底なし雇用危機に思うことをとりとめもなく



 自動車産業の大量の派遣切りは家電産業の大量リストラにまでひろがってきたのだが、一度にこんなに大量の人たちが失業すると、再就職は容易ではない。雇用不安や雇用危機という段階ではなくて、恐慌といってよい段階に入ってしまったのかもしれない。大手のリストラは報道されるが、中小や地方の企業はもっとひどい状況におちいっているかもしれない。雇用の底が抜けてしまったのだろうか。

 まるでこのような状況を予測するかのごとく派遣や期間工などの雇用調整弁的な非正規が増やされ、そしてこの期を待ってましたとばかりに即効、解雇を申し渡す。つまりは景気減退期に正社員はなかなかな解雇しにくいから、解雇のかんたんな非正規にその待遇を入れ替えてきた。まるで企業はこの機会を待ってましたといわんばかりだ。積年の恨みがここで果されたのだろうか。

 メディアや非正規雇用者も怒った。社会的非難を浴びせた。すっかりおとなしくなった非正規労働者がまさかデモや解雇撤回の声をあげるとは思ってもみなかったが、社会や政治もこのような状況がくることを黙って放置してきたのである。解雇が自由で、いつでも可能な非正規を企業はそのために増加させてきたのである。つまり企業のまったく無法な解雇が可能な社会や制度を企業はせっせとこしらえてきたのである。社会や政治は雇用が非正規におきかえられると、人々の生活が貧困におちいったり、かんたんに解雇される状況になるのを容認してきたのである。それが企業の競争力をつけるためにやむをえないことだと社会は黙認してきたのだが、解雇が生活の困難を即もたらすということに頭が回らなかったのだろうか。

 この十年、二十年は企業は好き勝手に従業員の待遇を下げてきた。賃下げに長時間労働、サービス産業、名ばかり管理職といった旧来の正規雇用者にたいする酷使的な労働と、非正規労働や日雇い労働、派遣といった新しい雇用者に対する無責任さ、横暴さをふるってきたわけである。まるでこの国には労働基準法や人権といった歯止めが労働にたいしてまったく存在せず、企業はどこまで人権のない雇用者にたいして無法や横暴のかぎりを尽くしてよいといったお墨付きを政府からもらっていたのだろうか。労働者はなぜ声をあげなかったのか。終身雇用や年功賃金、あるいは福利厚生といった人生の人質をとられて、あるいは家族主義的、温情主義的日本企業という甘い神話を抱いてか労働者は企業の横暴のなすまま受け入れてきたのである。

 正社員の中高年になってからのリストラもおそらく深く広く進行していたのだろう。解雇四原則といった正社員の解雇が容易にできない判例や法規も、たとえば早期退職制度といった名のリストラや解雇によってなし崩し的にされてきたのだろう。この社会や政治は労働者の権利や法律といったものをまったく守られない無規制、無法律の社会になってしまったのではないかと思う。だれも労働者を守らず、だれも労働者を守れない。労働者がかつてもっていたとされている労働の権利や法律はどこにいってしまったのだろう。

 かつての日本企業は不景気になっても雇用を守ると思われていたが、今回の金融危機によってそのような化けの皮をみごとに剥がしてしまった。もはや雇用を守る日本企業は存在しない。企業が生き残るため、景気が減退すれば、たちまち従業員のクビを切る、定年まで保証しない、人生設計も保証も援助もしないといった企業本来の顔を臆面もなくさらすようだ。しずかに若年労働者に見せていた顔を社会にようやく見せたのだろう。マスコミや社会はそのような変貌のすがたを察知していなかったのである。

 企業がこのようなヤクザな存在になってしまったのは、自由主義や規制緩和を推し進めた政治によるものではない。自動車や家電、道路公共事業といった二十世紀をひっぱってきた産業構造が飽和状態に達してしまったことにあると見なすべきだ。産業、社会全体が貧乏父さんになってしまったのだ。企業は成長期には社員の人生や福祉を保証できる金持ち父さんであったが、リーディング産業がことごとく飽和市場に達すると、たちまち余剰体質を維持できなくなる。なりふりかまわず脂肪体質を捨てざるをえなくなったのだ。もはや、がりがりの自分だけを守ろうとする強欲ガイコツ老人しか残っていないのである。

 非常事態の社会になってしまった。経済の収縮が早くにやってきて、経済のパイをみんなで分け与えることが不可能な社会になってしまったのだろう。このままでは雇用の底が抜けてしまうので、非常事態的な断行が必要になるのだろう。私はこういうときだからこそワークシェアリングでの時短のような方法が功を奏するのではないかと思う。雇用のないところをみんなで分け与えるしかないのだろう。時短であったり、サービス残業禁止などの政府の断行がおこなわれて雇用の創出を図る必要があるのだと思う。非正規の解雇のような方法は貧困のデフレ・スパイラルをますます助長させるだけになるだろう。98年のようなホームレスの増加をもたらすとしたら、この社会の治安の悪化、秩序の騒乱は避けえなくなるだろう。企業は経済の次元だけに存在するのではなく、社会的存在としての品格や責任を果すべきなのである。そのような責任を企業にもとめるのもわれわれ社会人の責任と務めというべきなのではないのか。

 ギリシャで若者の暴動がおこった(【動画】地元テレビ局がとらえたギリシャ暴動)。金融危機による経済的要因によるものではないかと想像できるのだが、ギリシャの若者の失業率は25%を超えており、先進国で4位の高失業率である(若者の失業 - OECD(先進国)ランキング)。ちなみに日本は25位で、8.7%になっている。日本にも若者の暴動がおこらないかとも思うのだが、日本は自滅型を選ぶ。名門大にも大麻汚染の逮捕者がぞくぞくと出ているが、日本の怒りは内攻型の退廃型に逃げ込むようだ。怒りのエネルギーはギリシャと同様のものがあると想像するには難くないというものだ。日本もいっそ暴動をおこしたほうがまだ健康的だと思うのだが、この社会の鈍感度はそのくらいの衝撃を与えられないと痛くもかゆくもないのだろう。

 社会は危機的状況を迎えていると思う。これまでの無法労働状況のツケが払わなければならないところにきているのだろう。雇用維持は社会治安維持だという掲示板の書き込みが忘れられない。


コメント

 こんにちは。

 今回の金融危機の前に、「いざなぎ超え」と呼ばれる景気回復が続きましたが、一般の国民には全くそのような実感はなかったと思います。
 いったい誰が儲けたのでしょう?
 国民ではなく、企業、特に輸出をメインとするする企業が儲けたようです。
 これまで、企業は輸出で儲けた利益で雇用を増やしたり賃金を上げたり、あるいは下請け企業の発注単価を上げたりということで、景気が広く裾野に及ぶように行動していましたが、最近はこうした行動を取らなくなり、内部留保を増やしていったようです(「閉塞経済(金子勝著 ちくま新書)」を参考にしました)。

 企業は、今回の金融危機に際し、これまで儲けていたのだから、内部留保の増加分を使い切るまでは従業員の削減などをせずに耐え忍ぶべきだと思います。
 しかし、企業は短期的な損失回避のために、派遣切りや正社員のリストラなどによって従業員削減を進めています。
 こういった行為は単独ではなかなかできないものですが、「みんなで渡ればこわくない」といった風潮でまかりとおっています。

 企業は、短期的な利潤の増加を追求するあまり、長期的な成果を見逃しがちです。
 派遣切りや正社員のリストラを行っている企業は、やがて、学生から見向きされなくなって有能な人材の雇用機会を失い、消費者からは愛想をつかされて商品は売れなくなって、長期的には損失を被るのではないでしょうか。
 マスコミには、非人間的な派遣切りや正社員リストラを行っている企業を大々的に報道してほしいと思います。
 今後、逆に長期的な戦略として、従業員を大事にし、派遣切りも正社員リストラもしないと宣言する企業が出てきてもおかしくないのではないかと思います。

永遠の少年さん、こんにちは。

この前の空前の景気はまったく実感を感じられず、大本営発表かと思いましたし、もしほんとうだったとしても労働者への分配はほとんどなかった、というよりか切り下げつづけられていたと思います。

なんだか企業の儲けている連中と大多数の労働者が分断されたようですね。トヨタも世界から黒字なのにどうして派遣切りをおこなうのかと注目されたみたいですね。そこまで企業は人材をコストと考えるようになり、冷酷なまでに人をかんたんに切るようになりましたね。モラルや道徳といったものがまったくなくなりましたね。こんな道徳なき日本人が経営者や経済の支配者にいると思うと、とても同じ人間だと考えたくありませんね。基本的に日本の財界人に労働者に対するモラルなんてもともとなかったと思いますが。

先に読んだ『人口減少社会の設計』という本に生産性にたいしての労働分配率が日本でオイルショック以降下がりつづけていて、企業は内部留保を増やしているに、分配率を高めなかったことが日本の国内需要を下げつづけて不況からいつまでも脱却することができなかった理由だと書かれていました。まったくなるほどだと思います。

その内部留保はどこに用いられたかというと、下がりつづける実質GDPにたいして設備投資は上がりつづけるという異常な事態をまねいていました。それがバブルをまねいたのだと。まったく日本は企業を優遇しすぎて、国民や労働者は殺されてきたというしかないですね。いぜんは社会保障で絞め殺してこんどはリストラで絞め殺す。日本企業に人間的なモラルなんてまるでなかったのでしょうね。

日本は企業競争のために企業を守りつづけて、けっきょく国民や労働者の幸福をすこしも配慮できなかった社会だったわけですね。今回の大量リストラや非正規増加の意味が国民にもよくわかったことでしょうね。この非人間的な企業システムが日本の大きな問題だったということです。国民にしっかりとそのことを認識してもらいたいと思います。

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