCDで全体を聞いてください。

吉田拓郎の「制服」も同じテーマです。

さだまさしが、

父の影響で何曲か聞いたことがありました。まあ、物心付いた頃から中島みゆき漬けで育ったボクとしては、とりたてて暗さなんて感じません。むしろしみじみした気持ちになれていいですね。今黄色い頭になっているおじさんも、この頃はとても力ずよい歌い方をしていたんですね。「黒蜥蜴」の原点があるのかも・・。
暗くなる気持ち、ってとても貴重ですね。言い換えれば暗くなるだけ成長するような気がします。
ところでさだまさしが中村俊輔に見えたのは気のせいかな。


暗い唄、でも好きな唄でもある研ナオコの「かもめはかもめ」。
朝の通勤途中、大川に架かる橋の上から空飛ぶカモメがみえるんです。カモメをみるたびに脳裏になってるのが研ナオコの「かもめはかもめ」と、渡辺真知子の「かもめが飛んだ」なんです。
この曲が交互に頭の中でなるのです。
「潮の香りが恋しいのああ~あなたの香りね~」の歌詞のところで、彼氏は漁師だったのね~と、いつもしょーもないことを思ってしまう。
そういえば、この間、天王寺駅を歩いていたときに「今、世の中は転換期なんですね」と声をかけてきた女性がいました。宗教がらみだったのでしょうか。そのとき、心情的にも暗い気持ちだったので思わずついて行きそうになりましたよ。

Cozyさん、ありがとうございます。

とん平のヘイ・ユウ・ブルース
http://jp.youtube.com/watch?v=do6Xaz4iJBc
「俺をスリコギにしたやつは誰なんだ」とこの曲だけではわからない部分がありますが、これはCDで全体を聴かないとわからないようですね。

吉田拓郎の「制服」
http://jp.youtube.com/watch?v=qou5iF4QzoU
地方から東京や都市に就職した若者たちはみんなこんな気持ちだったのでしょうね。

こんかいの記事では昭和の唄はなんでこんなにクラさを競うような曲がみんなに受け入れられていたのかという疑問が発端になりました。80年代以降、そういうクラさや貧しさはバカにされて、忘れられましたね。地層に追いやられました。

しかしふたたび貧困におちいる人たちがたくさん生まれたこんにち、またクラさや貧しさに焦点を当てた雰囲気が戻ってきそうです。あたらめてこのような目で昭和の唄をながめてみると、日本人のクラさや悲しさの根源や原因はなんだったのだろうかという気になります。

労働の酷さや資本主義の酷薄さだったのでしょうか。貧しさや地方との格差だったりしたのでしょうか。あるいは戦争が負けた悲しみや苦しみだったのでしょうか。

日本人がネアカの極端なところから、ネクラの極端なところにまたブレてゆきそうです。そのような世情にブレない試みは日本人にはなせないものなんでしょうかと思います。

雨宮さん、こんにちは。

中島みゆき うらみ・ます
http://jp.youtube.com/watch?v=eYVDbngI07Q

中島みゆきやさだまさしはいまでもクラさを歌う少ない歌手になりましたが、昭和の40、50年代はまでは一般の人たちが愛好する曲が「これでもか、これでもか」といったクライ曲だったのは、とうじをすこし知っている私としてもあらためて驚きました。このクラさはなんだったんだろうと思います。

世間一般がこんな、死ぬとか、いっそ一思いに、といった唄をみんな求めていたのですね。いまのポップな、かっこいい曲とか、お笑いがブームになる時代とまったく違った世相が昭和にあったわけですね。

明るさにだまされる世相はとてもいいとは思いませんが、クラさにのめりこむような時代もとてもいいとは思えません。そのような時代がやってこないことを願いたいですね。

みゅるあさん、こんにちは。

研ナオコ かもめはかもめ
http://jp.youtube.com/watch?v=NxwEpvDFXcE
思いっきりクラいですね。そんなに自分を卑下しなくても。。と思ったりもしますが。

渡辺真知子の「かもめが翔んだ日」
http://jp.youtube.com/watch?v=DEyVjqwLtBI
迫力ある歌唱力の名曲でしたね。

このころの時代を思い出せば、ちょうどアイドルなどの明るい歌手が出たころと演歌のクライ曲がせめぎあっていたころですね。こどもには大人が愛好するクライ唄がギャグにしか思えませんでした。そういう時代がバブルとその崩壊のあとのクラい時代をひきつれてきたのかもしれませんが。

道行く方が転換期だと声をかけてきたようにたしかにアメリカの崩落は世界史的な出来事ですね。世の中が大きく変わる転換期にあることはたしかですね。ただ日本はこの昭和のクライ時期のようにかつてツラサやひどさをくぐりぬけてきた経験があるわけですね。みんなクラさ自慢のような曲をうけいれる世相を通ってきたのですね。昭和のクライ曲を聴きながら、暗い気持ちに打ち克つ免疫をつけたり訓練をしていたのかもしれませんね。クラい歌を聴いて、魂を鍛えていたのかもしれませんね。

藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」とか。
 15、16、17と私の人生 暗かった
 過去はどんなに暗くとも
 夢は夜ひらく
藤圭子さんの歌は、演歌ではなく、怨歌というらしいです。
まだ子供の時分だったので、テレビとかで見た記憶はないのですが。
宇多田ヒカルの母だと知ったときは、正直びっくりしたものです。

たしかに、昭和って暗かったですね。最後の最後にバブルになっただけで、何となく天下泰平を謳歌していたようなイメージがあるけど、高度成長期だって月月火水木金金とか言って、働き通しだったわけだし。
いわゆる流行歌が、一般大衆の心の状態を正直に映し出す鏡だとすれば、決して明るい時代ではなかったんだなと感じます。




fabio777さん、こんにちは。

藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」
http://jp.youtube.com/watch?v=qurr7qTpQIg

私は宇多田ヒカルの母親ということではじめて知ったクチなのですが、一世代前の親はじつにクラい唄を歌っていたものでしたね。クライ唄から明るいポップな唄への転換は、昭和から平成へのうつりかわりをみごとに象徴しているようですね。

私の印象ではこの数十年、日本社会はクラさや貧しさといったものを追放してきたかのような顔をしてきましたが、ここにきてまた貧しさや悲しさがもどってくるような世相がやってきたように思われます。そういう目で昭和を見返してみると、昭和の歌や世相というのはじつにクラかったかということがあらためて気づかされますね。

またぞろ日本はこのようなクラい世相に逆戻りしてしまうのが残念に思えます。貧しさやクラさから抜け出てきたと思われたこの十数年はなんだったのでしょうと思います。過去からの警鐘として、昭和のクラい唄はこれから意味を重くしてゆくと思います。

はじめまして

うえしん様、はじめまして。

暗い昭和の歌、極め付けの曲があります。
北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」

アン真理子「悲しみは駆け足でやってくる」

ブルーベルシンガーズ「昭和ブルース」

又、寄らせて頂きます。

M NOMさん、ありがとうございます。

北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」
http://jp.youtube.com/watch?v=rPzKl5qnc18
捨てられた怨みを歌っているのですね。

アン真理子「悲しみは駆け足でやってくる」
http://jp.youtube.com/watch?v=TAgFqqxuGSw
これは極め付きですね。

ブルーベルシンガーズ「昭和ブルース」
http://jp.youtube.com/watch?v=yrzLoHAL77s
これは代表的な暗さといっていいかもしれませんね。

昭和を代表するな暗い歌の紹介ありがとうごさいます。
しかし昭和の人たちはどうしてこんなに暗い気持ちをもつようになったのでしょうね。

 こんにちは。
 ヘイユウブルースは、大槻ケンヂがカバーしたりして有名ですが、たしかに名曲だと思います。
 そういう「しけていて変な曲」という事で言えば、かつてP-VINEからリリースされていた「幻の名盤解放同盟」シリーズが宝の山だと思いますよ。

http://www010.upp.so-net.ne.jp/igex/kaihoukasyu.htm

 個人的には野坂昭如の「マリリンモンロー・ノーリターン」という曲に、土俗的歌謡曲というか、耐えられないような「しけた雰囲気」を感じます。

http://jp.youtube.com/watch?v=d4HiKH9dzIo

マニアックな曲(笑)の紹介ありがとうございます。

野坂昭如の唄はなにをいっているのかよくわかりません(笑)。「ヤンキーゴーホーム」ということでしょうか。さいきん、野坂さんは見かけませんね。

 こんにちは。
 遅ればせながら。
 私が昭和の暗い歌として真っ先に思い出すのは、あがた森魚(もりお)さんの「赤色エレジー」です。
 林静一さんが雑誌「ガロ」に連載した同名漫画を題材に、あがた森魚さんが1972年に作詞・歌唱したものです。
 哀愁を帯びた旋律がひしひしとその当時の暗さを感じさせてくれます。
 他に、梶芽衣子さんの「うらみ節」、さだまさしさんの「防人の詩」なども思いおこされます。

永遠の少年さん、ありがとうございます。
こういうクライ世相の時代にもどってほしくないという教訓として、これらの曲を聴きなおしたいですね。

あがた森魚 「赤色エレジー」
http://jp.youtube.com/watch?v=RnsegFcDm4I
葬送曲みたいですね。

梶芽衣子 「うらみ節」
http://jp.youtube.com/watch?v=zx5QFQm_HgI
女の怨歌ですね。

さだまさし 「防人の詩」
http://jp.youtube.com/watch?v=yvtUbIikjgs
リアルタイムで聴いていましたが、こういうスケールの大きい曲はめったになかったですね。

こんなのはいかがでしょう。

奈良寮子「父ちゃんどこさ行った」
http://jp.youtube.com/watch?v=RLOlStd0YK4

『幻の名盤解放歌集 スナッキーで踊ろう~日本コロムビア編』にも収録されていますね。
わたしはみなさんとは逆に、こういう暗い曲を聴くと心のふるさとに帰ったような気がして、なんともいえないカタルシスを覚えます。

stonedloveさん、ありがとうございます。

ずっこけるクライ曲ですね。リアルですね。

暗い曲には心を安らげる効用があるのは私も認めます。

ただ(笑)、私の記事の意図は暗い歌がふつうに歌われていた昭和のような暗い世相がもどってはならないという気持ちがこめられています。

土俗的な暗さや悲しみが歌われない、豊かで明るい時代が平成以降長くつづいてきたと思われますので、昭和の世相というのはあらためて暗かったのだと思い知らされます。警鐘の意味で、昭和の暗い歌は聴いてほしいと思っています。

こんにちは

頑張って下さい!!
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また来ますね!!!

たしかに

若い世代からすると、80年代もまだ寂しい寒々しい時代と感じます。90年〜98年が何だかんだで近代発展と民間への普及があり、近未来への希望があったように感じます。70〜80年代は、戦後の湿気感や昭和の陰鬱とした雰囲気がまだまだあったように思います。
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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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