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10 28
2008

日本崩壊80年周期説

大恐慌のサイクル理論が当たってきた



 2008年は世界的な恐慌のおこった年になるのかの瀬戸際に迫ってきた。これまで数々の恐慌の予測本が毎年、恐慌がやってくると煽っていたわけだが、経済ハルマゲドンの恐れは身近に迫ってきた。

 予測本で忘れられないのが稲村博の「カタストロフィー80年周期説」だ。稲村博はひきこもり論者の斉藤環を教えたこともあり、登校拒否や自殺の学者である。ひきこもりは以前アパシー(無気力)といわれ、登校拒否のなかで論じられていた。

 89年に出版された『若者・アパシーの時代』(NHKブックス)で稲村博はアパシーの若者が増えた時代を明治の夏目漱石の小説のなかに見出し(高等遊民)、その40年後にカタストロフィー(破滅的状況)である終戦を迎えたといっている。

 昭和の時代にアパシーの青年が増加したのは敗戦から40年後の1985年(昭和60年)ころからであり、この周期説にしたがえば、その40年後の2025年(平成37年)にカタストロフィーを迎えるということになる。大恐慌がおこった1929年から世界大戦が終焉を迎えたのは1945年で16年間、それを現代にあてはめてみると、2008年からちょうど17年後の2025年にカタストロフィーになるとされるのである。びみょうに符合するのである。

 社会というのは全体がまとまって大きな目標を追い求める上昇期と、目標を失い下落してゆく下落期をもつようである。明治のころは「富国強兵」であり、昭和のころは「経済立国」である。家の繁栄と没落でいえば、家を立ち上げた一代目の急進ぶりと二代目の家を維持する世代、お坊ちゃまの放蕩三昧で家を傾ける三代目という話をよく聞く。明治から敗戦の昭和20年までは一代25年前後とするとちょうどこの家の三代論があてはまるのである。中間点にあたるのが若者のアパシーの出現で、先代の大きな目標に従事しえなくなり、家や社会を没落にみちびくのである。

 江戸時代には伊勢参りや世直し運動が70年周期でおこっていたといわれる。サイクル論はほかにもいろいろとあって、有名なのがコンドラチェフの波といわれる景気循環の50~60年の大きなサイクルや、モデルスキーの波といわれる覇権大国の100年周期の交替などがいわれたりする。

 社会というのは勃興期と没落期を周期的にもつようである。明治のころでいえば、繊維や鉄道などの勃興期をむかえ、大正デモクラシーなどの繁栄の頂点をすぎると坂道を転げ落ちるようにファシズム植民地戦争へとむかっていった。日中戦争がおこったのは恐慌の1929年から8年目の1937年である。ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦がはじまったのは1939年である。いまから10年後にこのような不穏な状況がおこってしまうのだろうか。

 昭和の時代には家電や自動車、道路などの勃興期をむかえた。中間の85年を越えたあたりから高度成長や大きな目標を社会は見失い、ただよい、アパシーの青年を生み出し、土地投機によるバブル崩壊をむかえ、景気後退や若者の社会的衰退などの下落期を転がり落ちている。こんにちの時代をみると、転がり落ちた大正から昭和初年度の時代によく似ているのである。

 昭和初年度のように世界大戦をみちびいてしまうのかという恐れはたぶん当てはまらないと思う。20世紀初頭の世界大恐慌はブロック経済や世界大戦をみちびいたのだが、今世紀の人たちはこの恐れの記憶がひじょうに強いし、だいいち西欧社会はとっくに植民地戦略の時代を過ぎている。西欧はもう若くも、熱くもなく、隣国同士で戦争をおこなうような幼い社会ではないのである。大恐慌の恐れや記憶はこんかいの危機を乗り切るよい教訓や手本となることだろう。

 サイクル予測論では、バブル崩壊期に大恐慌本をたくさん出した浅井隆やラビ・バトラの本を私はたくさん読んだ。日本のバブル崩壊が1929年のような世界大恐慌をみちびくといったオオカミ本であったが、その後の日本は「失われた十五年」を過ごしたのだが、世界大恐慌をみちびかなかったので多くは外れたといえるだろう。

 しかしラビ・バトラは1978年に「2000年まで共産主義は崩壊し、2010年までに資本主義は崩壊する」と予測している。ソ連崩壊は91年に現実におこった。2008年の世界的な金融危機はなにか2010年の予測を予兆しているかのようだ。もちろんラビ・バトラの恐慌予測本は94年、95年くらいにたくさん出して、いまから見れば多くを外しているわけだが。

 資本主義が崩壊するといったって、市場経済が崩壊したとしたらほかにどんな貨幣システムがあるというのだろう。市場経済がこの世からなくなってしまうとは考えられず、権力や支配層の連中の面構えが変わってしまうということなのだろうか。

 ラビ・バトラは社会のサイクル論を、軍人の時代、有識者の時代、守銭奴の時代、労役者の時代といった大まかな理論で捉えている。軍人の時代のあとには有識者の時代がきて、つぎに守銭奴(富)が力をもつ時代がくるのだと。日本は守銭奴の時代のピークであり、欧米は守銭奴の時代を終わり、社会革命をへて軍人の時代のサイクルに入るという。ソ連は軍人の時代を終わり、有識者の時代に入るそうだ。そんな単純な理論で捉えられ、軍人の時代のようなパラダイム変換などがおこりうるのだろうか。

 浅井隆は恐慌本を94年、95年ころに矢継ぎ早に出して、村山節という歴史学者の文明800年周期にむかっていった。800年周期で文明の勃興や没落のサイクルがくりかえされるという説である。この800年西洋が勃興していたのだから、これからはアジアの文明の時代になるということである。たしかにヨーロッパが勃興したこの800年、中国やイスラムは没落していた。ヨーロッパ・ルネサンス以前にはたしかにイスラムや中国が世界を支配していたといえる。それにしても経済の恐慌が文明のサイクルという大ふろしきまで飛んでいいのかという気がするが。私はこの説に喚起されて、文明史家のトインビーやイスラムのイブン・ハルドゥーンまで手を伸ばしたものである(笑)。

 歴史は周期的にくりかえすのだろうか。2008年の世界金融危機は世界をどこに導くのだろう。サイクル理論は未来を予測するようにも思えるし、また人間の知能の限界も考えさせるものである。人間は社会や経済の大きな周期を捉えることができるのだろうか。サイクル理論は賢明な知識なのだろうか、それとも不安がつくりだすオカルト予言書なのか、慎重な姿勢が求められるというものである。世界大恐慌から戦争への道のりの歴史をひもといて、これからの時代の動きにそなえてみたい気もする。


参考文献
若者・アパシーの時代―急増する無気力とその背景 (NHKブックス)
稲村 博
4140015713

超恐慌―800年に一度の大動乱があなたを襲う!!
浅井 隆
4893463985

ラビ・バトラの世界経済大崩壊―資本主義は救われるか?
Ravi Batra
4198602565

世界の名著 73 トインビー (73) (中公バックス)

4124006837

人類の知的遺産〈22〉イブン=ハルドゥーン (1980年)
B000J877V8


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Comment

こんにちは。

 ラビ・バトラの社会サイクル論における「軍人の時代」、「有識者の時代」、「守銭奴の時代」、「労役者の時代」という変化には何か必然性があるのでしょうか。
①軍人による独裁政治に対して、有識者が反感をいだき、社会革命を起こして、「有識者の時代」をむかえる。
②有識者の理想社会を志向する政治が経済的にうまくたちいかず、庶民の不満が募り、「守銭奴(金儲け第一主義)の時代」をむかえる。
③金儲け第一主義の風潮に庶民が嫌気をさして、勤労こそが尊いとの「労役者の時代」をむかえる。
④勤労に励んでも生活が少しも良くならないので、庶民はカリスマ的なリーダーを求めるようになり、「軍人の時代」をむかえる。
ちょっと単純すぎますかね。
国によってそれぞれの時代に要する年数に違いがあり、たまたま「軍人の時代」をむかえている国が重なった時に世界大戦が起こるのでしょうか。
あるいは、経済恐慌が起こり、庶民の生活が苦しくなり、不満が積み重なって爆発した時に、戦争が起こる(あるいは庶民の目をそらせるために戦争を起こす)のでしょうか。

株価は本来、実体経済を反映して上下するべきものだと思います。
ところが、現在の株価は、マネーゲームをやっている投資家の思惑や実績によって上下するようになり、逆に株価の上げ下げが実体経済に影響を及ぼすようになりました。
アダム・スミスの「神の見えざる手」に任せておくわけにはいかないので、政治が経済をコントロールするようになりましたが、今や経済は暴走して、政治も経済を制御できなくなったかのような有様です。

共産主義は、ソ連の壮大なる失敗によって、評価を下げました。
資本主義も、この経済危機を乗り越えることが出来なければ、共産主義の失敗と同じ扱いを受けることになり、相対的に共産主義が息を吹き返すのかもしれません。
資本主義は、今、大きな試金石をむかえていると思います。

永遠の少年さん、こんにちは。

ラビ・バトラの社会循環論を私はしっかりと把握しているわけではないですが、おっしゃられるような流れでいいと思います。

ただ社会革命は軍人の時代のあとにおこるのではなくて、富裕者の時代のあとに社会革命がおこり、軍人の時代になるとバトラはいっていますね。カネの権力はなかなか奪回しにくいから、軍人が力づくで奪いとるしかないのでしょうね。軍人から有識者の時代はスムーズに移行するようで、まあ考えてみたら、腕力のあるものから頭のいいものへの移行は、
わかりやすい流れですね。そして有識者の支配者の下でせっせと金をもったものが権力も貯めこんでゆくのでしょうね。

ちなみにバトラは日本の歴史を大和朝廷は武人の時代、藤原氏を知識人の時代、平氏や源氏を富裕者の時代、戦国時代をもちろん武人の時代に捉えていますね。江戸時代は知識人、今世紀を富裕者の時代にしています。2050年ころに武人の移行期に捉えています。

アメリカは軍人の時代になると予測されていますが、軍人が権威をもつようになるには戦争が必要なので、戦乱の時代がやってくるような予測もしていますね。アメリカはやらかすのでしょうか。

こんかいの金融パニックによって市場原理主義の失敗、終焉がささやかれていますね。といっても計画経済の最たる国家であったソ連が崩壊したのはまだ20年ほど前のことですから、権力集中と腐敗をもたらす計画経済に臆面もなく逆戻りするとは考えにくい。新しいヴィジョンや計画がない時代を迎えてしまうのではないかと思います。富裕者の権力は弱められるでしょう。西欧やアメリカは没落してゆくかもしれません。

どこかの新興国からなにかのヴィジョンや計画が生まれてくるのかもしれませんね。ラビ・バトラはプラウトという社会制度を提唱していますが、私にはなにか絵空事の大ふろしきにしか思えませんが。

血で血を洗う

ラビ・バトラのお説も、分かったような、分からないような、半呪文みたいな説だ。
なんとでも言える話だから、あとは、どれだけ大衆のこころをつかむか、宣伝文句の上手さだけに、還元される。

イッソ、銅の時代、銀の時代、金の時代、あるいは、
風の時代、水の時代、光の時代、そんな分類でも、可能だろう。

現在進行中の金融危機がどうなるか、やがて大恐慌のようなことが起こるのか、今のところ、誰にも分からない。
未来は、いつも、分からないのだ。

アメリカも、それなりに対策を取ってくるから、なんとか、アブナイところで、恐慌は、回避できるのではないか、そう願いたい。

友人のアメリカ人で、長年ウオール街で投資コンサルタントをやっている男がいる。
彼の説では、投資家は、あまりにも貪欲、それが、原因だ、と言っている。
しかし、アメリカから貪欲を除いたら、どうやって、国をひっぱていくのだろうか、みな、アメリカへ、豊かになりたいから、国を捨ててやってきたのだから、そこで、何か、「清貧の哲学」なんて、やられたら、
「アホかいな」と馬鹿にされるのが、オチだろう。

アメリカは、移民にとっての、「夢の国」であり、「自由の国」だ。
ソレを失ったら、アメリカがアメリカでなくなる。

みずがめ座さん、お久しぶりですね。
この二ヶ月の株価暴落は異常でしたね。
暴落のニュースはいつも何日かで治まることが多かったのですが、こんかいだけは二ヶ月つづいていますので、異常事態であることはたしかなのでしょう。

ラビ・バトラの社会循環論はもちろんマユツバだと思いますよ。社会がそんな軍人や知識人、富裕者の時代とひとくくりにすることはできないでしょう。でもラビ・バトラはけっこうまじめに執念深く歴史の検証をおこなった書物を書いていますし、人間の社会の権力要素はたしかにこの三つの力によることが多いと思われます。トフラーもこの三つの権力の移動について書物を書いていますしね。

思いもよらない軍事政権のようなものが西洋の民主政治の後に生まれるのか。ローマの時代をかえりみれば、民主制などは長くはつづかったもので、ボロクソにけなされた歴史がのこっているものですね。チンギス・ハーンのような力にものをいわせる国家が頭角をいつあらわしてくれるとも、歴史の事実から、いえないわけでもないですね。経済的な困った国がいつ力にものをいわせてやると、襲ってくるかもしわからないですね。ヒトラーはそうでしたね。

恐慌は回避される、と私も思っています。1929年の恐慌の恐怖や教訓はあまりにもたくさん残っています。市場を放置したり、ブロック経済におちいることがどんなに危険なことか、世界中もじゅうぶん知っていることでしょう。ただ歴史はいつも人間の知の限界を超えていて、しかも同じ失敗を予測できないかたちでくりかえすものかもしれませんね。

アメリカのグリード(貪欲)はたしかに世界の経済を潤しましたし、世界をひっぱってきました。しかしそれは庶民の生活のローン漬けと借金だらけの生活で得られたものであり、金融の証券化やリスクヘッジやリスクの保証というサギまがいのニセ商品にってなりたっていたものですね。こんなウソや幻想はながくつづかないというものでしょう。ふくらんだ空っぽの風船がいままさに破裂した感じですね。

アメリカは歴史の表舞台から退場してゆくのかもしれませんね。世界が収縮して、それぞれの地域の極が分かれてゆくといった時代になるのかもしれませんね。日本がそうであったように、これから世界は貧しくなってゆくように思えてならないです。

よく書けてる

カタストロフィーで検索をかけているが、非常によくできた文章だ。
歴史は繰り返すというが、経済、人の考え方、若者の無気力さまで繰り返すとは。
やはり人類を導こうとする存在があるのだろう。
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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

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