内需拡大と労働デフレを考えてみる
経済のこととなると私はとんちんかんちんなことしかいえないが、アメリカ頼みの輸出産業がぼしゃってしまうと内需拡大ということになるのだろうが、労賃を落としまくっている日本に内需拡大なんか望みようもないというものだろう。
きのうNHKの解説委員がいっていたが、日本人は1400兆円もの個人資産を輸出産業によって貯蓄するだけではなく、消費するようなライフスタイルに転換すべきだというようなことをいっていた(記憶があいまい)。だれがそんな個人資産をもっているのか実感をもって考えられないのだが、働いて貯蓄するだけの日本人のライフスタイルというのはたしかに再考がうながされるものだろう。アメリカ人のような貯金をせず借金で消費ヅケになるような人生も問題だが、働いて貯めるだけの人生も経済的には害悪だと考える転換期にきているのかもしれない。
日本という国は輸出産業で儲けるために国民の給料が下げられ、長時間労働で酷使され、そのために内需や国民消費が犠牲になっているという図式を描けばいいのだろうか。輸出産業のために国民はどこまでも犠牲になっているのであり、輸出で儲けるためには国民はないがしろになっていいという考え方が内需を殺してしまっているのかもしれない。
バブル崩壊後、給料は下がりつづけ、パート労働や非正規労働によってさらに労働コストは下げられつづけている。スーパーやコンビニ、ファミレスなどのサービス業はパート労働と社員による長時間労働によって儲けるというビジネス・モデルを定着させてしまった。パート労働が増える中で内需なんて拡大しようがないのである。なぜかれらが消費者であり、顧客であるという考えができず、国内のお客を減らすようなコスト削減しか企業はできなかったのだろう。蹴飛ばして、内部でこき使うパート労働者が回りまわってお客になるという発想になぜ結びつかないのだろう。
労賃のデフレ傾向というのはなぜつづいているのだろう。企業はなぜ非正規労働をつかい、社会保障を削り、労働コストをそこまでして下げなければならないのだろう。人材の余剰感や人余りがそんなに加速しているのか。人口減少社会はすでにはじまり、団塊世代の大量退職や労働人口の減少はおこっているのではないのか。いまに人手不足社会にならないのか。
年功賃金や解雇規制の重みが企業に人件費削減や非正規雇用の増加をうながすという考えがある。正社員の余剰感やコスト増が、非正規を生み出したという考えである。年功賃金を抑えたり、解雇ができないから、そのような重石を背負わないために非正規雇用が利用されたということだ。社員のクビを切ることが社会的非難をまきおこすことが強い国でだからこそ、フリーターや派遣労働が増えたのである。
いわば若い世代の非正規雇用というのは前の世代の年功賃金と解雇規制のコストを背負されてしまった労働者なのである。社会保障まで削られてしまったから、労基法から逃れたということで、正社員に対する「非」がつくのである。つまり「法律外」の社員ということである。こんな法の抜け穴のウルトラ技が放置されるこの国の労働法の脆弱さは異常というしかない。
企業はかんたんにクビの切れる非正規雇用をせっせと増やしたのだが、派遣労働者のクビ切りすら社会的非難をうけることを知ったこの国の企業はつぎの雇用調整のどんな手を考え出すというのだろうか。
解雇がこんなに嫌われるのは、転職市場や有利になる転職条件、社会保障などがそろっていないからだろう。企業組織が年功序列やピラミッド型の組織をもっているかぎり、中途転職者は不利な条件を背負わされる。クビ切りをしやすくなる社会になるためには企業自身が中途入社に有利さや優遇策を与えない限りムリというものだろう。クビ切りを社会全体で拒否する国というのは、企業自身が転職に有利さを与える組織をつくっていないからだ。非正規を増やして雇用調整をおこなおうとするのではなくて、先に組織体系自体を新規入社者に有利なしくみをつくるべきなのだろう。クビ切りを恐怖に感じる社会をつくったのは企業自身ではないか。
内需拡大の話にもどるが、労働者を賃金的にも時間的にもどこまでも条件を落とすと、消費や内需が喚起されるということはない。日本人は労働者という一面的な存在にされ、消費者や生活者という存在は除外されてきた。ためにかれに消費者や内需喚起者となる時間は残されていない。労働者として絞れば絞るほど、かれは消費者たりえない。国の政策として、戦略として、国民を労働者のみにするのではなくて、消費者としての属性を強める必要があったのではないか。内需の強力な牽引者を国内につくるべきではなかったのか。社会にも労働者を消費者、顧客としての役割を強く意識し、みんなでその立場を推進すべきではなかったのか。消費者なき国に産業が育つのか。新しく商業が創立されるというのだろうか。熟成した消費者が産業や新しい商品を待望させるのではないのか。
クビ切りが社会的に認められない国でつぎに経団連会長はワークシェアリングという国民の非難があつまらない考えを出してきた。教育費や住居費などでかつかつな正社員は個人的にのぞまないだろうし、経営者にとっての体のいい賃下げになるという批判もある。私としてははるかむかし長時間労働の横行する日本に対してヨーロッパで進む時短の流れに驚異をもってながめていたのだが、失業率の増加がワークシェアリングの導入をスムーズにする時勢をつくりだすとはむかしの謎の解を時間をかけて解いてもらった気がする。
ワークシェアリングのみではなく、時短という流れももってきていいだろう。かつては好況時にしかいいだせない要求であったわけだが、不況期に必要な施策になったのである。日本人の働き方やライフスタイルも変えるいい機会になると思うのだが。ようやく「働き蜂」や「ワーカー・ホリック」といったあり方も改善されるかもしれない。消費者や生活者という側面が日本人に帰ってくる機会にもなりうると思うのだが、給料が減った労働者に消費の機会を増やすかはむずかしいところというべきかもしれない。これは経済的だけではなくて、社会的・人間的にも日本が変わるいいチャンスかもしれない。日本人に足りなくて、貧しいのは時間であったわけだ。
ただ私の反省としては、私が賛成するものは企業側にとっては得になるものや労働者にとっての悪条件化に結びつくことが多いかもという反省がある。私が望む自由や気楽さといったものは、労働条件の劣悪化に転嫁したものが多かったという悔恨もある。
この労働デフレ化でのワーク・シェアリング導入はますますの貧困者増加や生活困窮者を生み出してしまうだけになってしまうかもしれない。非正規の爆発的増加を導き出してしまうかもしれない。給料が減れば、社会保障は払えるのか。無法な長時間労働を企業が手放すなんてことが考えられるだろうか。企業はいつだって狡猾で一枚上手である。たくさんの警戒策の網をはりめぐらしたうえでのワーク・シェアリングの導入が望まれるところである。しかしこんな大きな制度転換がいまの日本におこなえるということはむずかしいと思うのだが。
コメント
なるほどですね。ワークシェアリング導入は組合への批判になるということですか。派遣さえ切れないのだったら、労働時間を減らして給料を減らそう、といっても組合がうけいれるわけがありませんね。
ワークシェアリングというのは危機のときに痛みを分かち合うといったけっこうな考え方であるわけですが、導入は私もかなりのところムリだと思っています。残業代の稼ぎを必要とする正社員もたくさんいますし、日本の労働界というのは長時間労働をすることでしか生活がなりたたないようなしくみで社員をつかっているということがありますね。労働時間を減らせば生活がなりたたない労働者がワークシェアリングを受け入れるわけがありません。
ワークシェアリングというのは現況ではたんに短時間労働者やパート労働を増やすということに陥ってしまうと思います。みんながパート労働者になってしまうという政策になってしまうと思います。しかもシェアされる労働者にしても新規に雇われる労働者はかならずパート労働になると思います。時間給で労働時間が減らせば、生活できないワーキングプアがもっと増えるだけになりますね。
残業代で稼ぐ社員や残業で人員を抑制してきた会社はいったいどうなるのでしょうね。社員は長時間働こうとするだろうし、会社は長時間働かせようとしますね。もし20万の給料なら半分の十万にしてもうひとり雇うことになると、社員はダブル・ジョブにつかざるをえませんね。
会社もワークシェアリングなんか無視して二人雇うより一人雇うほうが安いのなら長時間労働で搾り取ろうとしますね。さらに社会保険を二人分支払わなければならないとするのなら、コスト高になって損してしまいますね。
けっきょく労使ともども反対だらけになり、頓挫してしまうでしょうね。ワークシェアリングが受け入れられる余地というのは社会コストの増大以外にありえませんね。失業者が町にふれて、社会の悲壮感が強まったり、治安悪化や社会問題化のコストを強く懸念することによってしか実現しないと思います。失業者が大量になって暴動をおこすような状況になって、会社や雇用というものが外部や社会とつながっている、密接に関係しているという思いが生まれて、ワークシェアリングは導入が不可欠なものになるのでしょうね。失業者の社会コスト高という社会の認識に合意がなされないと、導入は難しいのでしょう。
私は時短と労働中心の社会にならないという点で日本人の生き方の転換点になるということに希望を見出したいのですが、現実的には導入が困難で、むずかしいといわざるをえませんね。わずかな希望は見出したい気がするのですが。
■インタビュー:世界経済の構造変化進む、日本は内需拡大への改革必要=北山・三井住友FG社長−やはり内需拡大は当然の理屈か?しかし?
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日本経団連の御手洗会長が、現下の雇用危機の打開策としてワークシェアリングの検討の必要性について言及しましたが、日本経団連は本音としてワークシェアリングのような経営者側の負担となる制度に取り組むつもりなど全くないと思います。
今回の発言は、労働組合側がワークシェアリングの導入を受け入れないことを前提としたものであり、責任の一部を労働組合に押し付ける責任回避のポーズにすぎないと思います。
一方、ワークシェアリングについて、労働組合(連合)側はどう考えているのでしょうか。
連合組合員の多くは、趣旨には賛成するけれども自分の職場で採用されるのは困る、「総論賛成・各論反対」がこれまでの本音ではなかったでしょうか。
うえしんさんは、時短の観点からのワークシェアリングの導入をと言われますが、多くの正社員は時短よりも残業手当てが大事と考えているのではないでしょうか。
また、企業の多額の内部留保が明るみとなった現在では、それを棚上げにしてワークシェアリングを持ち出す経営者側への反発も強いと思います。
日本経団連、連合ともに自分の権益に固執し、弱者への視点はなく、ワークシェアリングは結局実現できないでしょう。
御手洗会長の発言をきっかけにして、マスコミでもワークシェアリングのことが取り上げられるようになりましたが、それを見ていて、世間ではワークシェアリングの概念を下記のように幅広くとらえていることがわかりました。
\擬勸の数を増やし、仕事を分かち合う。その結果として、多くの場合、正社員の給料は下がる。
∪擬勸の残業時間を削減して、その分を新たに新たに採用した従業員で補充する。残業時間の補充目的であるので、その採用は流動的なものとなり、有期・臨時的な採用となる。テレビで、ある地方自治体の職場でそのような取り組みを行っている例が放送されていました。公務員のような安定した身分であって、内部留保の問題も無いから、職員は許容出来たのかもしれません。
従業員の勤務時間を削減し、それによって、従業員の新たなリストラ削減をしないようにする。
テレビで、ある民間企業がこのような取り組みを行っており、ワークシェアリングの例として放送されていました。給料が削減されたのかどうかは放送ではわかりませんでしたが、おそらく削減されたのでしょう。
私は、ワークシェアリングの概念として、,靴想定しておらず、△筬が本当にワークシェアリングと言えるのかなと疑問に思いました。