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01 21
2006

書評 性・恋愛・結婚

『明治の結婚 明治の離婚』 湯沢 雍彦

404703388X明治の結婚 明治の離婚―家庭内ジェンダーの原点
湯沢 雍彦
角川学芸出版 2005-12

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 明治の離婚率は2.6%から3.6%の高い水準にあり、1%台の昭和の離婚率よりはるかに大きかった。時代は進歩すると考えられている私たちにとって、この逆進歩はなんなのだろう。世界一の離婚先進国であったのである。

 結婚は長くつづけなければならないという認識が乏しかったり、いつ別れても構わない、長つづきするのはむしろ例外だと、階層に関わりなく考えられていたようである。

 地域で見れば東北のほうが離婚率が高く、巨大な家族の前に嫁は労働力と期待されており、親族と相性が悪ければかんたんに離縁された。離婚はたんなる転職であり、離婚を恥とも残念ともまったく思わない人たちがふつうであり、良家でも離婚しないのは偶然の幸いといわれたほどだ。つまりは「終身婚」の誓いなどまったく持ち合わせていなかったのである。

 明治31年に離婚率は二割以上も激減した。家父長的な民法の発布と、それにともなう届出を出さない内縁婚が全国に二割ほどもいたそうであるから、国家の家繁栄の考え方が離婚率をおさえてゆくことになったようである。

 上層階級の結婚は攻略結婚であり、妻と感情や愛情を交えることは論外であり、それは妾とのあいだで満たされるものと考えるものも多かったのである。世間では一夫多妻制は容認されており、おそらくは最近まで男にそのような意識は強かったのではないかと思う。恋愛結婚などを大マジメに信仰する者たちだけが、一夫一婦の誓いを固く守ってきたのだろう。

 樋口一葉の『十三夜』という作品に身分違いの結婚に嘆く話が出てくる。父親から諭されるのだが、夫からずいぶん恩を受けているのだから親兄弟のためにがまんしてくれ、離婚して家を出ても子と会えなくなり、同じ不運に泣くのなら妻として大泣きに泣けといわれる。彼女は自分が死んだつもりで子を守る覚悟を決めるのである。たぶんに女性はいまでもこういう境遇で暮らしているのだと思う。

 著者によると明治の結婚の研究書はほとんど存在しないそうである。われわれも明治の結婚の話を聞かないし、じいちゃんばあちゃんがどのような結婚生活を送ったかも知らない。われわれはただ見合い結婚が減り、恋愛結婚が増えたグラフを誇らしげに見せられるだけである。むかしに学ぶことはなにひとつないといいたげである。

 明治の結婚は慣習が二人を結婚させた。年頃の男女がいれば、まわりの者たちが恋愛感情なしでも結婚させた。結婚は生活手段の一つにすぎないのであり、義務であったのである。恋愛結婚強迫の現代はその原点を忘れているのではないかと思う。

 なおこの本はちょっとおカタくて、読みすすめるのはしんどかったかもしれない。

 ▼家族をめぐる変容
 恋愛結婚は何をもたらしたか家族というリスクCIMG0001_211.jpg「家族」と「幸福」の戦後史―郊外の夢と現実

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