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12 16
2008

書評 労働・フリーター・ニート

『ルポ解雇』 島本 慈子


ルポ解雇―この国でいま起きていること (岩波新書 新赤版 (859))
島本 慈子

ルポ解雇―この国でいま起きていること (岩波新書 新赤版 (859))


 法改正による解雇の自由化など許さないといった一見もっともな主張だし、おおくの意見に賛同できるのだが、読んでみて違和感がぬぐえない。解雇裁判など年間三千件ほどしか日本ではおこっていないというし、年間50万件以上の会社都合による退職がおこっている国において、労働法が問われる意味なんてあるのだろうかという思いがする。解雇されても裁判などに訴えない国において、労働法を問う意味なんてあるのだろうか。

 もうひとつの最大の欠落は非正規問題がまったくカヤの外ということである。正社員の解雇の反対をいくら唱えたところで派遣やフリーターはつぎつぎとクビを切られているのである。というよりか、正社員の解雇が難しいからこそ、派遣やフリーターは増えたのである。この著者の正義や、ほかの多くの人や労働組合の正義も正社員の雇用を守ることだけにあって、非正規は人間としてカウントさえしないのだろう。

 こういうジャーナリストや労働組合の正義感というのは恐ろしい気がする。ひと昔前の労働観や正義感でとまっていて、自分たちの正義がおよばない人に二重の苦役を強いているということに気づかない。かれらは正義に駆られて雇用反対を唱えるのだろうが、現実の労働市場ではクビ切り問答無用の非正規雇用はどんどん増えているのである。正義がそれに預かれない人の被害をもっと大きくしているということに気づかないのである。日本の既得権益者の頭とはこんなものなのだろう。歴史や時代がとまっているのである。

 私はこの本に解雇や雇用の変化といった経済的・社会的なものを読みとりたいと思って読んだのだが、労働裁判など法的なものがメインの本であった。大きく変貌した日本の雇用はどのようなものになったのかを知りたいと思ったのだが、ほとんど裁判などおこなわれない労働裁判の実例がメインの本で、それはそれなりに心を打つのだが、裁判も起こさない人が大半で、権利さえほぼない非正規が増加するこの国において、労働法を問う意味がどれだけあるというのだろうか。なんでこんな陸の孤島となったような正義感の本が出ているのだろう。

 金融危機によって派遣切りがマスコミや社会の非難を浴びた。このような千単位、百単位の派遣労働者がかんたんにクビを切られるという現実を思い知って、社会は日本企業の変化や雇用形態の変化の意味をようやく知ることになったのだろう。日本の企業は90年代からにかけて若年労働者を非正規や雇用の調整弁としか扱ってこなかったのに、日本の社会やマスコミはそれを知らない、気づかないふりをしてきた。はじめて日本企業がおこなってきたことの一端を垣間見て、事の重大さに気づいたのだろう。この本の著者にしろ、日本のマスコミや社会はなんておめでたいのだろうと皮肉をいうしかない。時間がとまっているというか、石器時代の安穏とした空気に支配されたままだったというほかない。

 正社員の解雇問題を問えというより、非正規の低賃金化、雇用の流動化、細切れ化はより深刻に根強くこの社会に浸透しようとしている。事実上、解雇の自由化は可能になっているのであり、生活すらままならない事態におちいっている。労働組合やジャーナリストは脳死していたというしかない。

 著者が憂えていることより事態は先に深刻になってしまっている。「いま作られようとしているものは「身分によって生きる権利が変わる」社会であり、「職業には貴賎がある」という思想を公然と語る差別社会である」。

 「「雇用の解体」と「人間の解体」が足並みをそろえて近づく」といわれているが、人間の権利や最低限の生活の保証すらされない社会はもはやできあがってしまったのだろう。この社会は迫りつつあった大きな危機に気づかなかったのである。もはや弱い人や困った人を守ろうという正義感は、現実の労働環境において発せられない社会になってしまったのだろう。


働きすぎの時代 (岩波新書 新赤版 (963)) 過労自殺 (岩波新書) 戦争で死ぬ、ということ (岩波新書) 住宅喪失 (ちくま新書) リストラとワークシェアリング (岩波新書)
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Comment

はじめまして、こんにちは。
穿った見方かもしれませんが、労組やジャーナリズムの死亡は、自覚的に進行してきたのではないかと思えてなりません。
団塊の世代以上の人々は、ここ十年ほど、職とその後の年金に汲々としてきた感がぬぐえません。そしてそれらを守るために、若年層の非正規化と社会保障=高齢者福祉へのシフトをきっちりと進めたのではないかと。

ロストジェネレーション世代のボクからすれば、本書を含め、多くのマスコミ関連が世代間のバランスを欠いた正義を主張しているように感じるのです。
確かに歳がいった人々が解雇その他の憂き目にあったら厳しいでしょう。
しかし若年層がこれからと言うときに、出鼻をくじかれたり、社会的に抹殺されしてまうのも、同様に厳しいのです。

何日か前の新聞に湯浅誠氏の『反貧困-「すべり台社会からの脱出」』(岩波新書)がナンチャラ賞を受賞したという記事が出ていました。
いつすべり台を滑り降りてもおかしくないボクは、さっそく今日、買書してみました。
読了していませんが、ある意味で、『ルポ解雇』とは反対の方向へベクトルがむいた本です。

bookreaderさん、はじめまして。

この本には驚きました。法的な解雇にたいする正義に貫かれている本なのですが、非正規の無権利状態や無保険問題、それと現実の解雇件数に対する解雇裁判などの少なさなど多くの重要な現実がカヤの外です。

労働組合やジャーナリズムの頭の中はこんな視野狭窄や時代遅れの頭でいっぱいなのでしょうね。正社員の解雇の難しさが非正規を生み出しているという側面にまったく目を配っていない。若年者の労働環境がまったく見えていないという恐ろしさを感じます。

湯浅誠氏は社会の貧困問題にとりくんで、これからの期待できる社会活動家ですね。大沸次郎賞をとったということですが、これからも社会の問題に鋭く提言していってもらいたいと思います。
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うえしん

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世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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