『就職がこわい』 香山 リカ


就職がこわい (講談社プラスアルファ文庫)
香山 リカ

就職がこわい (講談社プラスアルファ文庫)


 秀逸なタイトルなのだが、もちろん精神科医の香山リカが「ではどうしたらいいのか?」に答えてくれるわけがない。「なぜ?」とか「どういうことなのか?」あたりはうろうろしてくれるのだが、処方箋は示してくれない。おまけに精神科医は産業構造や経済趨勢に目を向けないのだから、ひたすら心の内面に沈殿するだけである。心理主義は問題に一筋の光を当てるが、雇用の変化がどういうものなのかといった心より大事な問題を語れないのだから、精神科医からの職業観はあまりクローズアップすべきではないのかもしれない。

 フリーターやニートがはじめて騒がれたとき、「怠けている」とか「やる気がない」とか精神論で非難された。心理主義な問題とされたのである。最近ようやく明らかになりつつあるのだが、かれらの増加は雇用情勢の悪化によるものである。心理主義的な説明は雇用や産業の変化を見抜けない、視野狭窄的な弊害を生むだけである。ただその前段階で心理的な問題というのがあるのもたしかなのであるが。

 今日の雇用の問題というのはかつて主婦や学生の片手間仕事といわれていたパート労働で生計をたてなければらない人たちが大量に生まれたことである。企業や社会がこれまで「一人前」とか「成人」と見なしていた正規雇用からおおくの若者を拒絶してしまったのである。職業中心や職業によってりっぱというアイデンティティを保ってきた日本人にとって、それはアイデンティティ瓦解になりうる。職業から見捨てられた非正規雇用者はなにによって社会的地位、自尊心を保てばいいのだろうか。職業中心の価値観ではない、もうひとつの価値基準が必要だということである。

 この本でふたつの指摘をとくに注目したいと思う。就職活動の場が全人格を否定されるような恐ろしい尋問の場に思われていることと、若者の低い自己評価と自分は特別だと思う自己愛の落差である。このふたつの性質が職業に関わるさまざまな問題を生み出しているように思える。

 就職活動は恐怖だと思う学生は「面接官は意地悪で、面接は自分が徹底的に攻撃、批判される場」と思っている。警官の尋問のように思えてしまうのである。香山リカはそれはお客様のように歓迎されてきたかれらが、はじめて自分が強く望まれていない場に出会い、拒絶や嫌悪を増幅してしまうからだといっている。人間関係で嫌われることを人一倍恐がってきたかれらは、そういう試される場がひじょうに恐ろしいのである。全人格が否定されるような恐怖を覚える。

 「ではどうしたらいいのか?」にはあいかわらず答えられていないのだが、慰めの言葉がいくつかある。「就職試験なんて宝くじみたいなもの。採用されないのがあたりまえ」や、「早期離職者が増えているのだから採用試験なんか当てにならない」といった言葉がかけられている。私も就職活動を恐がって気味悪く思い早々とあきらめたクチなのであるが、否定を恐がる人というのは向こうの都合をよくわかっていないのではないかといまでは思う。

 就職なんて向こうの都合によって決まるのであって、向こうの視点や都合などの情景の想像力をつちかうことが大事なのかなと思う。向こうは店で商品を選ぶように求職者を見ているのだから、そういう商品選別の目を自分自身に適用してみたらむこうの都合や心理がどのようなものか少しはわかるかもしれない。かれらは能力や職務遂行能力という私の一部分を見ているのだという切りとり方もできると思うが、まあそういう機能別の切りとり方は難しいかもしれない。学生にとっていちばんの恐怖はやはり会社や面接というものが実感のともなわない得体の知れないものに評価されるということにあるのだと思う。どのような視点や用途によって私を評価しようとしているのかわからない。相手はどのような都合で私を選ぶのだろうか。相手の都合で自分を切りとってみるということが大切なのかなと思う。

 就職を恐いと思うのは私もよくわかるのだが、いまでも克服できていないのだが、自分のネガティヴさ、否定面を岩のように動かし難く思い込んでしまうものである。自分なんてダメだと思ってしまうのである。まずコミュニケーション能力への恐れがある。ポジティヴさ、プラス面、ウリといったものがまったくないように思ってしまうし、自分を売り込んだり、営業したりする根性をもてないものである。自分の長所やウリをもちだすことにゲロを吐きたくなる。営業や商品宣伝の技能をまったくもてないのである。まあ、それは演技性とか大げさな身振り、褒め言葉といったものを嫌ってきたために自分の抑制となってきたと思うので、演技や演劇能力を試すという割り切り方が必要なのかもしれない。

 もうひとつの指摘で的を得ていると思うのが、その他大勢のひとりにすぎないという落胆の気持ちと自分は特別だという気持ちとの葛藤が若者に強いということである。自己評価の低さと自分は特別だという気持ちの同居は、現代人の特徴だといっていいと思う。基本的に人間は自分が世界の中心にありながら、他者にとってはいてもいなくてもいい存在である。

 その落差がわれわれに優秀さや偉くなること、認められることをうながす。他者から自分に価値はないと思われることが耐えられないのである。他者から承認されることが人間の生存条件でもあり、価値をあげることが生きる糧として感じられてきて、消費社会においてますます自分の価値のひきあげが煽られる世の中である。だから自分が価値がないと思われることが恐ろしくて仕方がない。

 職業においてもやりたいことや自己実現が煽られる世の中である。しかし現実はそういう構造でないことにますますま焦燥感を駆り立てられる。この本で指摘されているのだが、高卒求人にはよい仕事はほとんどないといわれている。ドラマに出てくるような仕事や華やかな自己実現をとげる仕事、ホワイトカラーなどの仕事などのぞめないと書かれている。自己実現を煽る社会は酷なのであり、望む仕事につけない人は自分をどう慰めたらいいのだろう。高校の進路指導教員はこういう。「やりたいことは仕事が終わってからやれ。自己実現だとか私らしさを求めるな。食うために働け」 もっともな言葉であるが、自己実現を煽られる世の中では、強い確信をもてないとすぐに揺るがされるように思うが。

 世界の中心でありたいという気持ちと、世界の片隅の低い自己評価で生きざるをえない自分。その葛藤に若者は低い自己評価から逃れようとまわりをうろついてみる。どこにいっても世界の片隅で低い自己評価にうずくまる自分を見つけてしまう。いっそ外の世界を断ってしまおう、と試みたのだがひきこもりかもしれない。われわれはマスコミの煽られた自分への特別視といった観点を削ぎ落としたり、抑制したりする必要があるのだろう。マスコミが煽る価値観を脇にどけてしまうのである。自分のマスコミや社会によってつくられた価値基準というものを、切りとったり、遮断したり、高い特別視と低い社会的価値をとんとんと均すといった方法もあるだろうし、世界が不満だらけなら、こちらの価値基準を書き直してみるという方法もあるだろう。低い価値でも平気になる、楽しめるという価値基準をつくることが大切なのである。そういう自我の価値観を落とすといったことを二千年もかけてやってきたのが仏教なのであるが。

 いまは雇用情勢が大きく変化し、これまでの日本人の人生観や職業観でやっていけいな時代がやってきた。大きな認識の変化や価値観の変化が求められるところなのである。職業から拒絶されたり、低い地位や価値観で生きていかざるを得ない節目の時代を迎えた。自分の価値観と社会の価値観の変化のなかでどうやって自分の価値観を維持してゆくのかということが大きな問題になってきたのだと思う。自分の価値観の平安な落ち着きどころといったものを見つけてゆかなければならないのだろう。


就活のバカヤロー (光文社新書)就職迷子の若者たち (集英社新書) キレる大人はなぜ増えた (朝日新書 90) 「私はうつ」と言いたがる人たち (PHP新書) それでも就職したいあなたに―既卒、フリーター、第二新卒の大逆転内定獲得術 自分探しが止まらない (ソフトバンク新書)
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コメント

こんにちは。

マスコミなどで活躍している精神科医に目立ちますが、うまくやれない人達を上から見下ろし(困った人たち)扱いして著者は高みの見物といったスタイルが鼻につきますね。
問題を指摘するだけ指摘しておいて解決策を書かないのでは、ではどうすればよろしいので?と突っ込みたくなりますね。
歪んだ成果主義の世の中で就職活動に恐怖を感じるのは正常な人間の証明といってもいいのではないでしょうか?

たいようさん、こんにちは。

精神科医はもともとは病者を治す、もしくは判定するといった職業ですね。病者ばかりを注目し、ひどいところではだれもを病者に見なすまなざしを身につけますね。おまけに心に原因を見出す技術は自己責任論を押しつけて、社会や経済の問題を等閑に付しますね。精神医学は問題のある知識だと距離をおいたほうがいいのでしょう。

就職や評価されるということをわれわれは恐ろしがりますね。とくに会社から捨てられるといったことを恐れる傾向が強まっているのだと思います。

会社での評価基準や判定を絶対のものと見なさないこと、同一化しないこと、そういうモノサシ以外の価値観や基準をもつ強い自分といったものがこれからますます必要とされてくるのだと思います。たとえほかのモノサシが自分をどう評価しようと、自分自身を信じ続けるといった心の機能をもちつづけることが必要なのでしょうね。

私も1年ほど前、仕事や人間関係のことで鬱のような精神状態に陥りました。

その頃に解決の糸口を探すべく様々な精神医学、
心理学関係の本を読み漁ったのですが、
逆にメンタルが悪くなりましたね(苦笑)

心理学などは誰でも簡単に人格障害にできてしまったりと、
解決の糸口にはならないと思いました。

最終的には、世間一般的にダメな部分も含めて自分であると受け入れることで、
徐々に精神状態は回復に向かっていきましたが、
それは本から得た知識ではなく、調子が良い時は、
自分を否定するようなことに時間を費やしていなかったことに気がついたからです。

精神医学に限った話ではありませんが、
医師や公務員、また資産がある立場の人間は守られているわけで、
リストラや失職した時の心配はまずないはずですよね。
どうしてそのような立場の人が、我々に説教できるのでしょうか。

私にはどうしても理解できませんね。

maさん、こんにちは。

心理学は悪いほうの網の中に落とし込んでしまいますね。
基本的にそこから抜け出すために読むのに、ぎゃくにそっちの方ばかりに向かわせ、よけいに足をすくいとられてしまう。

私がそういうのに気づいたのは自己啓発とかハウ・トゥ本のような抜け出す方法を教える本を読んでからでした。そういう前向きな本は詐欺的と思っていたからこそ、うつ的な気分からは抜け出せなかったのだと思いますが。

心理学は大事な知識であるのはたしかですが、それより大事なことはそこから抜け出すことと、目を内ばかりに向けるのではなくて、外側の社会、経済情勢に向けることが大切なんだと思います。心理学が自己責任の時代を後押しした風潮は問題だったと思っています。

テレビに出るエライ人は、非正規やワーキングプアの立場の人たちの環境や言動からますますかけ離れてくることになってきたと思います。金持ちや成功者の言動が信頼されなくなってきましたね。舟に乗った人と、船から落ちた人たちの差異はますますひどくなってゆく一方だと思います。とくにテレビは舟に乗って安心できる人たちですね。社会階層の剥離がひどくなってゆく社会はいったいどうなってゆくのだろうと思います。ひどい時代だ。

うえしんさんコンニチハ、
松山の大学生の雨宮です。

先日行われた大学の就職ガイダンスで、
コンサルタントの方が、中途採用に力を注いでいる企業が
増える傾向にある、ということを言われていました。
新卒じゃないと正社員になれないのではないか、
といったプレッシャーが少しや和らぎました。

文系は厳しいが理系はまだ積極的に
採用する傾向にある、と言われ、少し安心しましたが、
やはり愛媛のような地方の企業はすこぶり厳しく、
父の同級生もリストラが増えているようです。

50歳を過ぎて投げ出されたら、
もうどうしおうもないようですね。

また「アリとキリギリス」の話を小学校の道徳の時間に
やっているようです。
まじめに働かなければキリギリスのようになってしまう、
いわゆる戒めとしてやっているのでしょうね。

大手金融機関をリストラされた父の同級は今や
振り込め詐欺のような仕事をしながら、
大儲けして、食堂を経営し、
定職を200円くらいで貧乏人対象にやっているようです。

かなり優秀な人らしく、
平成の雲霧仁左衛門といわれているようです。

変な世の中になっていますね。


雨宮さん、こんにちは。

内定取り消しの報道があいついできましたね。氷河期を上回るペースだとか。不況の報道は自動車の派遣リストラから、学生の取り消し、つぎは正社員の人員削減、失業者とうつってゆくのでしょう。

まあ、必要以上に恐れる必要はないと思いますよ。世の中は不況でもたくさんの仕事がないと回っていきませんし、いくら不況といっても世の中の動きがストップしたとか、店に商品がなくなったという話は聞きませんね。だれかが仕事をして回っているのだから、それだけの仕事がなされているわけで、必要以上に恐れることが自分の身の上に不況を招いてしまうことになるのでしょう。個別的には深刻な報道はかっこに入れて活動することが必要なのでしょう。世間は悲観的でも自分だけは楽観的に生きることが必要なのでしょう。

リストラは40歳とか50歳からのものが増えていますね。日本の企業は年功賃金でやってきましたから、とうぜん高い給料の中高年は重荷になってしまいますね。正社員は解雇規制が強いからクビを切られないと終身雇用の神話がさいきんまで信じられていたのですが、そんな安全神話はもろくも崩れ去ってしまいましたね。

40、50になれば仕事は見つけにくいでしょうね。企業の中では年功賃金のルールで給料体系ができあがっていますから、外から同年齢の人たちは組み入れにくい。転職者もそれまでの高給とローンや教育費で安い給料でやってゆくこともできない。フラットな給料体系で人生設計を立てる必要があるのでしょうが、それでは結婚も子どもも育てられない。どうしたらいいんでしょう。

まあ自分のスキルや能力を高めてきた人はいくらでも引く手あまただという話も聞きます。儲けてくれる人はどんなに不況でも企業はほしがります。生き残る道はこれしかないのでしょうが、優秀さや能力が高いとはどういうことか極めてそれに狙いを定めて生きるのが肝要なのかもしれませんね。私はてんでそんな道には乗れませんでしたが(泣)。。

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